637:風の歩む先、凍れる城塞あり その24
Magica Technicaのコミック第3巻が6/12(月)、書籍第8巻が6/19(月)に発売となります。
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「小手調べだ、軽く当たってみるとするか」
アイスガーディアン・インセクト――巨大なダンゴムシ型の氷ゴーレム。
ここまで見聞きした範囲では、己が重量を活かした戦い方をメインとしており、その体重を活かした突進などはかなりの脅威だろう。
流石に、俺もこの重量を受け流すことは厳しいため、素直に回避を選択した方がいい。
とはいえ、動きは鈍重であるうえ、遠距離攻撃は数えるほどしかない。
そのため、距離を取って戦っていれば普通に勝てる程度の相手――それが、俺たちの抱いた認識であった。
「《練命剣》、【命輝一陣】」
餓狼丸の一閃と共に放った生命力の刃は、こちらの様子を見ていた虫の顔面へと直撃する。
僅かに氷の欠片が弾けるが、予想通り大したダメージにはなっていない様子であった。
やはり、斬撃系の攻撃に対しては耐性を持っているようだ。
(となると、俺が使える遠距離攻撃でダメージを与えられるのは【咆風呪】ぐらいか)
とはいえ、レイドを組んでいるわけでもない他のプレイヤーがいる場では【咆風呪】は使いづらい。
既に近くにいたプレイヤーが寄ってきているし、これは避けた方がいいだろう。
ユキたちとは一応レイドを組んでいるが、考えずに放てば他のプレイヤーを殺しかねない。
「ルミナ、セイラン、挟み込め」
「分かりましたっ!」
「ケェッ!」
虫の注意が俺へと向いた瞬間に、ルミナとセイランを散開させる。
それとほぼ同時、虫は軋むような音を上げながらこちらへと向かって突撃してきた。
今いる場所は先ほどの通りよりも狭く、多少の余裕があるとはいえ大きく回避することはできない。
さりとてあの突進を止められるかと問われればそれも否であるため、俺は嘆息交じりに声を上げた。
「シリウス、押さえ込め!」
「グルルルッ!」
号令と共に、シリウスが前へと出て突撃する。
躍り出たのはこちらへと向かってくる虫の真正面。
トラックの突撃と見紛うようなその一撃を――シリウスは、正面からその両腕で受け止めた。
鋭い刃の爪が地面へと突き刺さり、氷の欠片を撒き散らす。こちらまでも飛んできた破片は篭手で弾きつつ、俺は虫の様子の観察を続けた。
こいつの厄介な点は、単純にそのタフさにある。こいつが撤退を選択した際、その動きを止め得る手段が無いのだ。
何しろ、重量級の巨体とパワーだ。戦車の動きを人間の手だけで抑えようとするようなものである。
だが、それが同等クラスの重量とパワーを持つ存在であるならば――
「いいぞ、シリウス! そのまま止めておけ!」
十メートル近く押し込まれることにはなったが、それでもシリウスは虫の突進を完全に受け止めてみせた。
押し込まれながらも暴れ、シリウスへと触覚や牙による攻撃を行っているが、シリウスならば十分に耐えられるレベルである。
怪獣同士がぶつかり合うような圧巻の光景に、ユキまで含めた周囲の連中が驚いた表情を浮かべるものの、すぐにチャンスだと理解して虫への攻撃へと向かう。
「……良いの、クオン? 私たちだけで狩れそうだけど」
「別にいいと言っただろ? もう十分に稼いでるんだ、多少経験値を稼げればこちらとしては十分だよ」
「ふぅ……貴方がそう言うなら別にいいけど」
そうは言いつつもあまり納得はしていない様子で、アリスは再び姿を消す。
あれは自分が倒せなくて残念がっているというより、他のプレイヤーに手を貸すことに納得していない様子だな。
別に俺も本気でやっているわけではないし、これは単なる様子見なのだが、アリスにとってはそこまでしてやる義理はないというところなのだろう。
相変わらずの人見知りっぷりであるが、アリスの事情を考えれば仕方のない話だ。
とはいえ、今回はあまり本気でやっているわけではない。シリウスによる押さえ込みも、実験的なものでしかないのだ。
