583:足止めの成果
刻印によるルミナの魔法を叩き込んだ後、俺たちはさっさと撤退することを選択した。
もたもたしていれば飛行する悪魔による追撃を受けかねなかったし、刻印を使ってしまった以上はこれ以上の攻撃も不可能だった。
いや、やろうと思えばできたかもしれないが、流石にそこまではリスクが高い行動はしたくない。
俺たちだけでの足止めはこの辺りが限界だろうと判断し、退避しているその道中。
地上にて、複数のプレイヤーが動き回っている姿を発見した。
「あれは、『キャメロット』のメンバーか」
「あっ、あそこにいるのってボーマンさんじゃないですか?」
言いつつ、緋真は地上へと指先を向ける。
遠目であるため確認はし辛いが、そちらには確かに地妖族の男性の姿があった。
ここからでは本人であると断定することはできないが、周囲のプレイヤーに指示を出している姿からも、その可能性は高いだろう。
しかし、どちらかといえば後方支援に属する彼がここにいるとは――
「何をしてるのかしらね、あの人たち。木を切り倒しているように見えるけど」
「この位置関係からすると……敵の誘導かもしれんな」
「誘導? 敵が移動するルートを変えるの?」
「変えるというよりは、想定外の方向に行かないようにするための方策だろう。わざわざ遠回りする可能性も少ないだろうが、更にそちらが塞がっていたら通ろうとも思わんだろうし」
ボーマンたちは、切り倒した木々を使って悪魔の動きを誘導しようとしているようだ。
あの大軍が相手では、並大抵の妨害では力ずくで排除されてしまうことだろう。
しかしながら、わざわざそんな労力をかけずとも通れる場所があるのであれば、そんな手間のかかる選択を取る理由も無い。
ボーマンがしているのは、そんな万が一の可能性を排除するための作業だろう。
それがどこまで効果があるのかは分からないが、部隊長まで動いているということはアルトリウスの指示で間違いあるまい。
ならばそれは、今回の戦いに必要になるということなのだろう。
と――そんな彼が、空を見上げてこちらへと手を振ってきた。どうやら、こちらの存在に気が付いたようだ。
既に悪魔からは距離を取れているし、多少時間を潰しても問題は無いだろう。
そう判断し、俺はセイランへと降下の指示を送った。
軽く頷いたセイランは翼を羽ばたかせて地上へと向かい、シリウスたちもそれに続く。
俺たちが降りてくるとは思っていなかったのか、ボーマンは若干驚いた表情を浮かべていたが、すぐに相好を崩して俺たちを歓迎してくれた。
「よう、大将! また随分と暴れてたみてぇじゃねぇか!」
「損害自体はそれほど与えちゃいないけどな。数パーセント程度の話だろう」
「パーティ一つでそんだけやれるなら十分だろうがよ。それに、俺っちたちが仕込みをする時間も稼げたんだ」
「仕込みが間に合ったなら良かったがな」
俺たちが稼げた時間は、精々が二時間程度。
果たして、それだけの時間でどれだけのことができるのだろうか。
奴らが態勢を整えたら、程なくしてこの場にも到達してしまうことだろう。
果たして、それまでに準備を整えることができるのかどうか。
「だが、どうやって奴らを足止めするつもりだ? 並の戦力じゃ話にならんぞ?」
「そりゃ、正面からぶつかるような真似はできねぇって。そんなもんは大将でも無理だろう?」
「まあ、そうだな。あの軍勢が相手じゃ、流石に手が出せん」
アルフィニールの悪魔だけであれば、離脱する方法も皆無ではないだろう。
しかし、軍隊として統制されたあの悪魔たちが相手では、並の方法では離脱することはできない。
切り札を切ったとしても、一度飲まれれば撤退することはまず不可能だ。
「けどよ、数が少なけりゃ何とかなるだろう?」
「それは……まあ、そうだな。こっちが押し潰されるよりも、相手を壊滅させる方が早いなら何とかなる」
「だろう? つまりは、そういうこった」
得意げな表情で告げるボーマンに半眼を向ける。
確かに、言っていることは単純で分かりやすいが、その前提を満たすことは困難だ。
果たして、どのような方法でそれを成し遂げようとしているのか。
そんな俺の表情に、ボーマンは得意げな表情で俺たちの後方を指し示した。
