648:風の歩む先、凍れる城塞あり その35
いきなり強制解放の制限時間を一分消費してしまったが、それだけの価値はあっただろう。
俺の一閃を受けたデルシェーラは、右足を半ばまで切断され、その場に膝を着いたのだから。
【餓狼呑星】は、元の攻撃威力に対して十倍という破格の係数を重ねて放つことができる代物だ。
その性質ゆえ、元の攻撃力が高ければ高いほどその効果は大きくなる。
極限まで威力を高めた《練命剣》の一閃は、たとえ公爵級悪魔の本体が相手であろうとも、十分なダメージを与えられるまでに達していたのだ。
(とはいえ、それだけで止まるほど甘くもないと)
どうやらデルシェーラは、HPこそ回復させられないものの、体の損傷は修復することが可能なようだ。
現在も、切断されかかった足を修復させようとしている。
とはいえ、その影響もあってかその場に動きを止めており、こちらの目的自体は果たせているのだが。
「何にせよ、効いているなら問題ないか。《ワイドレンジ》、《奪命剣》【咆風呪】!」
地に伏せたデルシェーラへと向けて、黒い風を解き放つ。
強制解放のお陰で威力は大幅に高まっているため、【咆風呪】でも十分すぎるほどにHPの回収は可能だ。
【煌命閃】で消費した分のHPはそれで回復しつつ、相手が動けない今のうちに奴の背中へと接近する。
「《奪命剣》、【命喰牙】」
【命喰牙】については、餓狼丸を解放していようがあまり差はない。
だが、ほんの僅かずつであろうとも回復することができるこのテクニックは、いざという時の生命線にもなり得る代物だ。
量が少ないからと、馬鹿にするものではない。
『邪魔を――――』
と、そこまで行ったところで、デルシェーラが動きを再開させた。
どうやら、動ける程度には損傷を修復してしまったようだ。
であれば、次は動きの様子見だ。奴は、再び柱の破壊の迎撃に動くのか。或いは、俺を警戒して反撃しようとしてくるのか。
そのどちらに動くかによって、俺の対応も変わってくるのだ。
立ち上がったデルシェーラは――黒い影の奥にある目を、殺意に滾らせながら俺へと向けた。
「こっちに来るか!」
セイランを操り、大きく距離を取る。
それと共に餓狼丸の刃を振るい、黒く染まる生命力の刃を解き放った。
「《練命剣》、【命輝一陣】!」
同時、こちらへと振るわれるデルシェーラの腕にその一閃が命中し、緑色の血を弾けさせる。
しかし、威力が上がっているとはいえ【命輝一陣】では有効なダメージにはなり得ない。
多少の出血程度で、デルシェーラが止まる筈もなかった。
「ッ……やはり、まだスピードは落ちんか」
セイランを操って何とか攻撃を回避しつつ、そう独りごちる。
既にいくつかの柱は破壊されている状況ではあるのだが、それでもデルシェーラの攻撃はスピードダウンしていない。
攻撃をすればダメージは与えられるのだが、最も厄介なこのスピードだけは変わらぬままだ。
しかも、焦っているのか攻撃の頻度が先程よりも高くなっている。
焦りのお陰か攻撃自体は雑なのだが、このスピードで何度も攻撃をしてくるのはかなり厳しい。
「やってくれるな、化け物が……!」
「クェエエエッ!」
セイランの翼に雷光が走り、全身を黒い風が駆け巡り始める。
俺はセイランの身に体を貼り付けるように伏せ、それと共にセイランはこれまで以上の速度で飛翔を開始した。
その速度は、俺でもマトモに身動きが取れなくなるほど。
俺に対する保護もスピードへと変換し、呼吸すらもままならないような速度の中、俺は薄目を開きながらデルシェーラの動きを観察する。
全速力を発揮したセイランならば、デルシェーラの攻撃速度に渡り合うことができる。
そのスピードを利用して奴の攻撃を回避し――しかし、合間に攻撃を挟むことはできない。
(攻撃そのものは雑……だが、足運びは決して悪くない。変身する前の動きによるものか)
変身する前のデルシェーラは、常に舞うように動いていた。
そのイメージがあるためなのか、この巨人の姿であろうとも、デルシェーラの足運びそのものは決して悪くはない。
だがその一方で、殴る蹴るの攻撃行動は若干拙い動きであると言えた。
元が魔法使いのタイプであるためか、奴の攻撃動作は隙が大きい。
今の動きにしても、部屋に入り込んだ蚊を落とそうと四苦八苦しているような有様だ。
頻度は増えたものの、回避に徹すれば避けられないわけではない。
とはいえ――
(それじゃあ強制解放の制限時間が勿体ないからな……!)
