616:風の歩む先、凍れる城塞あり その3
俺たちが壁に開けた穴を通り抜け、隣の通りへと移ったそのタイミングで、周囲の地面が揺れ始めた。
見れば、今までになかった場所から氷の壁がせり上がってきている。
しかも、俺たちが今まさに通ってきた穴も塞がろうとしている様子だ。
予想はしていたが、とうとう迷宮の構造変化が発生したらしい。
「中々、派手に変わるもんだな」
「結構揺れますね……戦闘中に起こるとちょっと困るかも」
「まあ、後ろを追ってきてた邪魔な連中も分断されたし、善し悪しじゃないかしら? ここの穴はもう使えないみたいだし」
確かにアリスの言う通り、入り口から俺たちの後を付いてきていたプレイヤーたちは、今の変化で分断された形になる。
どうやら、今の変化で穴を開けられる壁ではなくなってしまったらしく、彼らはもう一度それを探さなくてはならないのだ。
とはいえ、穴を開けられる壁があるという情報は得られただろうから、全くの無駄足ということも無いだろうが。
お零れ狙いというのは気に入らないが、別段禁止された行為というわけではない。情報は上手く活用してみせて欲しいものだ。
「さて、それはそれとして――こうなるわけか」
「通りが広いとこうなるのね。これも善し悪しってところかしら」
三十秒ほどで迷宮の構造変化は終わり、新たな姿となった迷宮が俺たちの前に立ちはだかる。
だが、それよりも問題となるのは、今の構造変化と共に現れた敵の群れだろう。
壁や床から出現したゴーレムや、スレイヴビーストを引き連れた悪魔の群れなど、数多くの敵が出現したのだ。
どうやら、広めの通りにはこのように、多くの敵が配置されているらしい。
「アリス、罠は?」
「少なくとも二十メートル以内には見当たらないわ」
「了解、あまり離れずに暴れるとするかね」
広く見渡せば、他にもこの通りにいるプレイヤーの姿を発見できた。
しかし、距離もあるしわざわざ協力するほどのことでもない。
降りかかる火の粉を払って、先に進むこととしよう。
「セイラン、シリウス。奥の悪魔共は任せる」
「クェエッ!」
「グルルルルッ!」
シリウスは元の大きさには戻っていないが、威勢よく吼えながら悪魔たちへと向けて走り出す。
この大きさであるが、シリウスは重量を変化させていない。その重量で氷を踏み砕きながら、悪魔の群れへと突撃していく。
流石に、足の長さは短くなっているため普段通りのスピードは出せないが、間違いなく十分な脅威であろう。
とりあえず、向こうは任せておくとして――
「《ワイドレンジ》、《練命剣》【煌命撃】」
先ほどと同じく、餓狼丸に生命力を纏う。
柱と化した刀は、軽さには見合わぬ破壊力を持っている。その一撃にて、のしのしとこちらに近づいてきていた氷のゴーレムの頭を叩き潰した。
というか、体のパーツが浮いているのだから、飛びながら移動して来ればよいと思うのだが……まあ、ゴーレムにその辺りを説いても意味はない話だ。
(アリスは悪魔を仕留めに行った、緋真はルミナと共に魔法を使いながら対処――とりあえずは、問題ないか)
では、まずは近場の敵を片付ける。そしてその後、移動先にいる邪魔を打ち払いながら進むとしよう。
方針を決め、俺はその場から軽く跳躍した。その直後、俺が一瞬前までいた場所に、ゴーレムの拳が突き刺さる。
直後、ガラスが砕けるような音と共に、拳の命中した場所から氷の棘が発生した。
どうやら、純粋な物理攻撃だけというわけではないらしい。
「《奪命剣》、【冥哮撃】!」
餓狼丸の切っ先に集中する黒い球体。
それが収束しきったことを確認しつつ、俺は大上段から餓狼丸を振り下ろした。
斬法――剛の型、中天。
小細工のない、正面からの振り下ろし。単純故に凄まじい速度で振るうことができるその一閃は、切っ先に集う闇を瞬く間に膨張させて、ゴーレムの体を押し潰した。
