635:風の歩む先、凍れる城塞あり その22
Magica Technicaのコミック第3巻が6/12(月)、書籍第8巻が6/19(月)に発売となります。
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ユキのパーティのお陰で、トラップ発見に対する負担は大きく減った。
スキルレベルは流石にアリスよりは劣るため、どうしても精度は下がってしまうが、彼女らは五人でその不足を補っている。
おかげで、アリスが常に監視し続ける必要もなくなり、今はのんびりと動くことができている状態だ。
尤も、アリスもスキルを鍛えたいとは思っているようで、スキルの使用自体は続けているようだが。
「そういやユキ。他の連中はどうしてるんだ?」
「各々勝手に動いていますよ。公爵級との戦いには全員興味がありますが、迷宮の攻略自体はあまり興味を抱いていない者もいるようです」
「どうせ戦刃だろうな、あの馬鹿」
イベントで報酬が手に入るという点はすっかり抜け落ちているらしい。
まあ、デルシェーラとの戦いで活躍すれば、スキルオーブ一個ぐらいなら手に入るだろうし、そういう意味ではその考え方も間違ってはいないのだが。
半面、水蓮の奴はこのイベント自体にも乗り気だろう。システム面も色々と調べているようだしな。
「まあ、どう参加しようと自由ではあるがな……種族真化までこなしたなら、戦力としては十分だろう」
「はい、ご期待に沿えるよう頑張りますね」
上機嫌な様子のユキであるが、門下生たちは何とも微妙な表情だ。
まあ確かに、普段と稽古中では随分と性格が異なるし、困惑するのも無理はないだろう。
以前に似たような話を緋真と――明日香としたことはあったが、あの時はこいつも同じように曖昧な表情をしていた。
ユキとの付き合いが深い者たちにとっては、色々と驚くような点があるのだろう。
「先生、そろそろボスの移動エリアですよ」
「そうか。それじゃあ、痕跡か風を探すぞ」
一日経ってから判明したことであるが、前のエリアのギミックと同様に、ボスたちも風を発生させているらしい。
頻繁に移動してしまうため、指標として利用できるのかと問われると微妙なところなのだが、一応近くにいるという証明にはなるだろう。
今現在どの辺りを移動しているのかも分からないため、まずは位置を特定しなくては。
「緋真、ある程度の位置情報は分かるか?」
「無理ですね。頻繁に移動してますし、最後の獲物ってことで完全に競争になってます。情報はかなり出し渋られてますよ」
「そうか……積極的に攻めてる連中がいることは大歓迎なんだがな」
別に本気で仕留めようという状況ではないし、アルトリウスに問い合わせるのもはばかられる。
今回は普通に足を使って探すこととしよう。
あまり戦果を奪いすぎても、他の連中のやる気を削いでしまうからな。
とはいえ――あまりにも不甲斐ないようであれば手を出すつもりだが。
「お兄様であれば、例の虫とやらも仕留め切れますか?」
「手がない、とは言わんがな。正攻法では、あれを一つのパーティで仕留め切ることは不可能だろうよ」
少数では、逃げに徹した巨大な敵を足止めすることができない。
逃げないのであれば容易に倒しきれるだろうが、逃亡を選んでいる時点で絶対に無理だ。
少なくとも、正攻法では俺たちでも倒し切ることはできないだろう。
というより、正攻法で倒し切ったアルトリウスがおかしいというところだが。
「やりようはあるということですね?」
「あるが、今はやるつもりはない。アルトリウスからの要請があるならともかく、こちらは自発的には動かんさ」
軽く肩を竦めつつ、そう返す。
もしも北のオーガ相手に敗退していたらこれほどの余裕は無かっただろう。
だが、今は時間的余裕もできているし、多少は様子を見ていても問題はない。
と――そこまで考えたところで、ユキがじっとこちらを見つめていることに気が付いた。
「どうした、不満か?」
「いえ……アルトリウスという方のことを、随分と信用しているのだと思いまして」
「そうだな。俺はあいつを、対等な友人だと思っているよ」
俺の言葉に、ユキは目を見開いてこちらを見つめてくる。