時間稼ぎ自体はできているが、折角解放した餓狼丸を数度振るだけで終わらせるのは勿体ないにも程がある。
サイズの差から言えば、俺やセイランは蚊ほどの大きさしかないのだろう。
だが、そんな蚊の一刺しがどれほどの威力を持っているのか、その身を以て体験して貰わねばなるまい。
決意と共に、セイランの身を軽く叩く。あまりの風圧に喋る余裕もないのだが、それだけで俺の意思は伝わったようだ。
極大の危険を前にして、しかしセイランは恐れる様子などまるでなく、荒々しい魔力の胎動と共に翼を羽ばたかせる。
「ッ……《ワイドレンジ》、《練命剣》【命衝閃】……【餓狼呑星】――!」
刃を前方へと向けて構え、セイランの首筋に顔を埋めるようにしながら、小さく呟きスキルとテクニックを発動する。
現れたのは、黒く長大な槍。衝角の如きそれは、黒い炎を上げながら前方へとその切っ先を向ける。
それと共にセイランは身を翻し――三つの《デコイ》を出現させ、計四つの軌道でデルシェーラへと突撃した。
偽物であることは理解しているだろう。しかし、一瞬で四つに増えたことにより、デルシェーラの動きが困惑で硬直する。
今のセイランのスピードならば、その一瞬の硬直ですら十分すぎるのだ。
「――――ッ!」
体を持っていかれないように固定し、切っ先を前へと突き出して――俺とセイランは、体ごとデルシェーラの腕へと突撃した。
漆黒の槍はデルシェーラの腕へと突き刺さり、その腕を抉り取るように貫いた。
あまりにも軽すぎる手応えには面食らったが、どうやらデルシェーラには十分にダメージを与えられたようだ。
だらりと腕を下げたデルシェーラは、再び体を修復しようとし、しかしそれでも左腕の動きは止めない。
何とかしてこちらを止めようと、その腕を伸ばしてくる。だが流石に、その動きはある程度鈍くなっているようだ。
(さあ、どうする……!)
二度の【餓狼呑星】の発動によって、解放の残り時間は短くなってしまっている。
だが、今の攻撃でデルシェーラの体力もかなり減らすことができたようだ。
急所に攻撃できていれば今のHPは削り切れていたかもしれないが、この状況では致し方あるまい。
できれば、この解放が途切れるまでにこのHPは削り取ってしまいたいが、今の手はもう使えないだろう。
何か、大きな隙になる一瞬。それさえあれば――そう思った、刹那だった。
『ア、ァ――――!?』
びくりと、デルシェーラが体を硬直させる。
そして次の瞬間、まるで重い荷物を背負ったかのように、その膝が崩れかけた。
視線を周囲へと走らせれば、周囲一帯にはいくつもの折れた柱が倒れている姿が目に入る。
全ての破壊が完了したのか――分からないが、絶好の機会であることに変わりはあるまい。
「《ワイドレンジ》、《練命剣》【煌命閃】――【餓狼呑星】……!」
スキルを発動し、前のめりに倒れかけたデルシェーラの頭部へと向けて飛翔する。
それでも、デルシェーラは左腕に魔力を収束させ、凄まじい速さでこちらを迎撃してきた。
薙ぎ払おうとするその腕は、これまでと比較しても最速。とてもではないが、こちらから突撃する形では回避のしようもない。
しかし――【ファントムアーマー】が砕け散ると共に、俺とセイランはその攻撃をすり抜けた。
黒い影の中、デルシェーラの紅い視線だけが大きく見開かれる様子だけが目に入る。
そして――
「――ッ!」
斬法――剛の型、輪旋。
翻した一閃がデルシェーラの首へと突き刺さり、四本目のHPバーを粉砕したのだった。