その様は、まるで頭上から巨大な鉄球が落ちてきたかのような有様だ。
しかしながら、そのゴーレムはまだ仕留め切れてはいない。かなり体力を削ってはいるが、まだ何とか生き残っている状態だ。
「《神霊魔法》しか使っていないとはいえ、普通に耐えるか。タフなもんだな」
今回は長丁場であるため、発動時間のある《昇華魔法》は使っていないのだが、《奪命剣》だけでは耐えられてしまうか。
一撃で倒れてくれたら楽だったのだが、やはり公爵級の配下となるとそう容易くはいかないらしい。
尤も――
「《奪命剣》、【咆風呪】!」
一撃を耐えられるのならば、もう一撃を与えてやれば済む話であるが。
起き上がろうとしていたゴーレムを包み込んだ黒い風は、その残りのHP全てを奪い去って吹き抜けた。
ついでに他のメンバーが対処していた敵のHPも吸収し、先の【煌命撃】で消費したHPを回復させる。
今更だが、ゴーレムの生命力とは一体何なのか――そんな益体もないことを考えつつ、俺は倒れた二体を踏み越えて先へと進む。
狙うは、こちらへと魔法を放とうとしていたアークデーモンだ。
とはいえ、どうやらセイランたちに邪魔をされて魔法は中断してしまった様子だが。
「《練命剣》、【命輝一陣】」
歩法――烈震。
ついでとばかりに生命力の刃を放ち、それと共に強く地を蹴る。
眩く輝く刃を陰に駆け抜けた俺は、こちらの姿を捉えさせぬままにグレーターデーモンへと肉薄した。
「『生奪』」
スキルを発動し、餓狼丸に二色の輝きを纏わせる。
その発動によって悪魔はこちらの姿を捉えたようであるが、【命輝一陣】を防いだ直後ではその対処も間に合わない。
斬法――剛の型、輪旋。
翻して振るった刃により、グレーターデーモンの首を斬り裂く。
大きく血を吹き散らした悪魔は、そのままゆっくりと仰向けに倒れ――その体を、俺は奥にいた悪魔へと向けて蹴り飛ばした。
僅かに残っていたHPもそれで尽き、悪魔の体は塵と化しながらも、奥の悪魔に衝突してバランスを崩させる。
「《練命剣》、【命輝閃】」
倒れかけた奥の悪魔はシリウスたちに任せるとして、俺が集中すべきは隣にいる一体だ。
仲間が倒されたことで俺の姿を認識した悪魔は、腕を巨大な鉤爪のような形状へと変化させる。
グレーターデーモンの持つ変化能力は、その肉体そのものの強度も向上させるのだ。
本気で斬れば貫けないことも無いが、そこまでするメリットも少ないだろう。
「しッ」
歩法――縮地。
腕を振りかぶるグレーターデーモン。その一撃を避けるのではなく、俺はあえて相手の懐へと飛び込んだ。
腕が巨大すぎるため、自らの胸元を攻撃するには向かない。故にこの悪魔は、縮地によって近付いた俺に対しての対応に悩むこととなる。
そのまま威力の伴わない攻撃を行うのか、或いは変化を元に戻して対処するのか――その答えを出す時間など、与えるはずもないが。
斬法――柔剛交差、穿牙零絶。
密着した距離で放つ刺突が、悪魔の心臓を貫く。
【命輝閃】によって強化された一撃は、多少の防御力では防ぐことも叶わず、グレーターデーモンは成す術無く心臓を破壊されることとなった。
致命傷を負った悪魔は塵となって消滅し、これにより近場にいた悪魔は全滅となる。
見渡せば少し離れた場所に他の敵もいるが、わざわざ喧嘩を売りに行く必要もないだろう。
「片付いたら行くぞ、あっちの路地だ!」
他のメンバーも敵への対処は完了している。
目指すべき場所は街の中心部。そこへと到達するためには、内部防壁を通り抜ける必要があるだろう。
故に目指すべき場所は、内部の区画を隔てる防壁の門。また迷宮で迷うことになるだろうが、さっさと辿り着けるよう駆け抜けることとしよう。