672:北上と遭遇
魔物たちと戦いながら北上を続けていたところ、俺たちは底が深く削られた川に行き当たった。
山に近いためか勢いは急で、谷と言うほどではないが底は深い。
とてもではないが、徒歩では渡ることが困難な地形であった。
無論、空を飛べる俺たちにとっては、別に問題になるような場所ではないのだが。
「川か……下っていけば何かありそうだが、流石にな」
「絶対に悪魔と遭遇するでしょうね」
悪魔共は基本的に、元々人間が使っていた都市を拠点として利用している。
逆に言えば、人間が都市を築きそうな場所を探せば、自然と悪魔の拠点を発見することができるのだ。
エインセルの支配領域の地理を探るのはそれなりにメリットのある行為ではある。
だが流石に、今はそのようなことをしている場合ではない。さっさと北に向かわなければならないのだから。
「まあ、そのうち嫌でも調べることになるだろうからな。今は気にする必要もないか」
「それはそれで怖いですけどねー……エインセルの場合、他のところの悪魔たちとは随分勝手が違いますし」
「確かにそれはあるな。正直、一筋縄でいく相手じゃないが――ドラグハルトの存在がどう影響してくるかだな」
奴の存在は、悪魔側にとってもイレギュラーだ。
それを受けて、エインセルがどう反応しているのかは大変気になるところである。
他の大公と異なり、エインセルの配下は機械化されている傾向にある。
あの迫撃砲も、解析は続けているが完全な再現には至っていないし、同じ土俵で奴らと戦うことは不可能だろう。
やはり、あの砲弾の再現が難しいという結論だった。
(あのクソビッチ、公爵を討つためとはいえ派手に使いやがって)
デルシェーラとの戦いで、派手に砲弾を使ってしまったことも影響しているだろう。
大半を使ったというわけではないのだが、確保した量と比較すれば少なくない数だ。
デルシェーラを確実に討伐する為という名目だったため、その消費を否定することはできないが、あの女のことなので多少派手目にした可能性は捨てきれない。
おかげで、これ以上こちらの攻撃に転用することは不可能な状況であった。
「兵器の生産工場でも発見できれば、色々とやりようがあるんだがな」
「そういうものなんですか?」
「難敵であることは間違いない事実だが、エインセルのやり方は俺たちにとっても馴染みのあるものなんでな。慣れていて戦いやすいっていう点は確かにある」
「へぇ……まあ、あんまりファンタジーっぽくないものね、あいつらって」
セイランに足で合図を送り空中に飛び上がりながら、アリスの言葉に頷く。
エインセルたちは、ある程度近代化された戦闘を行っていた。
正直、奴らの戦力の一部としか戦っていないため、どの程度のレベルなのかは判断が難しいが――強力な兵器と、機動力を重視した精鋭部隊の存在は間違いない。
本拠地には果たして、どのような戦力が待機しているのか。ある程度の想像はできるが、さてどうなっていることやら。
(騎獣を単なる移動手段として見ているのか、或いは戦車や装甲車としての役割を持たせているのか……場合によっては、かなり厳しい相手だな)
ここから目的地に到達するまで、一切悪魔と遭遇せずに移動できるかどうかは正直分からない。
だが、もしも遭遇してしまったのであれば、その戦力を測っておきたいところだ。
そう考えながら、谷のようになっている深い川を飛び越える。
その際、下流の方向を確認してみたが、流石に曲がりくねった川の先を見通すことはできなかった。
マップで見たところでは、この川はいくつかの川と合流し、広い河川となって海まで流れている。
どこかで大きな橋がかけられていることは間違いないだろう。
「川か……攻撃の時は面倒になりそうだな」
「川を越える程度なら、大半のプレイヤーは飛ぶ手段を用意できるんじゃない?」
「慣れてない飛行騎獣なんぞ、対空砲火のいい的だろうな。川沿いに戦力を集中してる可能性は高いだろうよ」
エインセルの厄介なところは、兵器を用いている点だ。
たとえ警備に当たっている悪魔の能力がそれほど高くなかったとしても、兵器の攻撃力が十分高ければ何の問題もない。
