586:緒戦
外壁の上には人が五人並んでギリギリ通れる程度のスペースは確保されていた。
元々これだけのスペースがあったのか、或いは増築によって確保したのか――まあ何にせよ、上で戦闘になった時でも何とかスペースに困ることは無さそうだ。
「今のところ、来そうにはないですね」
「しばらくはかかるだろうよ。その間にこっちも編成を進められるが――」
やはりというべきか、こちら側に集っているプレイヤーの数は少ない。
まあ、必要最低限は集まっているから防衛戦闘に問題はないのだが、やはり他と比べると防御が薄く見えるだろう。
尤も、それ自体が目的でもあるし、別段問題はないのだが。
「先生、それで……どういう風に戦えばいいんですか?」
「まず、相手の動きによる。北を抜くことが困難であると判断した悪魔たちは、まず東西に偵察を走らせて状況を確認するだろう。その結果に応じて、奴らは戦力を移動させると思われる」
もしも北をそのまま抜けると判断して粘るようであれば厄介だが、アルトリウスがそう易々と抜かせるようなことはないだろう。
それならそれで、相手の戦力を効率よく削ることができる。ならば、こちらとしても完全に不利というわけではない。
「その偵察は潰さなくていいの?」
「全てを潰すことは不可能だし、こちらに敵が流れてくること自体は問題ない。南側まで移動されると流石に困るがな」
だが、そちら側まで戦力を動かせば、当然敵軍の層も薄くなる。
それならば、こちらから打って出る選択肢も出てくることだろう。
それでも南側まで行かれると困るし、こちらからの攻勢は消耗も激しいため、その動きが見えたら何とか止めなければならないが。
「恐らく、悪魔はこの西側に戦力の多くを集中させるだろう。北側の防備は強力だが、設置兵器によるところが大きい。あれを他に移動させるのは難しいからな」
できなくはないが、手間がかかる。それよりは、敵が攻撃を仕掛けてくる方が早いだろう。
そうして、敵がこちら側に流れてきてからが本格的な戦闘開始だ。
どのように戦うかは――まあ、相手の出方によるだろう。
「とりあえず、他の場所のことは考えなくてもいい。そっちはアルトリウスの仕事だからな。俺たちは、悪魔にここを抜かせないことを意識する」
「具体的にはどうするんですか?」
「第一に防空。『キャメロット』を始めとした飛行騎獣乗りが上空を飛び回っているだろう。頭上を取られないことは非常に重要だ」
見上げれば、ペガサスやグリフォン、一部はワイバーンといった飛行騎獣に跨るプレイヤーが旋回している。
頭上というものは人間にとって死角であり、そちらからの攻撃はどうしても対処が難しい。
そもそも現代の戦闘においては、制空権を取られるということは、いつ爆弾の雨が降ってきてもおかしくないということだ。
そこまで極端な話にはならないだろうが、頭上を取られたままでは落ち着いて地上の敵に対する対処などできるはずもない。
「だから、ルミナとセイランは上空で戦って貰う。俺たちの頭上を守って貰うわけだ……責任重大だぞ?」
「は、はい! お任せください!」
こいつらならば、侯爵級の悪魔でも飛んでこない限りは抑えてくれることだろう。
無論、数で押されては厄介であるため、そこには注意が必要であるが。
「シリウスも飛べますけど、上空はいいんですか?」
「シリウスはどちらでも優秀な戦力だからな……編成はその時に決める」
シリウスは確かに飛行可能であるし、十分な戦力として期待できるのだが、どちらかというと地上の方が強い。
どちらで運用するかは、その時の戦況によって決めることになるだろう。
とはいえ、大変目立つため最初は休んでいてもらうことにするが。
「で、地上戦については相手の出方によって対応を変える必要がある。恐らく最初は射撃戦、その後接近戦になるだろうが」
「北と同じような感じで?」
