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584:開戦前











 翌日、少し早めにログインした俺たちは、未だ戦闘音が響いていないことに安堵の吐息を零した。

 一応、事前に調べて足止めが成功したことは確認していたのだが、それでも己の目で確かめるまでは安心しきれなかったのだ。

 しかし、現状で戦闘が発生していないということは、『キャメロット』はかなり上手いこと戦場を制御してみせたらしい。

 詳しく聞いてみたいところではあるが――流石に、それほど時間の余裕は無いだろう。



「流石に接近してきているだろうからな……さっさと準備するぞ」

「あの、先生。他の皆さんはどうするんですか?」

「とりあえず放っておけ」



 緋真が気まずげな表情で進言してきたのは、他でもないうちの門下生たちの話である。

 大規模な戦闘が始まりそうだという話をしたら、喜び勇んで向かってこようとしているのだ。

 あいつらがレベルキャップの解放を行っていたところまでは知っているのだが、果たして全員の解放が完了したのだろうか。

 未だに真化の種族については謎が多く、プレイヤーの間でも考察されている要素であるのだが、奴らが果たして何になっているのかは気になるところだ。



「来るなら戦力にはなるだろうし、とりあえず仕事だけは考えておくか」

「白兵戦はともかく、遠距離戦はできるんですかね?」

「分からん。少なくとも戦刃は無理だろうがな」



 以前に説教したように、新たな形の久遠神通流を追い求めていくことは決して悪いことではない。

 その中で、スキルや魔法を組み合わせた技術を生み出すのであれば、それはそれで問題ないのだ。

 しかし、それが上手くいくかどうかはまた別の問題である。

 あいつらの制御には苦労することになるだろうが、その試行錯誤は少しだけ楽しみでもあった。

 とはいえ、今この場にいないのであれば考えても仕方がない。さっさと状況を確認することとしよう。

 そう考えながら北に向かった俺たちの目に飛び込んできたのは、五割増しで背が伸びた強固な外壁の姿であった。



「……建築には全く詳しくないんだが、増築であんなに上に伸ばせるのか?」

「いや、私も知らないですけど……何か幅も三倍ぐらいになってませんか?」

「建築系のスキルはさっぱり分からないわね」



 元々の姿を見ていると何とも異様な光景であるが、まあ頑丈になったのであれば悪いことではないだろう。

 外壁の高さは、それだけ攻め込まれづらいことを示している。

 悪魔共なら飛び越えられてしまいそうな高さでは、正直不安しか無かったし、この増築は間違ってはいないだろう。

 とはいえ、それで防ぎ切れるかと問われれば、それには疑問を抱かざるを得ないのだが。



「まあ、壁が高いに越したことはないが……時間を稼いでいる間に何がどうなったんだかな」



 何気なく街を歩いてきたが、あそこにもファムの仕掛けが無数に仕込まれているのだろう。

 普通に歩いていて発動してしまっては意味が無いため、その辺りはきちんと工夫されているのだろうが。

 ともあれ、俺たちや『キャメロット』が苦労した甲斐があったというのであれば幸いだ。

 後は、その力を存分に発揮して貰うこととしよう。



「でも、門は変わってないのよね。ちょっと貧弱じゃない?」

「そこは仕方ないわ。この短期間じゃ門の設計まではできなかったのだし。外側にはバリケードを築いてるわよ」

「エレノアか。そこまでするなら塞いでしまった方が良かったんじゃないのか?」

「少しぐらい弱い点を残しておかないと迂回されるでしょ、ってことらしいわね」



 こちらの姿を認めて声をかけてきたエレノアは、若干疲れた様子で溜息を零す。

 今の言葉は、恐らくファムのものだろう。ウィークポイントを残して敵を罠に嵌めるのは、あの女の得意とするところだ。

 エレノアの方もかなり忙しかった様子だが、果たして休憩は出来ているのか。

 普段は他人の前で疲れた様子を見せない彼女であるが、流石に今は動きに精彩を欠いているように見える。



「かなり働いたようだが、大丈夫か?」

「緊急事態だったからね。多少は無茶をするわよ。でも、私にしかできないことは片付けたし……私はちょっと休むわ」

「お疲れさんだな。了解した、ゆっくり休んでてくれ」

「果たしてゆっくり休めるかしらね……どうせだから、私の安眠も守ってほしいわ」



