585:西側の防衛
街の側面側、西側の防衛であるのだが、こちら側に来たことには理由がある。それは、こっちの方が人間側の領地に近いことだ。
『キャメロット』が情報を流していることもあり、今この地には大量のプレイヤーが流入してきている。
イベントでなかったとしても、最前線の戦場は上位のプレイヤーにとっての稼ぎ場所だ。
悪魔による拠点への攻撃はある程度定期的に行われており、それらを迎撃することを目標とするプレイヤーはそれなりにいるのである。
そんな連中は、アルトリウスにとっても重要な戦力だ。故にこそ、その流入を妨げることはあってはならない。
(烏合の衆なんぞ纏め上げるのに苦労するだけだと思っていたが……日頃の襲撃を訓練代わりに利用したのか)
俺は外を巡って歩き回っていたから直接目にはしていないが、どうやら防衛戦の作法を情報として流し、悪魔の襲撃を訓練として使っていたらしいのだ。
例によってアルトリウスの考えた方法であるのだが、どうやら一定の成果を上げているらしい。
アルトリウスとしては情報を流しただけであるため、効果があればラッキーという程度の話だったようだが、存外に上手くいったようだ。
他にもあれこれと試しているようだが、全てが成功したというわけではない。
だが、一部でも効果があったのであれば、それは大きなリターンとなるということだろう。
「ともあれ……『キャメロット』以外のプレイヤーも、そこそこ戦力としてあてにできるようにはなった。そういう連中がこっちに来るのを邪魔されるのは困る」
「つまり、悪魔に包囲されるのを邪魔するってことですよね?」
「そういうこったな。連中の総数を把握しきれていないから、完全包囲が可能な戦力があるのかどうかは分からん。だが、仮にそこまでされてしまった場合、こちらは増援を招くことが困難になってしまう」
現状見えている範囲では、半包囲ぐらいは可能だろう。それだけでもかなり厄介なのだが、全包囲されてしまうと最早手の打ちようがない。
元から落とされることが前提になっているとはいえ、あっという間に落とされてしまったのでは意味がないのだ。
精々奴らを引き付けて、爵位悪魔を前線まで引きずり出さなければならないのである。
そのためにも、奴らによる包囲は防がなければならない。
「でも、最初から終わりが見えない戦闘っていうのも嫌ですね……」
「戦争ってのはそういうもんだ」
軽く溜め息を吐き出しつつ、外壁の様子を確認する。
予想は出来ていたが、やはり北ほどの防備はない。というか、最低限高さだけは揃えられているのだが、防衛兵器の類があまり見当たらないのである。
全くないとまでは言わないが、北と比較すると明らかに数が少ない。
そこまでは準備が間に合わなかったということだろう。
(最低限、補強だけでも済ませてある辺りとんでもないがな)
時間を稼いだとはいえ、ゲーム内の時間でも二日程度のものでしかないだろう。
その間にここまでの補強を済ませているのだから、エレノアも苦心したに違いあるまい。
おかげで、成す術無く突破されるという事態だけは避けられそうだ。
「それで、どう戦うの? いつも通り突撃?」
「奴らがこちらを無視して迂回するつもりならな。だが、恐らくはこちら側の門を狙ってくるだろう。そうなった場合は……相手の出方によるな」
一瞬いつも通りの対応をしようかと考えたが、すぐにそれを却下する。
先の動きからしても、悪魔の行動はこれまでとは明らかに違う。
下手に突撃した場合、それに対する対策を取ってくる可能性も否めないのだ。
迂回されそうになった場合は流石に出ざるを得ないのだが、攻めてきた場合は相手の動きに応じた対策を取る必要がある。
「とりあえずは、相手の出方を確認する。恐らく、最初は消極的な様子見の戦いになるぞ」
「どうしてですか?」
「お互いに、無策に突撃したら損害を被るって分かってるからだよ」
今回の敵は馬鹿じゃない。安易な行動は取ってこないと想定した方が良いだろう。
その場合に緒戦として考えられるのは、互いに消極的な射撃戦だ。
互いに手札を隠した状態で攻撃し合い、様子を確かめること。
その手応えによって、奴らはこちらに対する対応を変えてくることだろう。
