615:風の歩む先、凍れる城塞あり その2
「……また行き止まりですね」
「仕方ない、次はあっちに行くぞ」
氷に包まれた迷宮を進むことしばし。俺たちが行き止まりにぶち当たったのはこれで三度目だった。
まあ、迷宮である以上それは仕方のない話なのだが、それでも残念感は否めない。
それよりも問題は、罠や奇襲がとにかく多いことだろう。壁から攻撃が来ることなど当然で、壁が迫ってくる通路や、天井が崩落する通路など、とにかく多彩なトラップが用意されていたのだ。
しかも、そういう罠の直後に悪魔が奇襲を仕掛けてくるパターンも多い。すべて同じパターンではないというところも中々に厭らしい趣向だ。
これがデルシェーラの仕掛けたものであるならば、大層な恨みを抱かれていそうだ。
「面倒ではあるが、今のところ余裕はあるな。探知系のスキルがあれば見えるようだし……その割にはあまり攻略が進んでいないんだな」
「スカウト系必須となると募集に苦労しますからね。ダンジョンシーカーなんてそこまで多くはないですよ」
緋真のゲーム用語はよく分からないが、探知系のスキル持ちは意外と貴重であるらしい。
そういう意味では、アリスをパーティに加えることができているのは幸運だといえるだろう。
おかげで、罠の類は事前に察知することが可能だし、来ると分かっていれば幾らでも対処できる。
尤も――当のアリスは渋い表情であるが。
「私はあくまで探知だけで、罠の解除まではできないから。結局力業で突破していることに変わりはないでしょ」
「まあ、それはそうなんだがな」
アリスは探知系のスキルこそ持っているが、トラップ解除のスキルは覚えていない。
そのため、罠を発見しても避けるか、或いは起動させて強引に突破するかの二択しかない。
そういう意味では、罠による影響を避けられていないとも言えるだろう。
「だが、解除しながら攻略するにも時間がかかる。時間をかけていたら道も変化するしな」
「ですね。今のところ遭遇してないですけど」
「時間的に、そろそろ来てもおかしくないぐらいのタイミングじゃないかしら?」
「聞いていた話だと、そろそろか」
確か、一時間刻み程度で変化するという話だった。
当然ながら、構造が変化してしまえばそれまで進んでいたルートの知識は無駄になる。
罠も再配置されるということらしく、仮に見覚えのある景色が残っていたとしても気を抜くことはできない。
しかし、都市そのものを迷宮としている関係上か、建物や瓦礫といった物体については移動しない。
あくまでも、道を塞ぐ氷の壁が変化するような形だ。だからこそ、ある程度方向も掴みやすく、移動にはそこまで困ることはないだろう。
「お前たちはあまり離れすぎるなよ。変動の時に分断されたら面倒だ」
「戦闘中に起こらないといいですけどねぇ」
「ルミナたちなら一度結晶に戻せば呼び戻せるだろうが、お前たちはそうもいかないからな」
まあ、それで最も困るのは、罠も感知できず反応速度は俺には及ばない緋真だろうが。
何にせよ、そのような事態になることは避けるに越したことはない。
構造変化のタイミングが近付いてきたら、常に注意しておくべきだろう。
と――そこで、きょろきょろと周囲に視線を向けていたアリスが声を上げた。
「クオン、そこ。足元に仕掛けられてるわよ」
「おっと……助かる、ありがとな」
「これが仕事だもの」
視線を逸らしてそっけなく答えるアリスであるが、その声は若干弾んでいる。
普段なら、いつ戦闘が起こってもおかしくないこの状況では姿を隠しているのだが、こうして見える位置で動いてくれるのは面倒見の良い証だろう。
アリスの警告に改めて感謝しつつ、彼女の指摘した地面を見る。
光の反射のせいで分かりづらいのだが、氷に包まれた地面の下に、紫色の魔法陣が設置されているのだ。
「氷のせいで分かりづらいんだよな」
「それを狙ってるんでしょうけど、厭らしい設置よね」
他のトラップについても、一応目視で判別できるようにはなっているらしい。
だが、このように氷の下に設置されているため、大層見づらい見た目なのだ。
氷の表面に描かれていたら分かり易かっただろうが、流石にそう甘くはない様子である。
