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655:閑話・夢と願い











 ワールドクエストを終え、諸々の後始末を済ませた緋真――明日香は、一足先にゲームからログアウトしていた。

 普段と比べると若干早い時間ではあるが、公爵級ほどの強敵と戦ったからには、相応の疲労が蓄積している。

 こちら側の世界では肉体的な疲労は無かったとしても、精神的な疲労はどうしても避けられないものだ。

 ずっしりとのしかかるような疲労感に、明日香は溜め息を吐き出し――それでも、ゲーム後の調整のために木刀を手に取って庭へと出る。

 しかし、そこには思わぬ先客の姿があった。



「あっ、幸穂さん?」

「……本庄さん」



 庭先にて薙刀型の木刀を振るっていたのは、他でもない久遠幸穂であった。

 普段からよく顔を合わせ、しかしゲームの中ではあまり会わない人物。

 明日香にとっては、少々苦手ではあったものの、最近少しその意識を取り除くことができた相手でもあった。

 とはいえ、一対一で顔を合わせると会話の難しい相手でもある。若干悩んだ明日香ではあったが、素振りに集中すれば問題ないと、幸穂とは少し離れた場所で木刀を構える。

 ――しかし、そんな明日香の考えとは裏腹に、幸穂は自ら近付き声をかけてきた。



「本庄さん、少しいいでしょうか?」

「え? はい、別に大丈夫ですけど……珍しいですね?」

「ええ、自覚はあります」



 首を傾げた明日香の言葉に、幸穂は軽く肩を竦めてそう答える。

 彼女の手には変わらず薙刀があるが、戦意を見せる様子はない。

 ここで手合わせをするつもりは無いようだと判断し、明日香は彼女の言葉に耳を傾けた。



「とりあえずですが、今日はお疲れ様でした」

「はい、幸穂さんも。幸穂さんのお陰で色々と助かりました」

「……お兄様のお役に立てた自覚はありますが、望んでいた形とは少々違いましたね」



 明日香の言葉は心からの感謝であったが、幸穂はあまり納得し切れてはいなかった。

 同じ立場であれば、それも無理はないだろうと明日香は胸中で苦笑する。

 氷の柱の選別だけをして役に立ったなどとは、自分を納得させることはできないだろうと。



「でも、おかげで勝つことができたのは事実ですから。そこはお礼を言っておきます」

「……そうですね。とりあえず、それは良かったです」



 事実と礼はきちんと受け取り、幸穂は首肯する。

 とりあえずは満足して明日香も頷き、そのまま視線で先を促した。

 話がこれで終わりということはないだろう。わざわざ話しかけてきた以上、ただの雑談で終わるような話題ではない――そう判断して、明日香は幸穂の言葉を待つ。

 それを受け、しばし逡巡するように視線を泳がせた幸穂は、やがて覚悟を決めたのかゆっくりと口を開いた。



「明日香さん、貴方は……お兄様に並び立てると、信じていますか?」

「そういう質問でしたか。それは信じるとか、信じないとかではなくて……うん、私はただ、そうするだけですから」



 気負う様子もなく放たれた、明日香の言葉。それを受け、幸穂は僅かに眼を見開き――やがて、小さく溜め息を零した。

 そんな彼女の様子に首を傾げる明日香であるが、そこまでは説明するつもりもなく、幸穂は続ける。

 今回の戦いで得た、一つの答えを。



「お兄様は、貴方のことを認めている。ただ直弟子としてだけではなく、一人の剣士として、純粋に貴方のことを認めていました……背中を預けてもよいと判断されるほどに」

「それは、嬉しいですけど。でも実力ということなら、師範代の皆さんだって――」

「いいえ、そうではない。そうではないのです」



 明日香の言葉に、幸穂は緩く首を横に振る。

 その様子に、明日香は再び首を傾げた。一体、幸穂は何を言おうとしているのか、と。

 どこか諦観じみたものすらも感じるその姿に、明日香は眉根を寄せる。

 普段から反りの合わない彼女には、似合わない姿であったが故に。



「お兄様は、自らの命を貴方に預けていました。貴方にならば、命を預けられると確信されていたのです。それは……果たして、私を含めた師範代たちにできることでしょうか?」

