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660:霧を生む木々











 ミスティックトレント――霧深いという意味と、神秘的なという意味のダブルミーニングだろうか。

 見た目からして霧を吐き出しているし、コイツが原因であることに間違いはないだろうが、ここに来るまで一切気配を察知できなかったことが気になる。

 隠れ潜んでいたとしても、こちらに意識を向けているのであれば察知できる筈なのだが――



「ォォォォ――」

「――《蒐魂剣》」



 霧が収束し、鋭い刃となってこちらへと放たれる。

 そこそこの速度であるのだが、放つまでに若干のタイムラグがあるようだ。

 その一撃は《蒐魂剣》の一閃で霧散し、攻撃されたことを察知したシリウスは怒りの唸り声を上げながらトレントへと向かって突撃する。

 トレントも、木の根や枝葉による攻撃でシリウスを押し留めようとしているのだが、流石に一体程度ではシリウスの巨体を止めることなどできるはずもない。

 それらの攻撃をすべて無視したシリウスは、今度こそ相手を間合いに捉え、その強靭な前足を振り抜いた。



「ガアアッ!」



 鋭い刃である強靭な爪は、トレントの幹を抉り取るように斬り裂き、巨木の体を横倒しにする。

 当然ながらトレントのHPは尽きており、シリウスの攻撃二発だけで戦闘は終了してしまった。

 流石に拍子抜けしながら刃を降ろし、トレントへと接近する。



「……レベルの割に弱いな、コイツ」

「シリウスの攻撃が良く通るタイプだったのは事実でしょうけど、それにしても脆いですね」



 頷く緋真の言葉に眉根を寄せつつ、トレントの素材を回収する。

 攻撃方法からして魔法使いのようなタイプであったようだし、元々HPは低かったのだろうか。

 分からんが、簡単に倒せるのであればそれはそれで問題はない。

 あまりにもあっさり倒せてしまうとスキルの経験値は稼げないのだが、成長武器に経験値を溜めるには十分だろう。



(さて――視線は変わらずか)



