608:準備と情報収集
防具の相談と発注を済ませた俺たちは、早速北へと向けて移動を開始した。
とはいえ、いきなりデルシェーラの本拠地に挑もうというわけではない。
今回は、単なるレベルアップを兼ねた様子見だ。昨日の戦いではあれだけ大量の悪魔を相手にしたのだし、すぐにレベルも上がることだろう。
スキルのレベルもそこそこ上がってきたし、準備をしている間にレベルの節目は迎えておきたいところだ。
「それにしても先生、太っ腹な提案でしたね」
「龍王の爪のことか?」
「あり過ぎても持て余すのは事実だけど、あっさり人に貸し出そうとしているんだもの」
ペガサスに乗る緋真の後ろで、アリスは呆れを交えた表情でそう声を上げる。
彼女の言う通り、強力な武器であっても五本も六本も同時に振るえるわけではない。
しかしながら、それほど強力な武器を貸し出すということが驚きだったのだろう。
俺にとっては、使えないものを後生大事に取っておいても意味が無いといったところなのだが。
しかし――
「確かに、パーティの資産ではあるしな。勝手に使い道を決めちまったのは良くなかったか。緋真はともかく、アリスには割り振っていなかったし」
「私は別に必要ないけどね。いくつも武器を使い分ける必要もないし」
成長武器であるネメの闇刃をくるくると回しながら、アリスは軽く肩を竦める。
どうやら、龍王の爪による装備には全く執着はないらしい。
まあ、彼女に小太刀を貸し出すのもやぶさかではないし、使ってみて効果があればそのまま使わせてもいいだろう。
「単純に、それだけ強力な装備を、師範代相手とはいえあっさり渡しちゃうのが驚きだったってだけです」
「俺も半端な相手に使わせるつもりはないがな。あいつらなら、強力な装備であっても使いこなせるだろう」
可能であれば刀自体も名刀であることが望ましいのだが、流石にフィノはスキルや成長武器のアドバンテージがあっても名工というわけではない。
餓狼丸などと比べると、どうにも見劣りを感じてしまうのは否めないだろう。
紅蓮舞姫を握ってそれを理解した緋真も、龍王の装備にそこまで執着はしていない様子だ。
まあ、戦刃はともかくとして、今日の話を聞いたユキが水蓮あたりに話したら、何かしら妙なことをやり始めるかもしれないが。
「どちらにしろ、実際に装備が出来上がるのはまだまだ先だしな。実際に作れるって段階になってから考えるか」
「今から気にしていたって、デルシェーラに有利になるわけじゃないものね……それで、あれが例の本拠地かしら」
「見るからに、って感じですね」
北へと飛行を続け、昨日戦って完全な廃墟と化した街を通り越した更に先。
見えてきたのは、氷に包まれた巨大な城塞であった。
王城の如き尖塔が見えているが、それはどうやら氷のみで作り上げられた物体であり、本来の城塞を氷で包み込み、増築するように城の部分を増やしているようだ。
青白い氷に包まれた都市は、日の光を反射して幻想的な光景を作り上げている。
これが悪魔によるものでなければ、素直に感心していたことだろう。
「大型の城塞都市全体を氷で包み込むか……分かってはいたが、本当に規格外だな」
「エリザリットの魔法の規模より明らかに強力ですね」
「ディーンクラッドと戦った時より、こっちもかなりレベルが上がっているけど……それでも、まだまだ及ぶ気がしないわね」
単体であれだけの規模の現象を引き起こすのだから、つくづく存在としての格が違う。
それに、目に見えているものだけが全てではない。
ここから見える範囲では、都市の上空がキラキラと輝いて見えているだけだが、恐らくあれがアルトリウスの言っていた霧なのだろう。
恐ろしく小さな氷の粒。それが、光を反射して輝いているのだ。
「近寄り過ぎるとその時点でアウトだったか。デルシェーラはあの城の中にいるのか?」
「順当にいけばそうじゃないですかね。まだそこまで辿り着いたっていう話は全然ありませんけど」