「射撃でこちらの防衛戦力を削ぎ落し、その上で接近して乗り込み、制圧を狙う――馬鹿正直に砦攻めをしてくるなら、こういうパターンだろうな」
他にも潜入やら兵器運用、様々な可能性はあるが、とりあえずは実際に相手の出方を見てみないことには分からない。
敵戦力はあれだけいるのだから、正攻法で来てもらいたいところである。
「とにかく、そういう正面からの戦いになる場合、まずはこちらの消耗を抑えることが重要だ」
「無理をせずに防御するってこと?」
「こちらに隙ができなければ、奴らも攻めて来づらい。その状態が長く続けば、雑な攻撃を行ってくる可能性だってある。そこに手痛い反撃を加えてやれれば御の字だな」
尤も、我慢をしなければならないのはこちらも同じだ。
相手の砲火に晒されながら、有効な攻撃は与えづらい状況。それは中々のストレスであるし、長く続けば精神を削られる。
先日の戦闘からして、奴らはこちらの高火力攻撃に対処する方法を持っている。
その場合、ストレスからのミスを誘発する可能性もあるし、油断は禁物だ。
(こちらに反撃する手段があるとすれば、やはりシリウスになるか)
シリウスの《魔剣化》は、奴らの防御を上から貫くことができる。
奇襲として使えば、奴らに損害と動揺を与えることができるだろう。
軍曹がシリウスをまだ出すなと言っていたのは、その点が大きい。
その一発をいかにして使うのかは――軍曹に任せた方がいいだろうな。
「で、何が契機になるかは分からないが、いずれは奴らも接近戦を挑んでくるだろう。その場合は、とにかく敵を近寄らせないことが重要だ」
「魔法とかで撃ちまくると?」
「基本的にはそうだな。外壁に張り付かれて登られるまではそれでいいだろう。奴らもしっかりと防御する余裕は無くなるだろうし、ここが一番相手にダメージを与えられるタイミングだ」
集団での防御を行う場合、どうしても足を止める必要があるようだった。
つまり、接近戦を行おうとする段階では、あのスキルを利用することはできなくなる。
そのタイミングこそが、こちらにとっては最大のチャンスとなることだろう。
尤も、そこを抜かれれば途端にピンチになってしまうわけだが。
「そして、外壁と門に張り付かれた段階。ここまで来ると接近戦だが、ほぼ負け戦だな。時間稼ぎはできるが、個々の対処に手を取られることになる」
悪魔共は何らかの手段で壁を登るなり、門を破ろうとするなりしてくることだろう。
壁から叩き落としている段階ならまだいいが、登られて接近戦になった時点で防衛戦としては敗北だ。
互いに戦力を磨り潰すことになるが、数で劣るこちらが押し切られることになるだろう。
「そこまで行く前にこの外壁を放棄して撤退、第二防衛ラインでの戦闘に移る、ってところか」
「ああ、あっち側の、内部の壁の方ですか」
恐らくは領主だか執政官だかの館を擁する、いわゆる貴族街とでも呼ぶべきエリアを隔てる壁。
元々ここは戦闘都市ではないため、犯罪者の侵入を防ぐ程度のものでしかなく、とてもではないが戦争に使えるような代物ではない。
だが、例によって『エレノア商会』によって補強工事が行われており、尚且つ現在進行形で軍備が強化されている。
恐らく、ファムの仕掛けている罠の大部分があの内部にあるのだろう。
第二というが、あれが最終防衛ラインであり、あれを破られることこそが作戦の最終段階への合図となる。
あの内部まで悪魔を引き入れ、罠を発動する――それこそが、今回の戦いにおける真の目的となるのだ。
「つまり、敵が壁まで到達しちゃったら、もう撤退ってことですかね?」
「撤退のタイミングは軍曹が出す。それまで、俺たちは粘ればいいだけだ」
どうせ、撤退の時は俺が殿にされるだろうから、最後まで残ることに変わりはないのだが。
まあ、それはそれで構わない。精々、奴らが次の防衛ラインに至るまで引っ掻き回してやることとしよう。