606:侵入の準備
昨日の戦いであるが、ゲームに参加している久遠神通流の剣士たち、即ち《我剣神通》の面々は、ほぼほぼ大半が最後まで生き残ることができた。
だが、途中で落とされたり、デルシェーラの攻撃に巻き込まれてしまった者もいる。
そういった連中は鍛え直しと言うことで、師範代たちに徹底的にしごかれている状況だ。
本日の稽古担当は蓮司と厳太であるため、あの二人はログインしていない。
逆に言うと――
「お疲れ様です、お兄様」
「よう、師範! 今日は何するつもりなんだ?」
「……今日は買い物だよ。ぞろぞろと付いてくるんじゃない。ほら、散れ散れ、自分たちでレベルを上げに行ってこい!」
ついに最前線にまで到達したこいつらは、俺たちに付いてくることも可能になったわけだ。
いや、正確に言えば追い付いてきたのはレベルだけで、他の部分はまだまだであるのだが。
俺たちのように機動力の高い騎獣を持っているわけではないし、急いでレベルを上げてきたためかスキルレベルがあまり伴っていない。
戦うことはできるが、最前線で活躍するには少し物足りない、そんなステータスだ。
だからこそ、俺たちに無理についてくるのではなく、自分たちでもっと成長して貰いたいのである。
(まぁ、勝手にしろと言った手前、付いてくるのを咎めるのもできんが)
どうせ、そのうち効率の悪さに気が付くことだろう。
そもそも、こいつらでは騎獣に乗って移動する俺たちに追いつくことはできないのだから。
と、それはともかくとして、今日はエレノアのところで買い物をするつもりだ。
デルシェーラと戦うワールドクエストは本日から開始されているが、流石に今日から戦うつもりはない。
しっかりと準備を整え、ある程度レベルも上げつつ、それでいて余裕をもって挑みたいところだ。
「装備を整えることは重要ですね。武器の新調ですか?」
「いや、武器についてはそこまで必要ってわけじゃない。ほとんどは成長武器で片付いているからな」
まあ、その成長武器のレベルアップも行いたいのだが。
今回の相手は公爵級だ。事前にできることがあるならば、可能な限りこなしておきたい。
後は防具だが、公爵級が相手となると、ほぼほぼ焼け石に水であると言える。
パルジファルですら落とされるような魔法を相手に、防御を固めていない俺たちでは耐えられるはずもないのだ。
とはいえ、防御力を上げて損があるわけでもないし、余波で死なないようにするのは有効だろう。
しかし、一番の問題はそこではない。
「気にしているのは足回りだ。今回は氷だらけだって話だからな」
「あー、踏ん張れねぇのはきついわな」
「私が溶かしながら進むのも効率悪いですしね」
「壁の話を聞くに、どうせ溶かしてもすぐ元に戻るだろうからな」
一応、魔法破壊系のスキルで氷に傷をつけられることは分かっている。
そのため、緋真であればスキル次第で氷を溶かすことも可能だろう。
とはいえ、すぐに元に戻されるため効果は薄いだろうが。
「普通の状態じゃ足が滑る。とはいえ、スパイクじゃ足運びに支障が出る。何とかならんもんかね」
「確かに、それは厳しいですね……ということは、その解決策の相談がメインですか」
「まあな。俺たちにとっては、そこが一番の死活問題だろうよ」
装備の強化はもちろんある。だが、俺たちにとっては普段通りの足運びができないことの方が問題だ。
歩法を扱うにも支障が出るだろうし、合戦礼法までも使った戦闘の中では、一瞬の乱れが命取りになる可能性は十分にある。
できる限り、普段通りの戦い方を維持したいのだ。
「私と戦刃に同行を許可したのは、そういう理由ですか」
「お前たちもどうせ挑むんだろう? なら、聞いておいて損はあるまい」
「そりゃありがてぇ話だ! ま、要望を叶えてくれる道具があるかどうかは分からねぇけどよ」
「期待しておくさ。エレノアのところはいつも想像を超える道具を作ってくれる」
まあ、彼女自身は経営と人材運用に優れており、彼女当人が何かを作っているわけではないのだが。
とはいえ、エレノアが運用する社員の能力、その活用まで含めて彼女の実力であると言っても過言ではないだろう。
今回も、あれこれと面白いものを作り出してくれるはずだ。
そんな期待と共に『エレノア商会』を訪れた俺たちは――まず真っ先に、ほぼほぼ無理矢理フィノの仕事場まで通されたのだった。
「と、いうわけで。私の成長武器が強制解放を使えるようになりました」