「そりゃまあ、始まったばかりだからな。内部の様子については?」
「序盤程度なら、映像は出てますね。氷に閉ざされた街を進んでいく感じです」
先ほど聞いた話では、定期的に内部の構造が変化するらしい。
それは元あった建物が変化するわけではなく、その氷によって通行できない部分が変化するのだろう。
ダンジョンの攻略のようであるが、広い道を選べるならばシリウスでも戦うことはできるかもしれない。
尤も、それでも《小型化》は必須だろうが。
「出てくる敵は?」
「基本的には悪魔とスレイヴビーストですね。ただ、氷でできたゴーレムも現れるらしいです」
「物理攻撃に耐性がありそうな奴か。面倒な」
しかも氷であるため、《採掘》しても特に何か得られるわけではないだろう。
その体そのものが魔法でできているのであれば《蒐魂剣》も効くだろうが、果たしてどこまで効果があるものか。
これについてはあらかじめ情報を集めておいた方がいいだろう。
「迷宮の特徴は? トラップの類はあるのか?」
「そこそこあるみたいね。単純にダメージを与えてくるものも多いけど、それ以上に面倒なのが構造の変化かしら。引っかかると退路が塞がったり、もしくは進行ルートが変化したりと面倒そうだわ」
「定期的な発生だけじゃなくて、トラップでも起こるのか」
やはり、この構造の変化が最大の問題だろう。
マッピングしていても変化してしまうため意味がなく、退路を塞がれるせいでスクロールでもなければ帰還することも難しい。
戻ってくるのも面倒であるし、できれば一度の挑戦でデルシェーラを討ち取ってしまいたいところだ。
まあ、口で言うのは簡単だが、相応に苦労することになるだろう。
「とりあえず……俺たちが入るまでに多少は調査が進むといいな」
「明日か明後日ぐらいですかね? 城まで辿り着けるかも微妙そうですけど」
「当のデルシェーラに会えるのはいつになるやら」
全く面倒な趣向を用意してくれたものだ。
しかし、奴はブロンディーの策略によって手痛いダメージを受けている筈。
聖火によって焼かれた苦痛は、奴に確かな憎悪を抱かせていることだろう。
その向き先があのクソビッチだけならいいのだが、恨まれていると分かったら奴が顔を出す筈もない。
結果として、その殺意は挑んでくるプレイヤー全体に及ぶことだろう。
つまり――
(遊びなど期待できない。奴は俺たちを全滅させるつもりだ)
ディーンクラッドの時のような、様子見や手加減などあり得ないだろう。
奴が抱いていたような、人間に対する期待などを持っているのかどうかは知らないが、それを上回る憎悪を抱かれていても不思議ではない。
というか、あのクソビッチが最後の最後まで煽っていたので、恨まれていて当然だろう。
その上で、デルシェーラはどのような攻撃を仕掛けてくるのか。
奴らの性質上、攻略が絶対に不可能な状況にはしないだろう。一定のルールに則った上で、最大限に難易度を上げてきていると予想できる。
「……暢気なツラをしていられるのも今のうちぐらいか」
もしも退路を塞がれるのが昨日の戦いの意趣返しであるならば――そこまで考え、軽く頭を振る。
どうしたところで、こちらは準備をして挑む他に道はない。
後行うべきは、エレノアに発注した靴の確認と、成長武器の強化だろう。
デルシェーラとの戦いでは、確実に強制解放を使用することになる。
今のうちに、できるところまでの強化をしておくべきだ。
「とりあえず、一旦この場からは離れるぞ。プレイヤーが多いから魔物の数も少ないしな」
「様子見で入ったりもしないんですか?」
「負けると分かっている戦いに挑むほど無謀じゃない。それが布石にもならんものなら余計にな」
恐らく、あの氷の城塞は、奥に進めば進むほど地獄の様相を見せてくることだろう。
その過酷さは、恐らく昨日の戦いにも匹敵するものとなる筈だ。
今回は戦争としての戦いではないが、それとは別方面の苦難を乗り越える必要がある。
そのためにも、万全の態勢で挑むこととしよう。