594:後半戦へ
軍曹の援護もあってエリザリットの攻撃から逃れることができた俺たちは、そのまま第二防衛ラインである防壁の内部まで後退した。
そんな俺たちを出迎えたのは、先に戻ってきていたらしい水蓮とユキだ。
いつの間にこの作戦に参加していたのかは分からないが、援軍としては助かったわけだし、感謝しておくとしよう。
「色々と聞きたいことはあるが、のんびりと話をしている暇もないな。とりあえず、戦刃と巌はどうした?」
「あの二人は既に戦闘待機です。他の門下生たちもほぼ全員がその状態ですね」
「まあ、それはそれで構わんがな……今回は仕事もあるだろうし」
遮蔽物の少ない街の外と異なり、この第二防衛ラインでの戦闘は、悪魔側も隠れられる場所が多い。
都市の構造上仕方のない話であるのだが、あまり射撃戦は有効ではないのだ。
結果として、壁に張り付いてきた敵への対処を行うような戦闘となる可能性が高い。
だが、一部例外的に、外で敵と戦う戦力も投入することになるだろう。
正直に言ってしまえば俺たちのような戦力である。
「『キャメロット』のアルトリウス殿からすでに話は聞いていますが、ざっくりと言えば敵の指揮官が出てくるまで粘り、反撃して討ち取る作戦とのことですね」
「相手が悪魔でもなければ成立しないような話だがな。とりあえずの目標はそこだろう」
尤も、それは防衛が成功することを前提とした作戦であるが。
元より、アルトリウスもこの防衛が成功するとは考えていない。
ファムの仕込みまで含めても、防衛に成功する可能性は著しく低いだろう。
その上で、上位の爵位悪魔を罠に嵌めて撃破する――それこそが、今回の作戦における真の目的だ。
そんな作戦の内容は、周囲には一切通達されていないため、知っているのは『キャメロット』の上位の幹部に並ぶレベルの一部プレイヤーのみであろうが。
「……師範、この作戦ですが」
「気づいても黙っておけよ。そういうもんだ」
尤も、水蓮のように頭の回転の速い奴は気づいていてもおかしくはない。
根本的なところを言えば、このような迎撃などは行わず、さっさと撤退して態勢を整えた方が安牌だったからだ。
無謀な迎撃作戦に出た時点で、違和感を覚えた奴も多少はいることだろう。
とはいえ、事ここに至っては、作戦を遂行する以外に道はない。
既に包囲が進んでおり、撤退も不可能だ。大将首を挙げるか、それとも敵戦力に磨り潰されるか、二つに一つだろう。
「さて、俺も戦闘待機に向かうが……お前たちはどうする?」
「無論、近くで戦わせていただきます」
「お兄様の戦いを近くで見られるならば、門下生たちにもいい教材となりますからね」
直接教えるわけではないし、見て盗むなら自由にすればいい。
むしろ、見ただけで盗めるならば将来有望だ。ぜひ頑張って貰いたいところである。
まあ、見ている余裕があるのかどうかは分からんが。
そんなことを話しながら外壁へと向かい――話を切り出したのは、じっと二人の姿を眺めていた緋真であった。
「そういえば、お二人は真化の種族を何にしたんですか? 水蓮さんは羅刹族っぽく見えますけど」
「ああ、こちらは夜叉族……簡単に言うと、羅刹族の魔人族版のような感じですね。基本的な能力、性能はあまり変わりません」
「ほう、そんなのもあったのか」
魔人族からしか発生しない種族もそれなりに多いようだが、この場合は単純にステータスが少し高い程度だろう。
どの程度のデメリットがあるのかは分からないが、種族スキルは似たような性質のようだ。
一方でだが、ユキの方は随分と印象が変わっている。
肌が以前よりも白くなり、髪の色も灰色に近いものに変化していたのだ。
俺の視線を受け、ユキは少し恥ずかしそうに笑みを浮かべながら声を上げる。
「私の種族は半精人というそうです。精霊と人間の合いの子というイメージだそうで」
「ふむ……ルミナ、どうなんだ?」
「はい、私達に近い存在に変わっています。森人族……いえ、森精族にも似ていますが、更に私たち寄り、しかも特定の属性に特化した存在かと」
森精族というのは森人族の真化種族だそうだが、あれは順当に強化されるタイプの真化であるらしい。
対して、こちらは明らかに何かしらに特化するような形の真化に見えるが、果たしてどの辺りがユキの琴線に触れたのか。
