614:風の歩む先、凍れる城塞あり その1
クライマックスフェイズですが、今回は長いため連続更新は無しでお願いします。
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装備を整え、翌日。俺たちは早速、前回の戦場の先、凍り付いた城へと足を延ばしていた。
ここに来るまで、普通に魔物の襲撃はあったものの、悪魔による意図的な足止めなどはなかった。
どうやらイベントの通り、デルシェーラは俺たちを招き入れようとしているらしい。
(あの有様の後だから、それはそれで怖いんだがな)
何しろ、あれほどの痛手を与えた上に嘲笑った後だ。
個人的な恨みという点ではファムに向いているだろうが、人類全体への恨みを募らせている可能性は無きにしも非ずである。
こういう状況の場合、あのクソビッチは確実に顔を出してこないため、恨み骨髄に徹した敵への対処は俺たちの仕事になるわけだ。
十分すぎる仕事をしてくれたことは確かなのだが、もうちょっと何とかならないのかとは思わなくもない。
「結構人も入ってますね……まだ全然攻略したって話はないですけど」
「マッピングが無意味となると、やっぱり厳しいわよね」
街全体が一つの迷宮と化したこのエリアだが、未だにデルシェーラの元まで到達したという報告はない。
やはり最大のネックは、定期的に構造が変化するという性質にあるようだ。
苦労して地図を作っても、すぐに無意味なものと化してしまうのでは、効率的な攻略など困難だろう。
不幸中の幸いは、氷がある程度透き通っているため、方角は見失いづらいことか。
城の位置を常に把握し、そちらへ向かって移動するよう意識していれば、いずれは辿り着くことだろう。
(……それなのに、辿り着いた人間がいないのは疑問だがな)
定期的に変化するとはいえ、迷路としての難易度はそこまで高いわけではない。
それなのにいまだ辿り着いた者がいないのは、出現する敵が強力であるためか、或いは何かほかに理由があるのか。
その辺りも、中に足を踏み入れればはっきりすることだろう。
「さてと、それじゃあ出発するか。無駄に視線を集めてるしな」
「物資も十分、行きましょう!」
俺たちが顔を出したためか、周囲のプレイヤーがこちらに視線を向けている。
それはいつもと同じではあるのだが、あまりじろじろと見られるのも気分がいいわけではない。
今回のワールドクエストは、少なくともダンジョンを攻略している間はレイドを組むことができない。偶然他のパーティと遭遇することがあったとしても、そこでレイドとして協力することはできないのだ。
仮にできていたら、是が非でもうちの門下生連中はついてきたことだろう。
「行くぞ。アリスは周囲の調査を頼む」
「分かったわ。不用意に周りに触らないようにね」
入り口となるのは、水の膜のようなもので区切られている街の門だ。そこを潜ることで、今回のワールドクエストは開始となる。
未だ誰にも攻略されていない大迷宮。その性質を確かめてみることとしよう。
『ワールドクエスト《風の歩む先、凍れる城塞あり》を開始します』
アナウンスが耳に届くと共に、眩い光に目を細める。
それは、日の光が氷によって反射した輝きだ。この街は今、街の全てが氷によって包み込まれているのだから。
元の名前も知らないこの街は、地面から建物、果ては街路樹に至るまで、全てが氷に包まれていたのだ。
外見としては実に幻想的であるが、暮らしていた人々にとっては堪ったものではないだろう。
この街がいかにして滅んだのかは分からないが、碌なものではないに違いあるまい。
「うん、流石にこの辺りには罠もないわね。他のプレイヤーも多いし」
「入り口から入ってすぐですからね。エントランスみたいなもんでしょう」
「だな。さっさと奥に進むとするか」
外ほどではないが、プレイヤーの数は多い。そしてパーティ間の協力が難しいとはいえ、こちらの戦力を当てにしようとする視線もまた多いようだ。
生憎と、そんな連中に構っている暇はない。さっさと先に進むこととしよう。
「何かあったら教えてくれ。俺は敵の警戒に集中する」
「了解。行きましょう」
罠の類はある程度発見することもできるが、流石にスキルを持っているアリスには及ばない。
そこはアリスにすべて任せることとしつつ、俺は向かってくる敵の気配に集中することとしよう。
