600:残響
突き出した《命衝閃》は確実にエリザリットの急所を貫き、そのHPバーを粉砕する。
だが、それは四本あるバーの内の二本目。まだまだ、エリザリットの命脈を断ち斬るには足りないものだ。
HPを散らしながら後方へと吹き飛んだエリザリットは、しかしその肉体を修復しながらこちらへと殺意の視線を向けてくる。
どうやら、高々命の半分を削り取られた程度では、奴の戦意と憎悪は小揺るぎもしないようだ。
「Lahhhhh――――――ッ!」
翼を広げ、エリザリットは歌う。
その声は魔力を帯び、周囲へと波紋のように広がった。
否――実際に魔力の波紋となって、俺たちの方へと押し寄せてきたのだ。
迫ってきたのは音の壁。物理的な衝撃を伴うそれに、俺たちは成す術無く弾かれ後方へと押しやられる。
(ッ……不可視の攻撃、しかも面での一撃か!)
魔力を伴っていたため、魔法としての性質を持つ攻撃には違いないだろう。
しかし、その攻撃は目に見えず、しかも壁を押し付けてくるかの如く面で迫ってくる。
これを回避することは不可能だし、タイミングも掴みづらいため《蒐魂剣》での対処も困難だ。
不幸中の幸いは、攻撃力自体は大したものではなかったことか。
この攻撃に当たっても、ダメージそのものは大したものではないようだ。
HPは多少削られてはいるものの、エリザリットの放つ他の攻撃に比べれば大したものではない。
後方へと押しのけられ、着地と共にそこまで考察しつつ、俺は白影を解除して巌へと話しかけた。
「巌、さっきのスキルは何だ」
「《地仙術》といいます。魔法の一種です」
「魔法? にしては魔力を感じないが」
「ええ、魔力は使っておりませんので――《地精吸法》」
巌が耳慣れないスキルを発動すると同時、弱まっていた金色のオーラが復活した。
見た感じ、足からせり上がるように全身を包み込んだような印象だったが――
「仙術は肉体を直接使う戦闘に適した魔法系統。しかし、その源となる仙気は魔力と反発するのです」
「だから魔法を殴り飛ばせたってわけか」
「ええ。故、師範の使っている《蒐魂剣》の如く、消滅させることはできませぬ」
魔力を使っていないのに魔法と言っていいのかはよく分からんが、とりあえず性質は理解した。
どうやら、巌は魔法使いに対しての対応能力に優れた成長をしたらしい。
久遠神通流の理念としては、相手の防御をいかに掻い潜るかを常に考えていた。
そういう意味では、巌の選択は実に俺たちらしく、かつ柔軟なものであると言えるだろう。
この世界における防御とは、即ち魔力を使ったものである場合が多いのだから。
「分かった。お前はお前で好きに動くといい。頼りにしてるぞ」
「……承知」
僅かに高揚を滲ませた声で、巌は頷きながら構えを取る。
それを横目に、俺は振り向き様に《蒐魂剣》を振り抜いた。
瞬間、こちらに襲い掛かろうとしていた逆巻く水流が、真っ二つに斬り裂かれて消滅する。
全く、油断も隙も無い奴だ。
「さて、音が戻ったのはいいが……また随分なことをしてくれる」
俺たちを後方へと押しやったエリザリットは、その翼で宙へと浮かび上がりながら大量の魔法を顕現させ始めた。
どうやら、今度は俺たちを近付かせず一方的に攻撃するつもりであるらしい。
魔法使いとしては全くもって正しい選択であると言わざるを得ないが、挑むこちらからすれば堪ったものではない話だ。
深く溜め息を零し――俺は、切り札を切ることを決断した。
「悪いな、アルトリウス……防御に割いている余裕は無くなった。来い!」
俺の声が響き渡ると同時、上空で駆けまわっていた気配がこちらへと飛来する。
そして後方では、巨大な闘気が噴出するかの如く、猛々しい咆哮が響き渡った。
直後、俺の元へと、テイムモンスターたちが翼を羽ばたかせながらはせ参じる。
真っ先に飛び込んできたセイランの手綱を握り、俺は即座に上空へと駆け上がった。
当然、俺のことを注視しているエリザリットはこちらへと意識を向け、魔法の攻撃が集中し始める。
「お父様、私が!」
「ああ、任せたぞ!」
宙を舞って躍り出たルミナが、無数の光弾を発生させる。
弧を描くように射出されたそれらは、俺たちへと迫りくるエリザリットの魔法をまとめて撃ち落とした。
こちらに命中するであろうものだけを的確に撃ち落とすその腕は、この戦いの中でどんどんと研ぎ澄まされてきた技術であるようだ。
