657:状況推移
何だかんだと状況が動いた昨日であったが、目的の達成度合いとしてはとりあえず一区切りだと言えるだろう。
ログインした俺たちが行ったのは、とりあえずのイベント報酬の確認であった。
まあ、今更特にほしいものがあるわけではないのだが、ポイントを余らせても何にもならない。
使えるものは、景気よくパーッと使ってしまった方がいいだろう。
「今更特にほしいスキルにも心当たりが無いんだがな」
「レアスキルって大体ピーキーですからね」
スキルに高い出力を求めた場合、大体は何かしらのデメリットがあるスキルに行き当たる。
欠点の代わりに高い性能を有しているというタイプであるため、あまりたくさん取り過ぎるとそれはそれで面倒なことになるのだ。
とはいえ、スキルオーブが便利であることには変わりないため、その取得はしておくのだが。
「うーん……クオン、これとか便利なんじゃないの?」
「どれだ? ふむ、成長武器の経験値ジェム?」
アリスがリストの中から示してきたのは、いくつかのサイズに分かれている水色の宝石であった。
まあ、宝石というよりはただの透き通った石かガラス玉といった印象だが、その説明文は確かに興味深い代物だ。
何しろ、成長武器の経験値をその場で上昇させるというアイテムなのだから。
「新たに成長武器を取得したプレイヤー向けに、一気に強化させられる成長武器用の経験値、ってことみたいですね。まあ、私たちが使っても十分効果は有ると思います」
「サイズがでかい奴なら、今のレベルの成長武器にも効果は有りそうだな。ポイントは……まあ、サイズが大きくなるとそこそこの値段だが」
だが、これは確かに必要だろう。
今回の戦いを例にして考えれば、俺は成長武器の強制解放が終了したタイミングで、それ追加での解放を行うことはできなくなった。
それは、敵を倒し切らなければ経験値を取得できないという性質故であるが、一度解放が終了してしまえば、戦力が大幅にダウンすることは避けられない。
そうした時に、通常の解放ができる程度には経験値ゲージを回復させることで、戦力の低下を抑えることができるだろう。
「なら、余った分のポイントはこれに使うのでもいいかもな。他に何かないか?」
「後はこれぐらいじゃないですかね? ほら、種族スキル強化装備」
「装備で強化できるもんなのか、あれは?」
緋真の出したワードでチェックすると、確かにそのようなアイテムが表示された。
どうやら、装飾品枠で装備するアイテムであるらしく、種族スキルの効果を一割程度であるが強化する能力を持っているらしい。
その一割とたかがと見るか、されどと見るかは個々人によって異なることだろう。
俺や緋真の場合、攻撃力上昇が一割強化すると考えると、中々のプラスになるのではなかろうか。
「俺たちは分かりやすいからいいが、アリスの場合はどういう効果アップになるんだ?」
「有効射程と、相手に『放心』のかかる時間の増加みたいね。あまり大きな変化とは言えないけど、一秒でも時間が伸びるんなら無駄ではないんじゃない?」
「それだけのポイントを掛ける価値があるかどうかの問題だがな。まあ、他に使う予定も無いなら取っておけばいいかとは思うが」
俺の言葉に、アリスは小さく頷いた。
アリスにとって、《闇月の魔眼》は切り札の一つであると言える。
その性能強化は、確かにアリスの戦力アップに繋がることだろう。
効果時間はともかく、射程については分かりやすく差を実感できるだろうしな。
「それじゃあ、スキルオーブとその装飾品、後は経験値ジェムと……ジェムはどうする、すぐ使うか?」
「一個ぐらいはどれぐらい増えるのか試してみてもいいと思いますけど、後は緊急用じゃないですかね?」
「確かに、それもそうだ」
ポイント交換を決定し、インベントリにアイテムが格納される。
スキルオーブはとりあえず取っておくこととして、今気になるのは残り二つのアイテムだ。
まず取り出したのは経験値ジェム。今回購入したのは最大サイズのものを十個、残りのポイントでそれ以下のサイズをいくつかといったところ。
最大サイズの経験値ジェムを取り出すと、そこにあったのは手のひらサイズほどの透き通った水色の石であった。
「これが経験値の塊ねぇ。まあ、公爵級を討ったリソースからできてるんだから、そう意外な話でもないか」
「これでどれぐらい増えるのかしらね?」
