612:小さな真龍
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「成長武器の★10って、何かあるんですかね?」
「ここにきて久々のネームドモンスターの素材だ。何かしらはあるんだろうよ」
『エレノア商会』を後にした直後、緋真がしみじみと発した疑問に、俺はそう返した。
フィノから伝えられた情報は、多少の驚きはあったものの、納得できる内容ではあった。
以前にもネームドモンスターの素材を使った武器強化はあったし、そうでなくても特殊な条件でしか出現しないような魔物が標的となったこともある。
定期的なのかどうかは分からないが、成長武器の強化にはそういったタイミングがあるのだろう。
それが★10への強化というのであれば、むしろ納得できるというものだ。
「それだけの素材を要求されるんだし、さぞ強力な強化なんでしょうね?」
「さてな、それこそ女神にでも聞いてみないことには分からん。だが――残念ながら、デルシェーラとの戦いにその強化は持ち込めそうにないな」
「居場所が分かっていないですもんね」
全力で経験値稼ぎをすれば、武器に蓄積する経験値自体は溜まることだろう。
問題は、強化の際に必要となる素材の出所が不明であることだ。
ネームドモンスター素材以外にも、現状手に入っていない素材はあるのだが――やはりネームドモンスターは別格だろう。
未だ誰も確認していないネームドモンスターは、果たして上位の悪魔とどちらが強いのか。
正直想像もつかないが、どこにいるかも分からないネームドモンスターを捜し歩く時間が無いことは確かだ。
残念ながら、今回の戦いでは★10は諦めるべきだろう。
「『不滅の剣ティエルクレス』でしたっけ。どこにいるんですかね?」
「名前からしてもなかなか楽しそうな相手なんだがな。流石に情報なしで捜し歩くわけにもいかん」
前回ネームドモンスターと戦った時は、必要な情報はほぼ全て、周辺の現地人から手に入れることができた。
だが生憎と、この地域で生き残った現地人の姿は無い。少なくとも、今のところ発見できた存在はいないのだ。
そのため、そういった人々から情報を得ることもできない。完全にゼロからのスタートなのだ。
幸いなことに、俺たちの武器に要求された素材は全て、そのネームドモンスターから手に入る素材だった。
★10は全てそうなのか、或いは何か法則性があるのか。現状では判断できないが、当てもなく三種類のネームドモンスターを捜索するよりは遥かにマシだろう。
「ま、見つからないものは仕方ない。とりあえずはスルーしておくとしよう」
一応、エレノアの方から『MT探索会』宛に調査依頼は出してくれた。
とはいえ、すぐに回答が来なかったということは、少なくとも簡単に手に入るような情報ではなかったということだろう。
あの連中、ネームドモンスターぐらいの大きな情報になると、暗記しているレベルで覚えているからな。
「それじゃあ、今日はあの靴が出来上がるまでレベル上げかしら?」
「そうだな。後は、シリウスの新しいスキルを試しておきたいところだ」
言いつつ、横へと視線を向ける。
そこにあるのは、セイランの隣を並んで歩くシリウスの姿であった。
だが、そのサイズは本来のものとは明らかに異なる、大型犬未満のサイズである。
これまで使用していた《小型化》よりも更に小さいサイズへの変身――これは、シリウスの進化したスキルである《変化》の効果であった。
「ダンジョンに入る前にこれを覚えてくれたのは僥倖だったな」
「何か都合がいい気がするけど……女神が介入してない?」
「そこまで派手に干渉できるんですかね?」
アリスの言う通り、妙にタイミングがいいという意見は否定できない。
が、こちらのプロセスに何ら瑕疵があるわけではなく、通常通り節目のレベルで覚えたというだけであるため、使用を遠慮することも無いだろう。
さて、この《変化》というスキルであるが、これはシリウスが自在に姿を変えるスキル――というわけではない。
緋真などは、まさか人間の姿に変身するのでは、と期待していたようだったが……生憎とそんなことはなかった。
