638:風の歩む先、凍れる城塞あり その25
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俺自身はあの虫を仕留めるつもりはない。だが、うちのクランの連中にまでそれを強制するつもりもない。
そのため、ユキの申し出も断るような理由は無いのだ。
ユキが説明してきた方法は、俺としても納得できるものであり、先程は足りなかった手段の一つであると言えた。
とはいえ、実際に試してみないことにはその効果も判別できない。
まずは、もう一度あの虫と戦うために後を追う必要があるだろう。
しかし――
「ぞろぞろと付いてくるわね」
「さっきの続きからだからなぁ」
虫を追って移動しているのだが、先程戦闘を共にしたプレイヤーたちも一緒に付いてきている。
まあ、率先して罠の発見や解除をしているため、ただこちらの戦力にあやかろうとしているのではなく、少しでも役に立とうという気概はあるようだが。
彼らの気持ちも分からんではない。それだけ、先程の戦闘に手ごたえを感じたということなのだろう。
シリウスによる押さえ込みがあれば、今度こそあの虫を仕留めることができるかもしれない。
当てもなく戦うよりは、可能性の高い方に賭けたいという心理だと考えられる。
「正面から頭下げてきたんだし、それぐらいは勘弁してやったらどうだ?」
「寄生しようとしてるだけの連中に配慮する必要があるかしら」
「まあ、寄生と言えば確かにその通りではあるがな……」
こちらの戦力を当てにしてボスを討伐しようとしているのだから、寄生と表現するのも無理はない状況だろう。
とはいえ、それは彼ら自身自覚のあることのようだ。
だからこそ畏まって申し訳なさそうに頭を下げてきたし、できることはしようと道中の露払いは受け入れている。
礼節もわきまえないような連中であったならば見捨てていただろうが、ここまでするなら同行ぐらいは構わないと考えているのだ。
「俺たちが直接手出しをしない以上、彼らの戦力は必要だ。なら、礼節を弁えている連中の方がいいだろう」
「……そこまで気にするぐらいなら、もう私たちの手で倒しちゃった方が早いじゃない」
「早いか遅いかで言ったら、それは確かにその通りだな。だが、この先のことを考えると、そうも言っていられんだろう」
個人の戦力だけで戦いの趨勢を決められるならば、俺がいくらでも強くなる。
だが、戦争というものはそう単純な話ではない。
個人の力では解決できないからこそ、アルトリウスのような戦い方が必要なのだ。
俺は一つの局面の戦況を変えることができるかもしれないが、全体に影響を及ぼすには足りない。
そこにこそ、彼らのようなプレイヤーの力が必要なのだ。
「まあ、俺も戦術面、戦略面まで見通せるような眼は無いんだが……他の連中にもモチベーションを上げて貰わんとな」
「……単純なゲームだったらよかったのにね」
「そうだな。戦争なんてものは、ないに越したことはない」
MALICEなどというものが存在せず、この世界がただのゲームだったならば、そのようなしがらみなど気にも留めなかっただろう。
だが、これは純粋なゲームではない。俺たちが行っているのは戦争であり、生存競争だ。
ならば、多少の融通は利かせなければならないだろう。
「……仕方ないけど、了解よ。今回の戦闘が終わるまでは我慢するわ」
「済まんな、アリス」
「こちらこそごめんなさい、変に気を遣わせたわ」
「気にするな、言いたいことは言っておいた方がいいからな」
俺の言葉を聞き、アリスはフードを目深に被りながら姿を消す。
しかし消える前の一瞬、その口元は僅かながらに笑みを浮かべていた。
とりあえずは、彼女も納得してくれたようだ。
「さてと、それじゃあ仕事に取り掛かるとするか」
虫は壁を抜けた先で再び別のパーティに遭遇したらしく、戦闘は続いているようだ。
壁抜けを出来れば手っ取り早かったが、其れをするとこの後の作戦に支障が出る。
幸い、壁を回り込むのにそれほど時間はかからない位置関係であったため、俺たちはさっさと壁を迂回して虫の元へと向かっているのだ。
できれば戦闘が続いている間に追いつきたいところではあるが、さて上手くいくかどうか。
期待を込めて角を曲がった先では、聞こえていた音の通り、一つのパーティが虫と戦闘を行っている姿があった。