しかし、攻撃はそれだけに限らない。空を飛ぶ悪魔や魔物が、こちらを捉え迫ってきているのだ。
「制空権は拮抗……いや、やや不利か。面倒な」
どうやら少しずつではあるものの、制空権を奪われつつあるらしい。
防壁の頭上まで押し込まれれば、いよいよ戦線の崩壊は目前か。
まあどちらにせよ、エリザリットを放置していれば防壁などあっという間に抜かれてしまうため、あまり変わらないのだが。
しかし何にせよ、こいつらの対処をしないことには始まらない。
「シリウス! 雑魚を近寄らせるな!」
「ガアアッ!」
目立つシリウスは雑魚共の迎撃に回らせる。
空中でも強力な力を持つシリウスは、悪魔の群れに集られたとしても十分対処可能だ。
流石に制空権を取り戻すほどの働きはできないだろうが、俺たちが動き回れる程度の余裕は確保できる。
鋼鉄の翼を力強く羽ばたかせたシリウスは、威勢のいい咆哮と共に迫ってきた悪魔をその鋭い爪で引き裂いた。
飛んでいるシリウスを撃ち落とすことなどできるはずもない。近寄ってくれば、そのままシリウスの餌食となるだけだ。
(相手の攻撃への対処はルミナ、他の邪魔者の対処はシリウス。だが、こちらから近づくのはまた別問題か)
こちらを狙う攻撃に対処ができたとしても、こちらの攻撃が届くわけではない。
俺の目的はあくまでもエリザリットを仕留めること。
時間稼ぎをするだけでは、ただこちらが不利になるだけだ。
故に、必要なのは――
「突破して地面に叩き落す。気合を入れろ、セイラン」
「クェエッ!」
飛んでいる限り、エリザリットを仕留めることはできない。
例え俺一人が奴に肉薄できたとしても、その体力を一撃で削り切ることは不可能なのだ。
故に、今もエリザリットの魔法に対処しながら手ぐすねを引いて待っている地上の連中へと、このクソガキを送り届けてやらねばならない。
自分が有利だと思っているであろうこの戦場、それをひっくり返す瞬間こそが最大のチャンスなのだから。
「ケェエエッ!」
セイランが《亡霊召喚》を発動、姿を現した亡霊の群れが、広がるように移動しながら各々エリザリットへと向かって行く。
大した戦闘能力はない亡霊だが、触れるだけで体力は削られるため、無視することも難しい存在だ。
エリザリットもこれを魔法で防いでいるが、その分だけこちらへの攻撃は疎かになる。
その瞬間に、セイランは強く翼で空を打ち、エリザリットへと向けて一気に加速した。
「ッ……Lahhhhh――――!」
「チッ!」
しかし、それに対してエリザリットは再び歌声を発した。
周囲全体へと広がる衝撃波は、俺たちをまとめて後方へと押しのける。
やはり、これに対処することは難しい。だが、ダメージは即座に回復できる程度のものであるし、無視して再び近づけばよい話だ。
尤も、この距離を離された瞬間に、また多数の魔法を準備されてしまったわけだが。
「――我が戦列よ!」
展開された無数の魔法がこちらへと迫り、それをルミナが迎撃する。
しかし一人では撃ち落とし切れないと判断したか、ルミナは即座に《精霊召喚》を展開した。
俺たちに向かう魔法に対処するだけでルミナのリソース全てを割かなければならないのだ。
辛うじて迎撃しきれるだけマシと考えるべきなのか――何にせよ、これを潜り抜け、かつあの衝撃波に対処しなければエリザリットに近付けない。
(クソ、一人で何とかする規模じゃないぞこれは)
しかし、他に飛べる戦力に助力を求めることもできない。
奴に近づくことができるものなど、他にはラミティーズぐらいなものだろう。
大きく旋回しながら奴の魔法を減らし、再び接近する隙を探り――その瞬間、地上から銃声が響き渡った。
「あん? 何をやってるんだあいつは」
銃声が響いているのは先ほどの前線。つまり、それを使っているのはアンヘルだ。
両手にハンドガンを手にした彼女は、有効射程の外にいるであろうエリザリットへと向けて弾丸を放っていたのだ。
あの距離で銃弾が効かないことなど、アンヘルも十分理解している筈なのに――
「……おいおい」
――その意図を理解して、俺は思わず苦笑を零した。
一定のリズムを周期的に刻むその銃声の意味を理解して、再びセイランへと移動を命ずる。
恐らく、チャンスは少ない。それを確実にものにするために、全力を尽くすこととしよう。