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642:風の歩む先、凍れる城塞あり その29











 氷の卵が砕け散る。それと共に周囲を囲んでいた氷の柱もまた破片となって四散し――それらが全て、空中で静止した。

 その気配に、俺は舌打ちを零しながら後方へと跳躍する。

 直後、氷の破片は砕けた卵の中央、デルシェーラの体へと向けて吸い込まれるように殺到する。

 肌を斬り裂くような凍える風。その中央にいる白銀の女は、収束する氷を着物へと変えながらゆっくりと地に足を付ける。

 先ほどの氷の卵は、この衣を再生するための手段だったのだろうか。以前に持っていた扇をも再生させ、それで口元を隠しながらデルシェーラは声を上げる。



「ああ、全く――ほんに、どこまでも邪魔をしてくれる」

「決着をつけようと招いてきたのはそちらだろう? 邪魔と言われるのは心外だな」



 デルシェーラの表面上のダメージは消えている。聖火による火傷の跡もなければ、衣服も以前に見た時のままだ。

 だが、コイツの持つHPバーは残り三つ――つまり、二本が消費されていることとなる。

 聖火が二本ものHPを削り切ったのか、或いはダメージを完全に消すために何かをしていたのか。

 先ほどの氷の卵が砕けただけでHPバーが削られたのだから、何かしらの仕掛けがあったのだろう。

 だが、これはこれで好都合。どうしたところで、公爵級相手には大きな消耗を強いられる。その戦いを大幅に短縮することができただろう。



「あの女狐は――居ぃひんようやねぇ。ほんなら……全部潰して、探しに行くとしよか」

「……!」



 デルシェーラの魔力が膨れ上がる。その気配に、俺たちは咄嗟に横へと跳躍した。

 直後、デルシェーラが扇を振るい――バキバキと材木をへし折るような音を立てながら、無数の氷の牙が地面から伸びる。

 それらは一直線に俺たちの間を駆け抜け、後方にいたプレイヤーの元まで到達する。

 無論、彼らとてここまで到達したプレイヤーだ。その攻撃を黙ってみている筈もなく、すぐさまタンクが前に出て攻撃を受け止めようとスキルと共に盾を構える。

 そして、デルシェーラの魔法は彼らの元まで到達し――巨大な、氷の花を咲かせた。

 攻撃を受け止めることそのものには成功したのだろう。だが、デルシェーラの魔法は着弾地点から周囲に広がり、タンクの後ろにいたプレイヤーたちすらも巻き込んでしまったのだ。