(シリウスのダメージは大したもんじゃない。減っているのもほぼ突進を受け止めた分だけで、今の攻撃のダメージは微々たるものだ。これなら十分に受けきれるが――)
果たして、このまま上手くいくものだろうか。
シリウスが抑え込んでいる間に、集まってきたパーティは二つ。ユキを含めれば三つのパーティが虫を殴っていることになる。
流石に少々手狭ではあるが、何とか互いに邪魔をせずに戦うことができる数だろう。
それだけの数が攻撃をしていれば、当然ながら虫の体力が削れる速度も速い。
攻撃している側が困惑してしまうほどに、順調にHPを削ることができているようであった。
「となると、問題はここからか」
体力が削れれば、アイスガーディアンは撤退を選択する。
元より、HPを削ること自体は大して難しくはないのだ。問題となるのは、こいつらの逃亡を阻止しながら仕留め切れるかどうかという一点にある。
そのために考えた方策が、このシリウスによる拘束だ。
相手がパワーによる強引な突破を図るのであれば、それに匹敵するパワーを持って押さえ込む。
単純極まりない作戦ではあるが、それだけに決まれば効果的だろう。
果たして、俺の目論見が当たるかどうか――まずは、その様子を確認する。
虫はHPが半分を割った瞬間、シリウスに対する攻撃を止め、一瞬動作を停滞させた。
だが、それは防御を選択したからではない。大きな攻撃を放つための予備動作だ。
巨体に収束する魔力は、物理攻撃主体のボスとは考えられぬほどに大きなもの。
その魔力量に、俺は咄嗟に餓狼丸を構えて相手の動きを注視した。
そして、次の瞬間――
『――――ッ!』
アイスガーディアンは己の周囲へと、剣山の如き無数の氷の棘を発生させた。
周囲数メートル程度であったため俺の場所までは届かなかったが、周囲のプレイヤーは十分射程圏内だ。
とはいえ、彼らもここまでやってきたほどの経験者。虫が魔力を収束させた時点で動きに気付き、警戒していたため大きな被害はなかったようだ。
しかしながら、腹部に氷の棘をいくつも受けたシリウスは、突き刺さりこそしなかったものの、その衝撃に押されて後退してしまう。
流石に、相性がいいとはいえボス級の攻撃だ。特に腹部は鱗の薄い部分であったし、シリウスでも無視できる威力ではない。
シリウスによる拘束を逃れた虫は、急いだ様子でその場で丸まると、ゴロゴロと転がりながら退散していく。
普通に歩いて逃げるよりもよほど速いその動きは、咄嗟の退避行動であるらしい。
「……あんな逃げ方もあるのか」
「うわ、二人ぐらい轢かれてません?」
「まあ、そこまでは面倒見切れんからな」
運悪く逃げた方向に退避していたプレイヤーが、何名か巻き込まれているのが見える。
単発のダメージだし、先ほどの行動まではダメージも受けていなかったのだから、恐らく何とか耐えているのではないだろうか。
まあ、それはともかくとして――
「シリウスの押さえ込みでも外せる手段があるか……まともにやろうとしたら苦労しそうだな」
「あんなに急いで逃げるパターンもあるんですね」
「それだけシリウスが脅威だったってことだろうが……さて、どうするかね」
シリウスによる拘束は、確かに有効ではあっただろう。しかし、結局逃げられてしまうのでは意味がない。
悪くはない作戦だったが、もう一工夫は必要ということか。
どうしたものかと頭を悩ませていたちょうどその時、態勢を整えたユキがこちらの方へと戻ってきた。
後ろでは先ほど戦いに参加していたプレイヤーが、若干遠巻きにこちらの様子を眺めている。
こちらに視線が集まっている辺り、ユキが事前に何かを話していたのかもしれない。
「お兄様、申し訳ありません。アレを仕留め切れず……」
「いや、それは構わんさ。今回は実験だったからな」
「では、何か得るものがあったと?」
「そうだな。今回の作戦の有効性と、まだ足りていない点。もう少し改善できれば、あれも仕留め切れるとは思うが」
「――ではお兄様」
じっとこちらを見つめ、ユキは声を上げる。
その瞳の中には、どこか挑戦的な光が煌めいていた。
「私の案に、ご協力いただけますでしょうか」