氷に包まれた街は、大通りは凍り付いた瓦礫によって塞がれてしまっている。
どうやら、城へと続く正面の道についてはどう足掻いても通れないようになっているらしい。流石に、そう簡単に行くような話ではないか。
「右と左、どっちに行きます?」
「判断基準があるわけでもなし、ただの勘だな。左に行くとするか」
特に理由もなく道を選び、左へと向けて歩き出す。
後ろを付いてくる連中の気配を感じるが――まあ、こちらの邪魔をしないのであれば構わないだろう。
手を出して来たらさっさと潰すことにするが。
「こちらは……多少狭いが普通の道だな」
「セイランはちょっと戦いづらそうですね」
シリウスは《変化》によって大型犬程度のサイズまで縮小している。
そのため、この場で最も大きな体格をしているのはセイランということになるのだ。
そのセイランが普通に通れる程度の道であれば、進む上での支障はないだろう。
尤も、戦うとなると少々やり辛いだろうが。
(空は飛べんからな……)
上空は、氷の霧によって包まれている。多少ジャンプする程度なら何とかなるが、高く飛べばあれに触れてしまうことになるだろう。
実際、どの程度危険なものなのかは分からないが、わざわざああして張り巡らせているということは、相当に危険なものであるに違いない。
上空を何とかすることを検討するのは、八方塞がりになってからでいいだろう。
「今は分かれ道でもないし、とりあえず普通に進むか」
「そうね……ああ、壁に近付き過ぎない方がいいみたいよ。氷の棘が飛び出してくるわ」
「早速罠が仕掛けられていやがるか」
この序盤から早速罠が仕掛けられている辺り、デルシェーラの殺意の高さがうかがえる。
あの女がどこまでこちらを恨んでいるのかは、実際に奴と対面した時にでも判明することだろう。
さて――それはともかくとして。
「そこの角、敵がいるぞ」
「敵も隠れて襲ってくるんですね、ここ」
「序盤だからと、あまり加減はしてこないか。奴も中々怒り狂ってやがる」
小さく嘆息し、餓狼丸を抜き放つ。
今回は単純に、建物の陰に隠れているだけのようだが、今後はもっと巧妙な手口を取ってくる可能性もある。
少々疲れそうではあるが、気配には常に気を配っていなければならないだろう。
と、それはともかくとして――
「さっさと片付けるとするか――《ワイドレンジ》、《練命剣》【煌命撃】」
相手が何であるかは、その気配のお陰で分かっている。
そこにあるのは生物の気配ではない。となれば、待ち構えているのは例の氷のゴーレムだろう。
ならば話は単純だ。ちょうど覚えたテクニック、その効果のほどを試してやることとしよう。
電柱の如き姿となった餓狼丸を肩に担ぎ、俺は隠れる気配を捉えながら前へと進む。
そして――
『――――』
声を発することもなく襲い掛かってきたのは、浮遊する氷の塊。
辛うじて人の形のようにも見えるが、ただの氷が浮いていると見間違えてもおかしくはないだろう。
氷のゴーレムは、その腕に嵐のような氷雪を纏わせながら、俺を叩き潰そうと振るってくる。
その一撃を半歩後退して回避しつつ、俺はゴーレムの体へと餓狼丸を振り下ろした。
斬法――剛の型、中天。
刃でやれば純粋な上段斬りも、棍棒でやるとまた感覚が異なる。
しかし、威力は間違いなく確かな【煌命撃】はそのままゴーレムの頭部へと突き刺さり――氷の球体が浮かんでいるようにしか見えないそれを、粉々に粉砕した。
頭部を砕かれたゴーレムは、衝撃を受けた様子で動きを止め、しかし止まることなく動き続けてこちらへと手を伸ばす。
しかし、その一撃がこちらに届く前に、ゴーレムの腕は緋真の一閃によって焼き斬られていた。
緋真の攻撃がトドメとなったのか、ゴーレムは動きを止めてその場に崩れ落ちる。
「お前は普通に斬れるのか」
「と言っても、結構重い感触ですよ、これ」
「ふむ……まあ、通じるに越したことはあるまい」
これならば、ゴーレムを緋真に任せても対処できるだろう。
とりあえず、ゴーレム一体だけなら大した相手ではないことは理解できた。
魔法での強化が無いとはいえ、俺の一撃を耐えたことには少々驚いたが、この程度なら苦労はせんだろう。
とはいえ、今回は罠としての配置。敵として出てくるならばもっと多く出現する可能性もある。
警戒は絶やさず、先へ進んでいくこととしよう。