緋真が若干警戒したような視線を向けている辺り、裏で何かあったのかもしれないが、その辺りを追求するのは止めておくとしよう。
「戦刃と巌は何にしたんだ?」
「戦刃さんはお兄様と同じく羅刹族、巌さんは仙人?だったかと」
「地仙人ですね。なんでも、格闘家には相性のいい種族だとか」
「仙人ってのは種族なのか……?」
まあ、こちらでは剃髪にしてすっかり修行僧というか山伏のような姿になっているため、あまり違和感はないが。
ともあれ、全員が熟考して己の種族を選んだことは確かなようであるし、それならばこちらから言うことは特にない。
こちらに追いつくことを意識するあまり、適当に選んでしまったのなら問題だが、流石に取り返しのつかない要素をなあなあで済ませることはなかったようだ。
その成長は後で戦場で確認することとして、俺は外壁に増設された階段から上へと登る。
遠景に見えるのは金色に燃える外側の外壁――だが、その火は徐々に弱まってきているようだ。
「いつまでも燃え続けてくれるなら楽だったんだがな」
「流石にそれは厳しいわぁ。聖女様が干からびちゃうものねぇ」
「……クソビッチ、お前あの聖女を巻き込んだのか」
しみじみと呟いた言葉に答えたのは、ようやく顔を見せたファムであった。
流石に聞き捨てならない言葉に半眼を向ければ、悪魔よりも悪辣なこの女は、ニヤニヤとした笑みのままに続ける。
「あの炎、聖火を燃やすための油。あれを作るのに、最も効率が良かったのが聖女様のお祈りだったのよねぇ。愛しのアルトリウス様のため、頑張ってくれたわぁ……今はちょっと疲労で寝込んでるけど」
「はぁ……まあ、有用なことは事実だからな。アルトリウスに埋め合わせをして貰うか」
アルトリウスのために頑張ったのだから、アルトリウスからの報酬があって然るべきだろう。
その辺は後で個人的に伝えておくこととして、今は後の方針をファムに尋ねる。
「状況推移は?」
「マイナスポイントひとつ、でも想定内」
「了解」
つまり、あの聖火の壁をエリザリットによって破壊されたことがマイナスポイント。
ただし、その状況になることは当初の想定内であるということだ。
まあ、想定を超える事態となっていないのであれば問題は無いだろう。
「それで、どう進める?」
「ひとまずは予定通りで。子守りは貴方にお任せねぇ」
「ガキは苦手なんだよ」
当初の予定通り、エリザリットの相手は俺に一任。
ただし、戦闘的には味方からの援護を得られる場所で行うこと。
最悪、余波で外壁が破壊されることまで考慮に入れる――《化身解放》でどのような能力を発現するか分からない以上、そこは許容範囲内とする。
最悪はここでエリザリットを仕留め切れないこと。ここまで引きずり込んでおいてそれを成せないとなると、ここまでの散財が全て無意味になってしまう。
だが、当のエリザリットは、ここまで突撃してくるかと思いきや、意外と立ち止まっているらしい。
(考えなしのクソガキかと思っていたが、他の連中と足並みを揃えるぐらいはしてくるか……面倒な)
ここでエリザリットだけが突出して向かってきていたならば、こちらとしても非常に都合のいい展開となっていたことだろう。
しかしながら、あれだけ大暴れしているにもかかわらず、奴は無策で突っ込んでくるような真似はしなかった。
デルシェーラの指示によるものか、或いは予想以上にエリザリットの思慮が深かっただけか――どちらにしろ、マイナスポイントが帳消しになるほどの下策は取ってこなかったわけだ。
「仕事はきっちりこなすから、そっちもミスるなよ?」
「ええ、それは勿論。それじゃ、第二段階の開始ねぇ」
その言葉とほぼタイミングを同じくして、外壁を覆っていた金の炎が弱まっていく。
先の言葉から考えるに、燃料が切れたということなのだろう。
上手いこと悪魔共を留めてくれていたものだが、それもそろそろ限界ということか。
可能であればあの炎で街を火の海にしてしまいたいところだが、流石にそこまでは燃料も無いのだろう。
(聖女には、後で謝罪しておくかね……いや、この女がやったことではあるが)
布団の中でアルトリウスの無事を祈っているであろうローゼミアの姿を想像し、苦笑を零す。
彼女の協力に報いるためにも、是が非でも作戦を成功させることとしよう。