とりあえず、トラップが設置されている地面は避けながら、まだ通っていない通路へと足を踏み入れる。
景色は相も変わらず氷に包まれており、ミラーハウスの迷路もかくやといった情景だ。
壁は透明度の高い氷であり、一瞬壁があるのかどうかわからない場所もあったりするのが実に厭らしい。戦闘中に間違って壁に突っ込まぬよう注意しなければ。
「……この通路は、見える範囲でトラップは無さそうね」
「何もないと逆に怪しいですよね」
「そう思わせるってパターンもあるからなぁ。緩急をつけられると判別も難しい」
まだ、仕掛けた側の癖のようなものを把握できていない。今の段階では、安全な通路を見極めることは困難だろう。仮に分かっても、それを逆手に取られる可能性もあるからな。
とはいえ、アリスのスキルで罠は見受けられず、俺も敵の気配を感じ取ってはいない。一旦は問題ないだろう。
「しかし、近付いてる気がしないな」
「延々と遠回りさせられてますね。今はどの辺りだろう……」
最初に南側から侵入したが、少しずつ西側に移動してきている。
問題は、中央へと進む道がことごとく塞がれていることだろう。
ワールドクエスト扱いされた迷路なのだから、流石に一切通り道が無いなどということはないだろうが、こうも見つからないと嫌な予感を拭いきれなくなる。
いよいよ、壁をブチ破ることを考えた方がいいかと悩み始めたちょうどその時、アリスが困惑した様子で声を上げた。
「ねぇ、二人とも。トラップじゃないのだけど、反応がある壁があるわ」
「お? 何があったんだ?」
「ほら、そこの……建物の壁よ」
眉根を寄せたアリスが指差したのは、壁に大穴の開いた建物であった。
他の建物と同様に氷漬けになっており、結果として壁の穴も塞がっているのだが、一体何があるというのか。
危険な反応ではないということであるため近寄ってみるが、何の反応も示すことはない。
ただの氷の壁にしか見えない、そんな様相だ。
「これがどうかしたのか?」
「分からないけど、反応があるのよ。何かあるとは思うんだけど……」
「見た目は普通の氷の壁ですけどね……あ、でも建物の中までは凍っていない感じですね」
「ここを通り抜けられたら、向こう側の通りに行けそうですが……」
壁を触りながらルミナの呟いたその言葉。それを反芻し、俺たちは揃って顔を見合わせ、ルミナへと視線を集中させた。
唐突に注目を受けたルミナは、困惑した様子で首をかしげる。
「あ、あの、何か?」
「いや……ひょっとしたらそれが正解じゃないかと思ってな」
この壁を抜けることができたら、今まで到達できなかった通りまで出ることができる。
それで劇的にゴールに近づくのかと問われるとそれは否だが、少なくとも先程までよりはマシな進展だ。
「あり得そうだけど、他にギミックの類も見当たらないのよね」
「先まで進んでみて、何も無かったら試してみます?」
「どうせ構造変化も近いんだ、物は試しでやってみるとするさ」
あと数分で、迷宮の構造が変化することだろう。
そうなると、再びここに戻ってこられるかも分からなくなってしまう。
また延々と道に迷うぐらいならば、ここで試してみるのも悪くないだろう。
「で、どうやって開くの?」
「ブチ破ればいいんじゃないのか? とりあえずやってみればいい――《蒐魂剣》、【破衝閃】」
探せばどこかにギミックがあるのかもしれないが、探している間に時間切れになるだろう。
とっとと破ってしまえばよいと、俺は《蒐魂剣》を発動させた。
斬法――剛の型、穿牙。
槍と化した餓狼丸を、一直線に壁の穴の中央へと突き入れる。
その一撃は、思ったよりもあっさりと氷を貫き――そのまま、壁の穴の周りだけ氷を消滅させた。
「うおっ!? っと、思ったより軽い手応えだったな」
「……壊される前提だったのかしら。再生する様子もないし」
穴の開いた壁は、再び氷に包まれる様子もない。
これが正解だったのかどうかは分からないが、通れるのであればそれでいいだろう。
セイランもギリギリ通れる大きさであるし、とっとと通り抜けてしまうこととする。
そして、妨害されるようなこともなく、あっさりと隣の通りへと到達し――直後、地面に振動が走ったのだった。