釣られるようにそちらへと視線を向けて――思わず、目を見開く。
「……あそこを戦場にするつもりか」
「一線級の戦闘部隊を引き連れてな。ああ、きちんと全員に帰還のスクロールを配布した上でだぞ?」
「成程な。ってことは、それを率いるのはパルジファルか」
「御明察、そういうこった」
ボーマンが示した先にあったのは、山間の谷間のような地形であった。
あの道を迂回しようとすると、かなり遠回りをする必要が出てくるだろう。
空を飛んでいればあまり関係のないルートであったが、徒歩で移動するには避けて通れない道だ。
つまり、ボーマンの仕事は、あの悪魔の軍勢をあの位置まで誘導することにあるというわけだ。
「時間が少なくて、複雑な仕込みはできねぇ。なら、古式ゆかしく伝統ある戦法ってわけよ」
「だからってテルモピュライの再現をしようってのか?」
「そこまでは言わんけどよ、よくある戦法だろ?」
「えーと……狭い地形で戦うって言うことですか?」
状況を把握しきれていない緋真が、首を傾げながらそう問いかける。
その言葉に、俺は軽く頷きながら続けた。
「悪魔共は大軍だが、大半が徒歩だ。空を飛んでいる連中もいるが、どう足掻いてもあそこを通らざるを得ない」
「だから、あそこで足止めをするんですか?」
「ああ、重要なのは、狭い道だからこそ奴らはあの広い隊列を維持できないってことだ。どう足掻いても、少数でまとまって移動する他に道はない」
「分かりやすい作戦よね。けど、相手もそれは分かってるんじゃないの?」
「無論、そうだろうな。あれだけ連携できる敵軍が、これを警戒していない筈がない」
あの悪魔共は、間違いなく軍としての訓練を受けていた。
無論それだけで構成されているわけではないだろうが、小隊長クラスの立場からは間違いなく訓練済みの兵士だろう。
そんな連中が、あの狭い地形を警戒していないとは到底考えられない。
まず間違いなく、警戒と対策を積んでくることだろう。
「だが、分かっていたとしても、避けられないならやりようはある。ボーマン、上から狙う連中のところにはトーチカを築いておいた方がいいぞ」
「ほう? そりゃまた本格的だが……どういう攻撃の対策だ?」
「奴らは対空砲火の攻撃訓練を受けているのに加えて、航空戦力がいる。遠距離攻撃部隊の仕事はそういった連中への対策も含まれるだろうが、トーチカで攻撃を防げるならある程度楽になるぞ」
「つまり、地上からの攻撃と上空からの攻撃両方か。実際に戦っての意見は貴重だ、向こうの連中にも伝えておく」
彼らの築くトーチカにどれほどの防御力があるのかは分からないが、ある程度攻撃を無視できるのであれば非常に大きい。
トーチカが破壊されるまでであれば、航空戦力を含めた敵軍に、一方的にダメージを与えることができるだろう。
トーチカの破壊が撤退のタイミングにもなるし、無駄なデスペナルティを避けるという意味でも有用だ。
「正面をパルジファルが抑え、上でスカーレッドや高玉などが攻撃か。上空にラミティーズもいるのか?」
「爵位持ちが出てきた時用に、デューラックの旦那もいるぜ」
「部隊長が半数近く出陣か。アルトリウスも本気だな」
逆に言えば、そこまでやらねばならないほど、時間的余裕が無いということでもある。
果たして、あの街の準備は間に合うのかどうか――その辺りは、ファムとエレノアの手腕に期待することとしよう。
「俺たちは撤退しようと思うが、手助けをする必要はあるか?」
「いんや、大将たちにはもう十分働いて貰ったさ。後は俺っちたちに任せな。大将の仕事は、明日が本番だろう?」
「それを言ったらお前さんたちだってそうだろうに。ま、ここは甘えておくが」
流石に、ログイン時間がそろそろ限界だ。
本番は明日以降の、都市の防衛戦になる。そこに向けて、体を休めておかなければ。
「では、健闘を祈る。頼んだぞ、『キャメロット』」
「おうよ。その看板を背負っている以上、手は抜かねぇさ」
表情を引き締めたボーマンの様子に、小さく笑みを浮かべながらセイランへと跨る。
ここはしっかりと休み、明日の戦いに備えることとしよう。
この場での戦いの様子を見られないのは残念だが、動画ででも確認するか。
その期待を込めつつ、俺は緋真たちを伴って街へと帰還したのだった。