「おお……それは、まぁ、おめでたいが」
「まさかフィノ、それでもう龍王の爪を使うつもりなの?」
俺たちが保有している、赤龍王と銀龍王の爪。あれらは、間違いなくこのゲームにおける最上級の素材だろう。
それを加工できるものがあるとするならば、フィノの成長武器、その強制解放以外には在り得まい。
しかしながら、強制解放は多大なデメリット、即ち武器レベルの低下を招く能力だ。そうホイホイと使えるようなものではないだろう。
そんな忠告交じりの緋真の言葉に、フィノは首を横に振った。
「ううん、それは流石に。失敗できないものだから、もっと扱い慣れてからやりたいと思う。ただ……どんなものを造るのかは、今のうちに考えておきたい」
「ふむ。どんなものを造るか、とは?」
「あの爪、かなり大きいから。何本か武器が作れると思う」
言われてみれば、俺の身長ぐらいはありそうな巨大な爪から、一つしか武器を作れないというのは考えづらい。
小さいものを含めれば、そこそこの数の装備が作成可能なのではないだろうか。
であれば、一度確認してみるのも悪くはないだろう。そう考えつつ、俺はインベントリから赤龍王の爪を取り出した。
「おおっ!? すげぇな、これで刀を作ろうってのかよ、師範!」
「ああ、もう一つあるがな。で、どうだフィノ。いくつぐらい造れそうなんだ?」
「んー……姫ちゃんの野太刀と小太刀を除くと、大きいのが一つで小さいのが二つぐらい。あとは端材が出るかな」
「逆に、このでかさでも五本なのか」
「増やそうと思えば増やせるけど、性能を限界まで活かすならその数が限度かなぁ」
それがフィノの見立てであるならばその通りなのだろう。
変に性能を落として数を増やすよりは、最高の性能のものを造って貰いたいものだ。
しかし、それだけの数を造るとなると、長い期間の仕事となることだろう。
強制解放を使うといちいち成長武器のレベルが下がってしまうため、連続して武器を造ることは不可能だ。
「分かった。なら……あとは野太刀を一振り、小太刀を二振りだな。そして銀龍王の方は野太刀を一振りと薙刀を一振り。そして小太刀を二振り頼む。後は端材で篭手でも作りたいところだな」
「おおう、大仕事だね。それってその人たちの分?」
言いつつ、フィノが示したのは戦刃とユキだ。
唐突に視線を向けられ、二人は目を丸くしてこちらを見つめてくる。
自分たちの武器になるとは、全く考えていなかったのだろう。
まあ、正確なところを言えば、こいつらの武器というわけではないのだが。
「使うのはこいつらだが、久遠神通流の所有物だ。正確に言えば、師範代に対して俺が貸し出す武器ってところだな」
「ほー……気前いいね」
「自分たちで持ってるだけじゃ意味がない。武器は使ってやらんとな」
戦刃には赤龍王の野太刀、水蓮には両方の小太刀、巌には端材から作った篭手、そしてユキには銀龍王の薙刀。
これらがあれば、こいつらの能力も大いに増すことになるだろう。
尤も、今はまだそれを振るうに足る実力には届かないだろうが。
「お、お兄様……よろしいのですか?」
「構わん、死蔵したところで戦力が上がるわけじゃないんだ。お前たちが使った方が有用だろうさ」
こいつらもいずれ成長武器を手に入れることがあるかもしれないが、その時はその時だ。
龍王の爪による武器ならば、それらの性能にも決して劣ることはないだろう。
「了解だけど、それだけの数だと色々準備が必要だから、まだまだ作るのは先ね。繋ぎになるような素材も欲しいしー」
「具体的には?」
「先生さんのドラゴンの素材とかかなぁ。進化してからの素材ならもっといいけど」
シリウスの進化はまだ先だ。
流石に、すぐにそれを準備するということも難しいだろう。
「でも、強制解放の練習にその素材は使いたいから、余ってるのがあったら買い取るよー」
「ああ、それは構わんがな。成長武器のレベルアップの代金代わりに渡そう」
「ん、素材はチェックしてあるから、会長に回しとくねー。経験値は溜めといてね」
「どっちにしろエレノアには用事があったんでな。こちらから話しておくさ」
昨日の戦いで成長武器を使ったため、まだ経験値は最大値になっていない。
今日の内に最大値まで上げて、武器の成長を終わらせておくべきだろう。
そしてさらに経験値を貯めて、デルシェーラの戦いで十分に活用できるように準備を進めておく。
例の件を含め、エレノアに相談することとしよう。