 タンク本人も氷に包まれ、身動きが取れない状況であるようだ。



「踏み潰したる」



 呟き、デルシェーラは左手を握る。

 瞬間、咲き誇っていた氷の花は砕け散り、それと共に巻き込まれていたプレイヤーのHPが一斉に減少した。

 攻撃を受けたタンクは辛うじて生き残っているが、それ以外は《聖女の祝福》をセットしている者たち以外全滅である。

 急ぎ蘇生のリカバリーに入っているが、パーティ全員が巻き込まれた連中は死に戻りだろう。

 例え消耗していたとしても公爵級。その力は、俺たちよりも遥かに格上だ。

 故に、出し惜しみなどしている暇はない。



「――貪り喰らえ、『餓狼丸』!」



 餓狼丸の刀身が、怨嗟の叫び声を上げる。

 周囲へと撒き散らされる黒いオーラは、たとえ相手が公爵級であったとしても、容赦なく牙を剥く。

 それに巻き込まれたことで、デルシェーラは不快そうに眉を顰めながらこちらを睨み据えた。



「魔剣使い……やはりお前が、一番の邪魔になりそうやね」

「そうかい。なら、どうする?」

「決まっとるやろ? さっさと潰れとき」

「っ、『生奪』!」



 歩法――縮地。


 デルシェーラの魔力が昂る。それが放たれるよりも先に肉薄した俺は、奴の胴へと向けて横薙ぎの一閃を放った。

 しかし、デルシェーラは僅かに早く、まるで舞うように跳躍する。

 ワイヤーアクションでもしているような、ゆったりとしながらも大きな動き。

 それと共にゆったりと振るわれた腕からは、光を反射する氷の粒子が振り撒かれていた。



「チッ……!」



 それを見て、俺は《蒐魂剣》による迎撃ではなく回避を選択する。

 威力そのものも問題だろうが、もっと厄介なのは数と範囲だ。

 どういった効果なのかは分からないが、とにかく数が多く範囲も広い。とてもではないが、【断魔斬】でも消し切れないような数だ。

 故に、俺は大きく回避して氷の粒の範囲から逃れる。

 氷の粒は、俺のいなくなった地面へと降り注ぎ――イガ栗のような氷の棘を発生させた。

 次々と出現する氷の棘は、僅か数秒で破裂して周囲へと発射する。あれの只中にいれば、俺は針の山にされていたことだろう。



「クラスター爆弾か何かか、おい……!」



 厄介なのは、単なる回避動作と共に今の攻撃が行われたことだ。

 今の動きで逃げられると、こちらは奴を追うことができない。距離を詰めることが出来なければ、俺では奴に有効なダメージを与えることはできないだろう。

 とはいえ、距離を離していれば一方的に攻撃を受けるだけだ。舌打ちしつつも、俺は奴の回避の軌道を避けながら大回りで駆け抜けていく。


 歩法――陽炎。


 無論、その間もデルシェーラの魔法攻撃はこちらに向かってくる。

 とてもではないが、俺の防御力で受けられるような代物ではない。

 全力で迎撃、回避するしかないものだ。



(そのくせ、他を攻撃する余裕もありやがるか)



 俺の顔面目掛けて飛んできた氷の槍を《蒐魂剣》で消し去りつつ、内心で毒づく。

 デルシェーラが雪原で舞う姿は確かに見事であるのだが、あれこそが奴の攻撃行動だ。

 足を踏み出し、扇を振るう。その一挙手一投足が、即死級の魔法を次々と生み出していく。

 半数は俺へと向かってきている状況だが、残りの半数は周囲のプレイヤーへと向けた攻撃だ。

 周囲の状況も的確に把握しているらしく、アルトリウスたちの方向へと向かう攻撃が多い。

 あいつらも攻撃を防いではいるが、それでも完全に無傷とはいかないようだ。



(【咆風呪】は使えない。視界を塞げば不利なのはこちらだ。だが――)



 確かめる意味も込めて、【命輝一陣】の一閃を飛ばす。

 粉雪を巻き上げながら駆けた一閃は、しかしデルシェーラの周囲に出現した氷の盾によって受け止められてしまった。

 奴の周りを舞っている氷の粒。やはりあれは、防御魔法の一種であったらしい。



(魔法破壊の攻撃でなければ、リスクが高くて攻撃どころか接近も難しい。しかし魔法使い系とはいえ公爵級、あまり強化していない攻撃では通るとも思えん)



 魔法による強化はあるが、《練命剣》を併用することは難しい。

 何とかしてデルシェーラの動きを止め、纏っている魔法を剥がし、その上で急所に攻撃を叩き込む――考えるだけで頭が痛くなりそうな難易度だ。



「……認めるさ。確かに、俺は相性が悪い。侯爵級までなら誤魔化しが通じても、こうも対策されれば厳しいのは道理だ」



 小さく、奴には届かぬように呟く。

 ディーンクラッドはわざとこちらの戦いに応じるように動いていた。だからこそ、有利に事を運ぶことができたのだ。

 だが、デルシェーラは貪欲に勝利を得ようとしている。俺を脅威として認識し、正面から戦わぬよう立ち回っているのだ。

 距離を取られた上での波状攻撃は、確かに俺にとって苦手な攻撃なのだから。

 だが――



「――それが、足を掬われる原因になるわけだ」

「我が真銘を告げる――」



 全ての強化を終え、まるで炎の塊と化したかのような緋真が、朗々と謳い上げる。

 そこに立っているだけで周囲の雪を溶かしながら、一歩ずつ前へ。



「いと高き天帝よ、我が灼花の舞を捧げましょう――紅蓮の華が燃え尽きて、天に葬るその日まで!」



 その体から吹き上がる炎は、収束して羽織を形作る。

 それはまるで、先程デルシェーラが氷から衣を作り上げた時のように。

 美しき花々が描かれた燃える羽織を纏い、深紅の刀身を晒しながら緋真は告げる。



「咲き誇れ――『紅蓮舞姫・灼花繚乱』!」



 紅蓮舞姫の持つ強制解放リミットブレイク、全ての性能を向上させる緋真の奥の手。

 大きな代償と引き換えにもたらされるその力は、デルシェーラの視線を集めるには十分すぎる代物であった。



「暑苦しゅうてしゃあないわ。少し、冷やしたるさかい――安心して砕け散り!」

「【灼薬しゃくやく】……そっちだけが有利な時間は終わりよ」



 俺の方へと向いていた魔法が、緋真にも放たれる。

 対し、緋真は紅蓮舞姫のスキルでステータスを強化し、霞の構えにてデルシェーラへと刃を向けた。

 そして深く沈みこむように、踏みしめた地面を赤熱させながら烈震にて飛び出す。



「――【緋桐あかぎり】ッ!」



 紅蓮舞姫が燃え上がり、放たれるのは渦状の炎。

 それはトンネルのように緋真の眼前に展開され――ロケットのように飛び出した緋真の穿牙が、デルシェーラへと突き刺さったのだった。











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