「それは……分かりません。先生の判断ですから」

「私は、できないと考えています。実力は認めて頂いているでしょう。一族として、信頼されている自覚もあります。ですが……それだけでは、足りないのです」



 言葉に出しての同意はしないが、明日香にもその予感はあった。

 師たる総一が、クオンが、何を基準にそれを判断しているのかまでは分からない。

 多少予測することはできるが、確信をもってこれと断定することはできなかった。

 ただ何となくの予感として――彼はまだ、師範代たちには命を預けるまでは行かないだろうと、そう感じていたのだ。



「私に……私たちに足りず、貴方にはあるもの。貴方が直弟子として認められた理由。その果てがあの信頼であるならば、私たちの憧憬はただ眼を塞いでいただけだったのでしょう」

「それは流石に言いすぎだと思いますよ、幸穂さん。先生は、きちんと皆さんのことだって見ていました」

「無論、お兄様ならばそうするでしょう。私たちはお兄様の強さに憧れ、お兄様のようになりたいと願い、修行を重ねてきたのですから」



 幸穂が吐露する言葉は、まるで懺悔のようでもあった。

 或いは、事実を再確認するかのような、そんな言葉。それを聞き、明日香はただ沈黙する。

 今の明日香は、きちんと理解しているのだ。己と、彼女たちの抱いている想いの違いに。



「私たちのこれは、憧れでしかない。並び立とうと、上回ろうと願い続けた貴方が、信頼という点で上回るのは当然だったのかもしれません」

「……私には、逆に分からないんです。どうして、ただ憧れるだけで満足してしまうのか」

「ええ、だからこそなのでしょうね」



 半ば苦笑を交えて、幸穂は笑う。

 明日香の前では仏頂面をしていることが多かった彼女には、珍しい表情であった。

 その様子に面食らった明日香であるが、幸穂は気にした様子もなく続ける。



「私は、お爺様を――先代まで含めて、当主たる者の戦いを間近で見てきました。しかし私にはどうしても、そこで刃を交えるイメージを抱くことができなかった。その夢を抱くことすら、思いつかなかったのです」



 条件は同じはずであった。先代当主である久遠厳十郎と、彼に挑む久遠総一の戦いは、今の門下生たちは誰もが目にし続けていた光景だったのだから。

 それを目の当たりにして、心が折られた者もいた。あのようになりたいと願い、修練を重ねる者もいた。

 だが――



「そこに並び立とうと願うことができた貴方だからこそ、お兄様に背中を、命を預けられるほどの信頼を得られたのでしょう」

「……そこまで分かっているなら」

「口では宣言することもできるでしょうね。けれど、真にお兄様やお爺様に挑む覚悟があるかと問われれば、安易に首肯することはできません。貴方は、口では何だかんだと文句を言うでしょうけど、いざその時なれば嬉々として飛び込んでいくでしょうね」



 否定はしきれず口を噤む明日香の様子に、幸穂は再び笑みを零す。

 その笑みの中には、僅かに普段通りの挑戦的な光が戻ってきていた。

 思わずまじまじと見つめる明日香に、幸穂は笑みと共に告げる。



「挑む者である、貴方なりの答えと在り方、それを見せてください。貴方の成し遂げることを、私も見てみたくなりました」

「っ、それって――」

「ですが! 不甲斐ない姿を見せるようであれば、今度こそ奪い取ってあげますから。貴方になら、挑む己の姿を十分にイメージできますからね」



 言外に、自分の実力が低いと認めながら、それでも幸穂は笑う。

 その言葉に、明日香は思わず眼を見開き――そして、力強く首肯した。



「はい、見ていてください」

「よろしい。では、私はもう休みます。貴方もほどほどに」

「ええ、お休みなさい」



 告げて、幸穂は踵を返す。

 その背中をしばし見つめた明日香は、彼女の背へと深く一礼したのだった。











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― 新着の感想 ―
[一言] 最高の閑話感謝します...。「憧れてしまっては越えられない」ってやつだ。 実際師匠の手の内全部知ってる読者側としては、師匠を倒そうって考えたときまずタイマンって選択肢は一番最初に外すもんなぁ…
[良い点] 憧れは理解からもっとも遠い感情だと、どこかの名台詞クリエイターと野球選手とばっちゃが言ってた。 自分と並び立てるように、自分さえも超えてこようとする存在だからこそ、命を預けられる。 ま…
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