 遠方からこちらを観察している気配。それは、先程から変化した様子はない。

 位置にしても、込められた質にしても、今の戦闘で何かが変わった気配はなかった。

 先ほどのトレントの出現、そしてそれを倒したことについても、特に何かを感じている様子はない。

 流石にこの距離では正確なところまでは把握できないため、感情を制御できているのであればそれを読み取ることはできないのだが。



「……分からんが、進むしかないか」



 とにかく、向こうから反応がない以上は進むしかない。

 本来であれば、当てもなく霧の中を彷徨うしかないのだ。

 足を止めていても何も始まらないだろう。



「アリス、トレントを《看破》系のスキルで判別できないか?」

「できると思うけど、貴方なら事前に気付けるんじゃないの?」

「どうやら、ある程度まで近づかないと一切反応しないらしい。動いていない状態では気づけないな」



 植物だからなのか知らないが、どうにも殺気というものが読み取れない。

 先ほどのように対面した状態であればともかく、待機している状態のトレントを見分けることは困難だった。

 恐らく、こいつらの攻撃動作は、意志や本能というよりは機能なのだろう。

 近づいた者に対して自動的に襲い掛かるトラップのような存在だとすると、相手の意識をトリガーとして気配を探っている俺には少々厳しい相手だ。

 視界が良ければもうちょっと何とかなったかもしれないが、流石にこれは難しい。



「へぇ……まあ、私のスキルも視覚に依存してるから、見えない範囲の敵は判別できないけどね」

「ある程度事前にわかるだけでもマシさ。頼んだぞ」

「ええ、了解」



 精々が五メートル程度しか通っていない、深い霧の内側だ。

 アリスのスキルも、決して万能とはいかないだろう。

 しかし、一切分からないのとある程度分かるのでは天と地の差が存在する。

 しばらくの間は、彼女のスキルを頼りに進んでいくこととしよう。



「それにしても、一体倒した程度じゃ霧も全然晴れませんね。少しは視界が通るかと思ったんですけど」

「ふむ、確かにな。少し期待はしていたんだが」



 霧を吐き出していたトレントを倒した割に、周囲の霧は一切薄まってもいない。

 周りにまだトレントが潜んでいるからか、或いは他にも何かしらの原因があるのか。

 理由は不明だが、とりあえず多少トレントを倒した程度では霧は晴れないと考えていいだろう。

 と――そこで、隣を歩いていたアリスが目を凝らしながら前方へと指先を向けた。



「クオン、あそこの木よ」

「む……やはり、意識しても分からんな。動かない限りは本当に普通の木にしか見えん」



 アリスの指し示した木に意識を集中してみるが、やはりこの状態ではただの木にしか見えない。

 《看破》系統のスキル無しで、こいつらの存在を察知するのはやはり困難であるようだ。

 案外、あの体力の低さは、この擬態能力によるものなのかもしれないな。

 ともあれ、存在に気付けたならば何も苦労するような点はない。



「アリス、弱点付与を。そしてセイランはへし折ってやれ」

「はいはい」

「ケェエッ!」



 アリスが《血纏》を発動しながらクロスボウの矢を放ち、赤い刻印をトレントの幹に刻む。

 瞬間、トレントはそれまでの沈黙が嘘だったかのように動き出すが、それが攻撃行動へと移るよりも早く、嵐を纏うセイランが肉薄していた。

 風と雷光が渦を巻き、それを纏う鋭い爪と強靭な剛腕が、赤い刻印へと向けて叩き付けられる。

 瞬間、解放された嵐がトレントの体を削り取るように穿ち、その奥へと到達したセイランの前足が、太い幹を叩き折る。

 メキメキと音を立てながら倒れる巨大な木は、正しく伐採の様相ではあった。



「先制攻撃ができるなら楽な相手だな」

「倒せるだけで経験値は稼げなさそうですけど」

「見つけたら順番にやっていくかね」



 手軽に倒せるとはいえ、あまりスキルも使わずに倒せてしまえるのでは稼ぎにならない。

 アリスの弱点付与はともかくとして、実際に倒すのは持ち回りでやるべきだろう。

 シリウスとセイランにはやらせたし、次はルミナにやらせるのが妥当なところか。



「やはり、霧にも視線の主にも変化は無し。近付いてはいると思うんだがな」

「そもそも誰なんですかね、こんなところにいるの」

「……さてな」



 このエリアは悪魔によって制圧されている。現地人の生き残りがいる可能性はかなり低いだろう。

 であれば魔物か、或いは精霊の類か。現状の情報では、それらを判断することは困難だろう。

 何にしても、友好的な存在であることを祈るしかない。味方であるならば、この辺りの情報を得られるかもしれないのだから。



(金龍王やらマーナガルムやら、超常存在は性格からしてねじくれてる奴もいるから、あまり期待はできんだろうが)



 まあ、力を示せばよかっただけのマーナガルムはまだマシだったのだが。あの盛大な茶番劇を用意してくれた金龍王のような真似はして欲しくないところである。

 相手が友好的、かつ話が通じてまともな人格をしている――至って普通の望みのはずなのだが、妙に難易度が高い気がしてしまうのは何故だろうか。

 思わずため息を零しつつ、倒れたトレントの素材を回収する。

 何にせよ、先に進まないことには始まらない。都合のいい展開を期待しながら再び歩き出そうとし――感じた気配に、顔を上げた。



「これは……」

「先生、これってさっきの気配とは別ですよね?」

「ああ、方向は近いが、別の気配だ」



 先ほどから俺たちに視線を向けていた存在。

 それとは別の何者かが、明らかに敵意をこちらに向けながら接近してきたのだ。

 方向が同じであることから、両者には何かしら関係があるのかもしれない。



(敵意はある。が、殺気と言うほど強くもない。トレントの仲間というわけではないのか?)



 先ほどからトレントを倒している俺たちに対し、殺意までは抱いていない様子だ。

 仲間を殺されたから復讐しようという気配には思えない。

 さて、であればどのような要件なのか。殺気が無いとはいえ敵意は敵意、餓狼丸を手に持ったまま、その気配の接近を待つ。

 そして程なくして、その気配の主は俺たちの前に姿を現した。



「そこまでデス、侵入者たちよ!」



 体重は軽そうだと思っていたが、その姿に思わず眼を見開く。

 緋真よりは若い、少女といっても過言ではない年頃の、中華風の衣装の人物。

 緑がかった髪をシニヨンにまとめた少女は、拳を握り構えながら俺たちへと向けて宣言したのだった。



「ここから先へは、このコルーが通しまセン!」











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