636:風の歩む先、凍れる城塞あり その23
Magica Technicaのコミック第3巻が6/12(月)、書籍第8巻が6/19(月)に発売となります。
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遠目に見えるのは、蠢くこんもりとした白い山。
その実態は、バスぐらいの大きさはあるであろう巨大なダンゴムシ――を模した氷のゴーレムである。
ステータスはともかく、性質そのものは前に戦った虎と大差ないだろう。
単純に、性質と攻撃方法が異なるだけ。弱点等は変わらないだろうし、それ単体としては別に苦戦するような相手ではない。
他のプレイヤーにとっても、既に情報は周知されている存在だ。対策を取ってきたなら普通に勝てる相手だろう。
尤も、それは『逃亡しない』という前提に立った上での話であるが。
「ふむ。未熟ですね」
「分かってるだろう、ユキ。普通はそんなものだ」
戦っているプレイヤーを見つめて辛辣な言葉を吐くユキに、嘆息しつつもそう告げる。
確かに、あまり不甲斐ない様子を見ているとやきもきしてしまうのだが、それでも今回はあまり手を出すつもりはないのだ。
なるべく、彼らだけで解決して貰いたいところである。
「うーん……戦闘自体は問題無さそうではあるわね」
「普通に戦っていれば勝てそうではあるんだがな」
現在戦っているのは二つのパーティだ。
どちらもそれなりにレベルは高い様子で、虫相手には有利に戦えている様子である。
戦闘の運びも安定しているし、戦力的に足りないということはないだろう。
問題は、虫自体の性質と、その二つのパーティが協力関係にはないという点だ。
別段、妨害し合っているというわけではないのだが、互いに連携するつもりも無いらしく、使える魔法やスキルが制限されてしまっている状態である。
「一時的にでもレイドを組めばいいものを」
「そうすればスキルで巻き込まなくなるのにね」
「まぁ……戦果争いですからねぇ」
曖昧な笑みを浮かべる緋真の言葉に、さもありなんと肩を竦める。
個々の動きは悪くないが、あれでは逃亡を選んだ虫を何とかすることは不可能だろう。
そして当の虫であるが、おおよそ想像していた通りの性能だ。
防御力が高く、目立った弱点部位もない。しかし鈍重で、攻撃範囲そのものもあまり広くはない様子。
油断していたら体当たりを喰らってボーリングのピンの気分を味わうことになるだろうが、予備動作を見ていれば回避することも難しくあるまい。
(そのための大通りでの戦闘だったんだろうがな……)
閉所で戦闘を行った場合、あの体当たりを回避する手段は殆ど無い。
通路ギチギチに詰まった巨体が突っ込んでくるのだから、それは致し方のない話であるが。
故に、十分な広さのある大通りまで誘導して戦うのは悪くない選択であると言えるだろう。
まあ、他の悪魔やらが集まってくるというデメリットはあるようだが。
「アルトリウスの取った作戦と、こっちの作戦。果たしてどちらの方が適しているもんかね」
「場所にもよると思いますけど、どっちかというとアルトリウスさんの方じゃないですか?」
「もっと大量のパーティでレイドを組んでいたなら話は別だけど……この様子じゃねぇ」
有利に戦うため、広いエリアで戦闘を行うという判断は決して悪いものではない。
だが、このエリアは元々数多くの悪魔が出現するため、それに対応するための戦力が必要となってしまう。
その上で、あの虫の逃亡を阻止できるだけの戦力を準備するとなると、かなりの規模のレイドが必要となってしまう。
しかしながら、広いと言っても精々が街の大通り、数十人が一堂に会して戦闘を行えるほどの広さというわけではない。
必然、相当な部隊運用能力が無ければ、互いの足を引っ張るだけだ。
(そこにアルトリウスほどの技量を求めるのは無茶だとは分かっているが……せめてもう少し現状が見れる奴らならな)
軽く嘆息を零し、推移を見守る。
このまま戦えば、虫を追い詰めることはできるだろう。
しかし、そのまま仕留め切ることはできず、逃亡を許すことになる。
果たして、その手立てがあるのかどうか――その答えは、すぐに確認することが出来そうだ。