「まだ続いてたか。それで、こういう場合はどうするんだったか?」
「確か、レイド申請を送って了承を貰ったら参戦していいとか」
虫――アイスガーディアンとの戦いについてだが、いつの間にかプレイヤー間でローカルルールが設けられていた。
それは、遭遇戦しかできないこいつとの戦いにおいて、混乱を避けるために暗黙の了解として通じているものだ。
正直、口約束以下の強制力であるとは思うのだが、従っておけば無駄なトラブルは減るだろう。
一応、この集団のリーダーは俺ということになっているため、俺が代表として向こうにいるパーティにレイド申請を投げかける。
向こうのパーティもこちらの姿には気付いていた様子で、申請が来ても驚いている様子はない。
が、俺がいるとは思っていなかったのか、その点に関しては若干の動揺が見られた。
(さて、応じないなら戦いが終わるまで待つしかないわけだが……)
そうすると、再び移動した虫を追いかける羽目になってしまう。
正直面倒臭いので、応じてくれると助かるのだが。
そんな俺の期待を込めた視線に――彼らは、迷いながらも了承の判断を下した。
レイドの名簿の中に五つ目のパーティの情報が記載され、共同戦線の約定が完成する。
「よし、ありがたい。シリウス、行ってこい! あそこの連中を踏み潰すなよ!」
「グルルルッ!」
威勢よく吼えたシリウスは、先程痛手を受けたというのにまるで躊躇う様子もなく、虫へと向けて突撃していく。
向こうにいたパーティは、向かってくるドラゴンの姿に気圧された様子で腰が引けていたが、シリウスは彼らの方には興味を抱いていない。
こいつが狙っているのは、あくまで先程取り逃がしたこの巨大な虫だけなのである。
「ガアアアッ!!」
「――――!」
巨体とは言えそれなりに機敏なシリウスは、その辺りに残っていたトラップも無視しながら虫の元まで辿り着き、両腕を頑丈な背中へと叩き付ける。
更には、鋭い刃の付いた尾を近くの建物に突き刺し、アンカーのように体を固定した。
どうやら、これはシリウスなりの工夫ということになるらしい。
「さっきは別に引き合いにはなっていなかったんだがな」
「まあ、ここで引っ張り合わないとも限りませんし」
「そうだな。全くの無駄な行動ってわけではないだろう。さて、それじゃあ好きに殴っていいぞ。ユキは例の件、注意しておけよ」
「勿論です、お兄様!」
シリウスが虫の体を固定したのを見て、こちらのレイドメンバーも勇んで戦線へと参加する。
もともと戦っていたパーティの方も、シリウスが虫の逃亡を阻止しようとしていることを理解し、驚きながらも笑みを浮かべて戦闘へと参加する。
通路は先ほどよりも広いし、レイドも組んでいる。おかげで戦い易くなり、虫のHPは先ほどよりも効率よく削れているようだ。
空を飛ぶだけの余裕があれば、三次元的にスペースを確保して攻撃を加えることも可能だったんだがな。
「状況は先ほどと同じ。ユキは上手くやるかね」
「やるでしょう、あの人なら」
「ああ、そうだろうな」
仲がいいとは言えないが、実力は誰よりも認めている。
そんな緋真の歪な信頼の言葉の直後、虫は再び大量の魔力をその身に集め始めた。
先ほどと同じ、周囲全体へと行われる逃亡のための攻撃。
これを受ければ、シリウスとて無傷ではいられないほどの攻撃力だ。
回避すること自体は難しくないが、回避すればこいつの逃亡を許すことになるだろう。
だが、その瞬間こそが、ユキの狙っていた最大のチャンスだ。
「――《精霊変生》」
種族スキルの発動と共に、ユキの髪が白銀に輝き始める。
姿を変貌させたユキは薙刀の柄尻を強く地面に突き立て、己の魔力を足元の地面へと注ぐように広げてゆく。
そして、次の瞬間――剣山の如き氷の棘が、シリウスの足元を除いて発動した。
「ッ……全ては防げない、ですがッ! 逃がしはしない!」
攻撃を受けなかったシリウスは、尚も力を込めて虫の巨体を押さえつける。
今の攻撃は奴にとっても大技だ。そう何回も連続して放てるようなものではない。
つまり、次に放つまで、あの虫はしばらく無防備となるのだ。
「逃亡は防ぎます! 今度こそ、仕留め切りなさい!」
ユキが力強く告げた声に、歓声が上がる。
――最後の封印、アイスガーディアン・インセクトが倒れたのは、それから程なくしてのことであった。