深い川に叩き落されれば、装備の重いプレイヤーはあっという間に沈んでいくことになるだろう。
「俺たちやラミティーズたちなら何とかなるとは思うが……下手をしたら、かなり戦力を削られることになるだろうな」
「へぇ、そういうものなのね。何か対策はあるの?」
「ま、その辺りをどうやって攻略するかはアルトリウスたちに任せるさ。軍曹が何か考えてるだろうしな」
「……いつも思うけど、その辺を放り投げ過ぎじゃない?」
「そういうのは専門家に任せた方がいいんだよ。横から口出ししたところで大した役には立たんからな。それよりも、作戦を確実に遂行することに集中すべきだ」
多少経験があるとはいえ、俺は作戦立案のレベルまでの知識も見通しも持っているわけではない。
現場で直感的に判断して動きを変えるとかならまだしも、あらかじめどのように攻めるかを考えるなど、経験則で考えるしか道は無くなってしまう。
あらかじめ変なイメージを持っていても邪魔にしかならないし、それならば専門家であるアルトリウスたちに任せた方がよほど確実なのだ。
「作戦遂行中にイレギュラーケースが発生することもあるだろうし、俺の仕事はそういう状況になってからさ」
「……あまり昔のことを詳しく聞いたことはなかったけど、そういうのってどれぐらいあったの?」
「単純な割合で言うなら、七割方は作戦通り進んでいたぞ。誰が作戦立案したかで言い始めるとまた面倒だが」
「ふぅん……」
アリスは興味を引かれている様子ではあったが、それ以上問いかけてはこなかった。
余計なことまで知らない方がいい、という判断だろう。その判断は全くもって正解だと言える。
そこまで神経質になることはないのだが、それでも知らない方がいいことはいくらでもあるのだ。
「まあとにかく、渡河作戦については何かしらの面倒があるのは間違いない――」
結論付け、先を急ごうとした、その瞬間。
川の中間あたりを超えたところで、俺は何らかの魔力が弾けるような気配を察知した。
通常ではあり得ない、その感触。正体は不明だが、何かしらの仕掛けがあったことは間違いないだろう。
「っ、先生! 今のは――」
「分からん! だが、早めに渡った方が良さそうだ!」
正体は不明だが、この場所では軽視していいような異常ではない。
俺はセイランに合図を送り、対岸への到達を急がせた。
翼を羽ばたかせたセイランは、一気に加速して川を渡り、対岸の地面へと着地する。
それに続くような形で緋真たちも渡り切り、若干遅れてシリウスが対岸へと到達する。
――その直前、風を切る音と共に、赤い光が空中のシリウスへと直撃した。瞬間、紅の爆炎が上がり、シリウスの巨体が揺れる。
「グルゥッ!?」
「チッ、ロケット砲だと!?」
反射的にそう思ってしまったが、ロケット砲そのものである筈がない。
それを模したような兵器、或いは魔法――何にしても、俺たちを攻撃しているのはエインセルの悪魔である可能性が高い。
シリウスはバランスを崩したものの、持ち前のタフネスで墜落するような状態にはなっていない。
ひとまず安心しながら火砲の飛んできた方向を確認し――思わず、目を見開いた。
「何だありゃ……」
「鎧を着た、サイ? それに、砲門がくっついてる?」
そこにいたのは何体かの悪魔と、一体の巨大なサイの魔物であった。
恐らく、鎧は後付けであると思われるが、五メートルを超えているサイはそれだけで重戦車のような様相だ。
そして何を思ったのか、背中には大きな砲門が備え付けられている。どうやら、騎乗した悪魔が火砲を放つことができるように設計されているらしい。
恐らくはスレイヴビーストなのだろうが、まさか騎獣をあんな風に改造して運用しているとは。
「騎獣を改造して兵器として運用するか……エインセルのやり方を一つ発見できたのは御の字だが、のんびり観察してる暇も無い。速攻で潰すぞ」
応援部隊を呼ばれてしまっては厄介だ。早急にこいつらを片付け、この場を移動しなくては。
じっくりと戦力分析を出来ない歯痒さを感じながら、俺はセイランに突撃の指示を飛ばしたのだった。