『――――!』
上半身を反らした虫が、その巨体で勢いよく地面を叩く。
それと共に発生した波のような衝撃波が、周囲のプレイヤーをまとめて弾き飛ばしてしまった。
その間に、虫は近くの氷の壁へと向けて移動を開始する。
移動そのものは対して速くもなく、前に戦った虎とは比較にならないほどの遅さだ。
しかし、そのタフネスは虎とは比較にならないものであり、慌てたプレイヤーたちが追撃を仕掛けるも、まるで意に介した様子もなくそのまま壁へと向かってしまう。
正面に立ちはだかった者たちすらも蹴散らして、氷壁へと突っ込んでしまったのだった。
「まあ、おおよそ予想通りの結果だったな」
「もうちょっと頑張ってほしかったところだったけどね。それで、どうするの? 手出しをする?」
「そうだな……とりあえず追いかける。手出しをするかどうかは、その時の気分次第だ」
「適当ですねぇ。ま、積極的にはやる気はないってことで」
時間的に余裕があるとはいえ、今後どのような状況になるかは分からない。
できるだけ早めに片付けておいた方がいい、ということは間違いなく事実なのだ。
しかし、あまり他のプレイヤーのモチベーションを奪うわけにもいかないし、面倒な状況である。
「ですが、お兄様。あれを倒し切る手立てはあるのですか?」
「あるにはある……いや、試していないから断言はできんがな。だが、全く手がないってわけじゃない」
「成程。ならば、次に遭遇した時に一度試してみますか?」
「それも悪くはないな」
いつ倒せるのかも分からないし、試しておく程度ならば損はないだろう。
適当にあしらって撤退させれば、他のプレイヤーにチャンスを渡すこともできるしな。
となれば、再びの追跡だ。先ほど戦っていたパーティは再び虫を追いかけて移動していったようだが、果たして次はどんな手を使うつもりなのやら。
今と同じ方法では、いつまで経っても倒し切ることはできない。あまりにも見込みが無いようであれば、手出しすることも考えなければならないのだが。
「ではお兄様、こちらへ」
「おん? どうした、追いかけないのか?」
「それよりも手っ取り早い方法があります。どうぞ、お兄様」
言いながらユキが向かったのは、先程虫が消えて行った氷壁である。
まさか、あれを破って先に進もうというのか。確かに不可能というわけではないのだが、壁を破るコストにリターンが見合わない。
あまり戦うつもりもないし、多少消耗する程度は問題ないのかもしれないが、それでも積極的に取りたい方法というわけではなかった。
「壁を破るつもりか?」
「ええ。ですが、素直に壁を破壊しようというのではありません。少し細工をするのです――《精霊変生》」
聞き覚えのないスキル名。それと共に、灰色になっていたユキの髪が白銀に染まる。
真化したユキの種族は半精人。精霊に近い種族であると言っていた。
恐らくは、これこそがユキの種族スキルなのだろう。
「ほんの一瞬ですが、この氷壁の制御を私が奪います。お兄様は、その瞬間に壁の破壊を」
「ほう……いいだろう、やってみるとしようか」
理屈は良く分からんが、そのようなことができるならば実に便利だ。
百聞は一見に如かず、試してみる価値はあるだろう。
「《蒐魂剣》、【砕魔撃】」
青い光が収束し、餓狼丸の上に鉄槌を形成する。
それを見たユキは、小さな笑みと共に頷きながら、壁に手を触れつつ告げた。
「タイミングを合わせてください。三、二、一――」
「――ここッ!」
振り下ろした鉄槌が、氷の壁に突き刺さる。
デルシェーラの魔法によって形成された、強固極まりない氷壁。
しかしその壁が、《蒐魂剣》の一撃によってあっさりと粉砕されたのだ。
思わぬほどの軽い手応えに眼を見開きつつも、俺たちはさっさと壁の向こう側へと足を踏み入れる。
「こいつはいいな……っと、感想を言ってる暇もないか」
目に入ったのは、壁を移動したばかりの巨大な虫の姿だ。
待機していたわけではないだろうが、既に他のプレイヤーが追いかけてきている姿も目に入る。
程なくして本格的な戦闘も始まるだろうし、まず一つの案を試してみることとしよう。