門下生たちも驚いた様子でこちらに振り返ったが、手を振って監視を続けろと示すと慌てた様子で視線を戻した。
俺に友人がいたらそんなに驚くことだというのか、こいつらは。
「対等、ですか。お兄様と?」
「無論、個人の武勇という点で言ってるんじゃないぞ? あいつも悪くは無いが、お前たちには及ばん程度の実力だ」
生涯を武に打ち込んできた俺と、様々な使命を背負い学んできたアルトリウスでは、どうしても差ができるのは当然のことだ。
だからこそ思う。もしもあいつが、全ての時間を武術に注いでいたなら、果たしてどこまで辿り着いていただろうか、と。
まあ、あいつの使命を考えれば、意味のない仮定であるが。
「俺が言うのもなんだがな。背負っているものの重みでは、あいつと比肩する存在は無いだろう。それこそ、魔王ぐらいなもんだ。並の精神力なら――いや、鍛え上げられた精神であったとしても、とっくに押し潰されていただろうよ」
俺は久遠神通流の看板を背負ってはいるが、後は精々少しの荷物がある程度だ。
アルトリウスほどの使命感も無いし、移住についても『必要だから』という感情が大きい。
積極的に剣を振るうのは、俺個人の感情があるからだ。あいつとは、比べるべくもないだろう。
「そんな奴から、『貴方に憧れて戦っている』なんぞと言われちまったんだ。英雄なんて柄じゃないが――期待には応えないとな」
久遠神通流は、剣を振る理由を他人に預けはしない。
己の意思、己の魂で剣を振るうのだ。
故に、俺は俺の意思で、アルトリウスに手を貸すと決めた。
あいつの敵を斬るというのは、中々に痛快なのだ。
「お兄様に、憧れて……あの方が、ですか」
「見る目が変わったか?」
「……そうですね。油断ならぬ御仁であると思っていましたが、まさかそのようなことを話されていたとは」
そう口にして、ユキは沈黙する。
元々は警戒や隔意があった様子だったが、それがどのように変わったのか。
生憎と、こいつは感情を隠すのが中々に上手い。アルトリウスに関しては、読み切ることは困難だ。
だが、そう悪い印象ではないようだな。
「機会があったら話をしてみるといい。あれは面白い男だ……と、そろそろ無駄話も終わりだな」
「気配が増えてきましたね」
俺の言葉に頷き、緋真とユキは周囲に意識を向ける。
壁の向こう側ではあるのだが、動いている気配が増えてきているのだ。
集団で固まっている足音であるため、いくつかのパーティに違いないだろう。
それらが複数あるということは――
「ボスも近そうだな。さて、今はどこが戦っているのやら」
『キャメロット』以外にも多くのクランは存在しているのだが、あまり目立ってはいない。
というのも、『キャメロット』と『エレノア商会』の同盟に太刀打ちできるほどの勢力が存在しないためだ。
致し方のない話とはいえ、アルトリウスとエレノアを同時に相手取って勝とうとするのは難しいだろう。傘下に入った方がよほど利益を得やすいのだから。
だからといって、「はい首を垂れます」とはならないのが人情だ。
手っ取り早く利益を得たい連中はまだしも、自らの名を上げたいと思っている者は未だに『キャメロット』と張り合っているというわけだ。
まあ、困難な道であると思うが、無駄な努力であるとは言わない。それ位活きのいい連中であれば、今後の戦いも多少は期待できるだろうからな。
(さて、見どころのある奴がいるかどうか――)
若干の期待と共に足を進め、角を曲がる。
敵が多く出現する大通り。多少の稼ぎにはなるため狙うのも悪くはないのだが、そこまで期待するほどの場所でもない。
だが、今はそのエリアに、見慣れぬ巨大な影が存在していた。
「ほう……あれが例の虫か」
「でっかいダンゴムシですね。何か映画で見たことある感じの」
こんもりとした氷の外殻を纏い、その身を護る巨大な虫。
大通りの先の方であるが、確かにその姿を発見したのだ。
■アイスガーディアン・インセクト
種別:魔法生物
レベル:130
状態:アクティブ
属性:??
戦闘位置:??
性能については虎の方と同じ。さりとて、その性質は大きく異なっている。
今まさに、他のプレイヤーによって攻撃を受けている最中のようだが――さて、どのような様子であるか、まずは観察することとしよう。