(金龍王の例があるから、その可能性も否定はできないんだがな)
絶世の美女の姿へと変貌していた金龍王のことを思い出し、軽く嘆息する。
真龍が想像を絶する生物であるとはいえ、シリウスが人の姿になるなど考えたこともない。
ともあれ、この《変化》は好きな姿に変身するわけではなく、あくまでドラゴンとして自由にサイズや重量を変えられるスキルであった。
スキルの使用には若干時間がかかるため、戦闘中に使えるようなものではない。しかしながら、あらかじめ決めておけば、今の中型犬サイズで普段通りの重さと言うことも可能なのである。
また、普段より大きく、重くなることも可能なようだが、そちらはかなり大量の魔力を消費することになる。どうやら縮める方が楽なようだ。
「このサイズでも戦闘能力がほぼ下がらないのは魅力だな。まぁ、流石にリーチは落ちるが」
「物理的に縮んでますから、それは仕方ないですよ」
「ま、そうだな。リーチが要るならまたデカくなりゃいい話だし」
全体のサイズが縮小されるため、どうしたところでリーチの減少は避けられない。
だが、小型化することで攻撃の被弾率は下がるし、小さな体に重量が集中するため一点への破壊力は増す。一長一短と言ったところだろう。
この犬ぐらいのサイズで普段通りの重さというのは、中々に詐欺だと思うが。
「他はどのスキルが強化されたの?」
「《ブレス》が《ブラストブレス》に、《鱗弾》が《鱗魔弾》になったな。全体的に遠距離攻撃の強化だ」
鱗の方は正直あまり使う頻度は少ないのだが、あれはあれで強力な攻撃である。
何しろ、頑丈かつ鋭いシリウスの鱗が飛んでいくのだ。
サイズからして大砲の弾のようなものであるし、直撃したら人体など弾け飛ぶだろう。
とりあえず、どんな強化となったのかは実際に見てみるべきだろう。
「というわけで――全員、ちょっと下がれ」
外に出て、俺たちは一旦シリウスから距離を取る。
小さいサイズに慣れていると、シリウスの本来のサイズを忘れてしまいそうだ。
ある程度距離を離しておかないと、巨大化した時の体に弾き飛ばされてしまうだろう。
とりあえず、通常のサイズに戻ったシリウスは、ぶるぶると体を震わせて調子を整えている。
どうやら、中々に調子は良さそうだ。
「それじゃあ、あそこから向かってくる敵に使ってみてくれ」
「グルルッ!」
こちらへと向かってくるのは大型のサイのような魔物。
この辺りでは何度か戦っているため、特に真新しい相手でもない。
そんな相手へと向けて、シリウスはすぐさま鱗の弾丸を撃ち放った。
複数飛び出した鱗は、しかし全てが曲線を描きながらサイの体へと直撃する。
その破壊力に、巨体を持つサイも耐えきれずに吹き飛ばされることとなった。
「ホーミングするようになったのか」
「これなら使い勝手が良さそうですね」
まあ、それでも一時的に防御力が下がることに変わりはないのだが。
ともあれ、鱗の直撃を受けたサイは、ダウンして起き上がれていない状態だ。
その姿を見つめ、シリウスは大きく息を吸い込んだ。
「ガアアアアアアアアアッ!!」
強烈な咆哮と共に放たれる、衝撃波のブレス。
だが、その威力は以前よりも更に高く、そして広い範囲へと放たれていた。
威力が増強したことに加え、横に範囲が広がっている。
これならば、より多くの敵を標的にすることが可能だろう。
元より体勢を崩していたサイはそれを回避することもできず、衝撃波に巻き込まれて消滅することとなったのだった。
「威力は微増、範囲が大幅増加ってところか」
「強そうですけど、閉所だと使えませんね」
「ダンジョンで使えるかは微妙なところだな」
単純に強力であるが、使うタイミングがあるかどうかは悩むところだ。
とはいえ、シリウスの持つ攻撃の中ではかなり強力なブレスだ。
今後も使用するタイミングは何度もあることだろう。
「まあ、広いところで使う分には問題あるまい。今日は存分に使って貰うこととしようか」
どのぐらいの範囲に広がるのか、感覚的に覚えておかねばなるまい。
経験値の蓄積と、シリウスの戦いの習熟。靴ができるまでに、やれることをやってしまうとしよう。