 緊急事態が起こったら叩き起こされることになるかもしれないし、エレノアの懸念は間違ってはいない。

 今回の戦いにおいて、想定通りに推移するなどという考えは希望的観測に過ぎる。何らかの不測の事態は必ず発生することになるだろう。

 残念ながら、そんなエレノアの懸念は否定することはできない。こちらにできるのは、最善を尽くすことだけだ。



「まあ、しばらくは持たせて見せるさ。後のことは勘兵衛に任せているんだろう?」

「そうね。彼に決済できないようなことは起こらないとは思うから……」

「なら、休める時に休んでおくことだ。不測の事態が起こったら、その時に考えればいい」

「楽観的すぎない?」

「現実的なんだよ。休める時には休んでおくのが鉄則だ。素早く十分な休息を取るためには、余計なことは考えないに限る」



 あれこれと頭を悩ませていては眠れなくなってしまう。

 その状態ではいい案など出るはずも無いのに、休息時間を無駄にしてしまってはそれこそ本末転倒だ。

 一刻も早く十分な休息を取り、頭を使うのはリフレッシュしてからの方が望ましい。

 こちらの意図は伝わったのか、エレノアは軽く笑みを浮かべつつ首肯する。



「……分かったわ。それじゃあ、後のことはお願いするわね」

「ああ。ゆっくり休んでてくれ」



 ログアウトしていくエレノアを見送り、改めて外壁を登る。

 門の前は広場となっているため、シリウスも本来の大きさで出しておけるが、その巨体のお陰で大変目立っている。

 まあ、俺が来たということが分かりやすいため、『キャメロット』も少し騒ぎ始めているようだ。

 そうして辿り着いた外壁の上――そこには既に、アルトリウスの姿があった。

 だが、こちらは疲れた様子は見えず、相変わらずはきはきとした声で周囲に指示を飛ばしていた。

 そして、外壁の外には――



「……こいつはまた」

「初めて見る光景ね、これは」



 フードを深く被り直しながら、アリスがそう呟く。

 その感想は、俺としても同意せざるを得ないものであった。

 何しろ、悪魔の軍勢は街の外に集合し、きちんと隊列を組んで静止していたのだ。

 これまでのように無秩序に攻めてくるのではなく、軍としての規律を守った行動。

 人間という獲物を目の前にしてまでそれを保つ悪魔の姿に、戦慄を禁じ得ない。



「あれって、何で攻めてこないんでしょうか?」

「軍の配置、編成が完了しきってないんだろう。どう攻めてくるのかは分からんが、雑な攻撃は期待できそうにないな」



 万全な準備を整えた上で攻撃してくる軍勢。悪魔がそのような行動を取るという事実そのものが恐ろしい話である。

 こうして遠目に見るだけでも、数万の数に達している軍勢だ。

 万全の防備を整えた要塞であるならばまだしも、急造の防衛設備では手も足も出ないだろう。

 この様子を見て確信する。やはり、この街で奴らを防ぎ切ることは不可能だろう。



(それは最初から分かっていることだからいいとして……ブロンディーの奴が何を仕掛けているのかが不安だな)



 その全貌を把握しているであろうエレノアはログアウトしてしまったし、ここは完全にあの女の庭となってしまっている。

 どこまで悪辣な仕掛けをされているのかは分からないが、それが効果を発揮するのは、悪魔がこちらの防衛を突破してからだ。

 それまでは、奴の罠のことなど忘れて奮戦するしかない。



「厄介なことだ……アルトリウス!」

「はい、お疲れ様です! 突然ですがクオンさんは、側面を回り込んでくるであろう敵への牽制をお願いします!」

「お、おう」



 どうやら、こちらと話をしている暇もないぐらいに忙しい状況であるようだ。まあ、目の前にあんな軍勢がいる状況では仕方のない話だが。

 とはいえ、アルトリウスの依頼は的確である。

 何しろ、しっかりとした防備を整えているのはこの北側だけ。側面に回られてしまうと、途端に防衛能力が落ちてしまうのだ。

 その辺りも何も考えていないということはないだろうが、それでも北より弱いことに変わりはない。



「俺たちは西側に向かう。こっちのことは頼んだぞ」

「はい、お願いします!」



 挨拶もそこそこに、俺たちはさっさと西側へ向かう。

 万全ではない防御でどこまで耐えることができるのか――不安要素はあるが、全力を尽くすこととしよう。











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