「試してみるとしようか……で、どうやって使うんだかなこれは」
「成長武器のメニューからじゃないですかね」
緋真の助言通り、成長武器の強化メニューを表示させる。
すると、今は空となっている経験値ゲージの下に、新たにアイテム使用のメニューが追加されていた。
そこをタップしてみると、いくつかの経験値ジェムの情報が表示される。
どうやら、保有している経験値ジェムをここから使用することができるようだ。
「わざわざ取り出す必要もなかったのか。さて――」
とりあえず、最大サイズのものを一つ使用してみる。
その瞬間、成長武器の経験値ゲージが光り、ぐぐっと一割強ほどゲージが伸びる。
どうやら、今の成長武器のレベルでは、最大サイズの経験値ジェムでもこの程度までしか伸ばせないようだ。
「ふむ……これなら、二つぐらい使えば普通の解放分は稼げるか」
「ですね、緊急時にも使えそうで便利じゃないですか?」
そこそこ使えそうではあるし、予定通り取っておいていざという時に活用することとしよう。
尤も、発動に制限時間のない緋真の場合は、これを使う機会も少ないとは思うが。
さて、それはともかくとして、もう一つのアイテムはどんな代物なのか。
こちらもインベントリから取り出してみると、現れたのはストラップ程度の大きさの飾りであった。
「これは三鈷杵か……?」
「私のも同じデザインですけど、これ種族によってデザイン分けてるんですかね? 流石にアリスさんの方も同じ見た目じゃないと思いますけど」
「ええ、私の方は指輪だったわよ。ほら」
そう同意したアリスの手の上にあったのは、月のようなデザインの丸い宝石が填まった指輪であった。
装飾は小さめであるため、装備していても邪魔になることはないだろう。
対しこちらの三鈷杵であるが、まあストラップ状になっているためどこかにぶら下げておけということなのだろう。
メニューから装備してみると、どうやら剣帯に引っ掛ける形で腰に装備された様子であった。
「まあ、飾り程度だし邪魔になることもないか。これで種族スキルの性能が上がるなら、中々手軽なもんだな」
「そこそこポイントも高かったですし、結構いい物なんじゃないですか?」
「実際に使って確かめておきましょうか。それで、今日はどうするの?」
指輪を装備した手を眺めながらアリスが呟いた言葉に、俺はしばし黙考する。
やりたいことはあるのだが、具体的にどのように進めればいいかは考えていないのだ。
「やるべきことは、まず二つ。成長武器のレベルを戻すことと、次の強化素材を探すことだ」
「ティエルクレスとかいうネームドモンスターでしたっけ。情報何にも無いですけど」
「それを探すことも含めてだな。現地人の情報もないから難しいが……まあ、『MT探索会』にも依頼は出したから何かしら進展はするかもな」
そう告げながら、俺はデルシェーラとの決戦の舞台となったあの都市の姿を思い出す。
奴によって氷漬けにされていた都市であるが、今ではその氷もきれいさっぱり消え去っている。
逆に、氷によって保全されていたこともあり、城自体はほぼほぼ無傷の状態で確保できたようだ。
あの中に何かしらの資料があれば、ネームドモンスターに関する情報も手にはいるかもしれない。
尤も、その捜索のために何時間も使うのは勿体ないため、資料漁りは専門家に任せておくつもりだが。
「まあ、ネームドモンスターに挑むにも、武器のレベルは最大限に上げておきたい。加えて、シリウスのレベルもな」
「進化は楽しみですけど、まだもうちょっとかかりますよね?」
「ああ、だから第二目標だな。そして第三目標が、ドラグハルト勢力の調査……だが、あまり積極的に動いて気取られるのも面倒だし、これはついででいいだろう」
「いいの? かなり重要な案件だと思うけど」
「それは事実だが、俺たちは奴らに警戒されているからな。積極的に足を運ぶと面倒なことになりかねん」
調査は調査、変に手を出すとアルトリウスの足を引っ張りかねない。
あまり積極的に手を出す必要はないだろう。
まあ、遭遇してしまったならそれなりに対応するが。
「まあ、とにかく最初は成長武器のレベル上げだな。適当に魔物を狩ってくるとするか」
「ですね、やるとしますか」
何にしても、消耗した成長武器の復旧が急務だ。
この辺りはデルシェーラのせいであまり近づけなかったし、周囲の調査を含めて魔物を狩ってくるとしよう。