「まずはこちらの弱点を探ってくるだろうな。時間を稼いだお陰で、北側はかなり防備が充実している。だが――」
「……それ以外はそうでもないから、北が破れないと判断したらこっちに流れてくる?」
「逆に言えば、そう判断するまでは奴らも無駄な損害を出すような戦いはしない。本格的な戦闘になるのはそれからだ」
「つまり、アルトリウスさんが私たちをこっちに回したのって、包囲を警戒するっていうより――」
「こっちの方が遥かに激戦になるからだな」
まあ、だからと言って北側で手を抜けばそこを強引に抜かれるだろうし、東西を重要視して北の戦力を削るというわけにもいかない。
結局のところ、どこが抜かれても終わり……というか真の作戦が始まってしまうため、全力で防衛する他に道はないのだ。
「俺たちがこっちに回ったことで、恐らくアルトリウスは東側の層を厚くしたはずだ。南側は流入してくる戦力があるから完全包囲はされづらい。つまり、悪魔が最初に攻勢を仕掛けてくるのは、この西側である可能性が高い」
「うわぁ……私たちを矢面に立たせるつもりですか」
「――適任だろう? 一番楽しい場所だ」
と――耳に覚えのある声に、視線を向ける。
そちらにいたのは、肩にスナイパーライフル型の武器を担いだ軍曹であった。
どうやら、こちら側の防衛は軍曹の仕事であるらしい。その姿に、俺は思わず半眼を向けた。
「よく言うもんだな。どうせ進言したのはアンタだろう」
「HAHAHA! お前だって適任だと思ってるだろうに!」
やたらと声量の大きい馬鹿笑いに嘆息を零しつつ、しかしその言葉を否定はしない。
敵戦力が集中する激戦区、それこそ望むところだ。
何しろ、俺たち以外の場所にそれが割り振られて抜かれたとなっては、後悔してもしきれないからだ。
そのような歯痒い思いをするぐらいであるならば、自ら火事場に身を置いた方がマシというものである。
「俺たちは囮であり本命、そういうことだろ?」
「層を薄く見せ、敵の戦力を集中させ、それでも抜かせない。互いに戦力を磨り潰す、楽しい楽しい消耗戦だな」
言葉とは裏腹の唾棄するような表情に、思わず苦笑を零す。
互いに最も辛い戦場がどこになるかと問われれば、間違いなくこの場になることだろう。
それによってどこまで相手の戦力を削り、勝つ時間を稼ぐことができるのか。
それは、俺たちの技量にかかっているということだろう。
「最初に言い出したのはファムか? それともアンタか?」
「いんや、隊長殿さ」
その言葉に、俺は思わず眼を見開き、言葉を失った。
アルトリウスが、そのような作戦を自ら口にし、実行したというのか。
それはつまり――
「……あいつも、覚悟を決めたってわけか」
「ブロンディーの奴が引き金を引いちまったのは癪だがなぁ。だが、ここに至っちゃ悪かねぇだろ」
「全くだ。事、ここに至ったならば――俺たちのような獣は、使い潰すのが道理だろうよ」
アルトリウスは、限界まで犠牲を伴わない戦いを望んでいた。
だが、それはもはや不可能だ。奴らは個としての力だけでなく、軍としての力でさえ、こちらを上回ろうとして来ている。
ならば、ここから先は戦争だ。そのような戦いに、一般人は極力巻き込みたくはない。
俺たちだけで対処するのも困難だろうが、可能な限り俺たちが矢面に立つべきだろう。
と――そんな言葉を交わしていた俺たちの耳に、遠く響く爆発音が届いた。
「始まったか」
「気が早いもんだな。シェラート、そっちも上に上がっとけ。だがデカブツはまだ出すなよ」
「分かってるさ。そっちも準備は急いでくれよ」
さて、軍曹がどんな戦力を引き連れてきたのかは分からないが、あのおっさんのことだから生半可なことはしていないだろう。
悪魔共がこちらに回ってくるまでには少し時間があるだろうが、とっとと持ち場についておくこととするか。
「えーと……先生? 私たちは――」
「とりあえず俺の傍で待機していろ。今までの戦いとはちょっとばかし雰囲気が異なるだろうから、覚悟しておけよ」
実感が無いらしい緋真とアリスを伴って、城壁の上へと登っていく。
本格的な戦闘は、まだ少し先だ。それまで、静かに牙を研ぐこととしよう。