582:最後の対策
「予想していた範疇ではあるが……結局、こうなるか」
悪魔共の意表を突くことに成功し、それなりに損害を与えた後。
しばらく混乱していた悪魔たちであったが、結局は二十分程度で態勢も整った様子であった。
だが、奴らも先程までと同じ状況とはいかない。
当然の話ではあるが、あれだけ派手に損害を受けた以上、それに対する対策を取らないなどということはあり得ないのだ。
安全圏まで逃れた俺たちは、そんな悪魔たちがどのような反応を見せるのか観察していたわけだが――
「上空を哨戒しての警戒ですか……ちょっと手間ですよね」
「最も堅実なパターンってところだな。だからこそ面倒でもある」
悪魔たちは、飛行可能な悪魔や魔物たちに自分たちの頭上を哨戒させるという方法を取った。
俺が考えていた中では、最も堅実かつ確実、故に対処が面倒なパターンだ。
手間がかかる上に戦力の消耗があるが、上空からの攻撃に対処するならば確実な手だと言える。
奴らは既にこちらの意図に気付いている。だからこそ、奴らは可能な限り前に進もうとしてくることだろう。
「奴らは、俺たちの接近を早期に確認して、こちらの攻撃が射程に入る前に迎撃しようとしてくるだろう」
「そうすると、地上の悪魔たちは……」
「警戒こそするものの、足は止めないだろうな。つまり、上空の警戒網で足を止めてしまえば、時間稼ぎにはならないということだ」
これが非常に厄介な点だ。上空で哨戒している敵を突破しない限り、時間稼ぎにならないのである。
突破すること自体が不可能とは言わない。それなりにダメージを受けることにはなるが、突き抜けることは可能だろう。
だが、こちらも早期に発見されることとなるため、攻撃の射程圏に入るころには敵も迎撃態勢を整えていることになる。
空中からの攻撃と地上からの攻撃、その両方に対処している状況では、とてもではないが攻撃を放つことは難しい。
まあ、そこまで突破することができれば足止め自体はできると言えるのだが――これまでのように、手軽に奴らの足を鈍らせることはできないだろう。
「どうするんですか、先生?」
「はぁ……正直に言えば、この状況では相手をしたくはないな」
実際、少し無茶をすれば足止めは可能だが、行うたびに結構なリスクを背負うことになる。
哨戒する悪魔たちの突破と、地上からの攻撃。その両方を受けて無事なのはシリウスぐらいだ。
マトモに相手をするのはあまりにもリスクが高すぎるだろう。
しかし、かと言って地上から奴らを狙うという手も無い。
あれだけの航空戦力がいる以上、地上では機動力が足りず、集中攻撃を受けることになってしまうだろう。
純粋に数が違うため、このままの状況で地上戦は不可能であると考えた方がいい。
「損害を覚悟で一、二回ってところか……そこから先は、『キャメロット』の方で何とかして貰いたいんだがな」
無茶をすれば、足止めも不可能ではない。
だが、決してその効果は大きくない上に、追加で何らかの対策を取ってくる可能性もある。
そうなると、流石に俺たちだけでは手出しができなくなってしまうことだろう。
そもそも、普通に考えれば万の単位に届く大軍勢を相手に、僅か六人でここまでやっている時点で大戦果であるのだが。
「とりあえず、一度だけ正面からやってみるぞ。継続が無理そうなら一度撤退だ」
「いいんですか?」
「無い袖は振れん。それよりは、一度後退して手札を増やした方がマシだ」
何かしら頭を使えば方法を思いつくかもしれないが、そこまで時間をかけている余裕も無い。
それに、これ以上食い下がっていると、下手をすると爵位悪魔が顔を出しかねないのだ。
エリザリットとなると俺の姿が見えた時点で突っ込んできそうだし、あまり粘りすぎるのも良くないだろう。
「というわけで、次は全員で突っ込む。俺たちが空中の戦力を担当し、奴らを撃ち落とす。とりあえずは、地上を狙うのはシリウスの《魔剣化》だけでいい」
「結構、リスクが高くないですか?」
「許容できる限界ってところだな。だが、地上の連中に損害を与えることができれば、その分だけ足止めできる時間も伸びる。これが成功したら、一旦の区切りとしよう」
ぐりぐりと首を回し、深く息を吐き出す。
自分から始めた行動とはいえ、ここまで面倒なことになろうとは。
しかし、後の戦いを考えれば、ここで稼いだ時間は千金に値する価値となる。
やれることをやって、後は『キャメロット』に引き継ぐこととしよう。
「行くぞ。出し切るつもりでいい、本気で行け!」
俺の合図と共に、セイランが力強く翼を羽ばたかせる。
それと同時、セイランが発動した《亡霊召喚》、そしてルミナが発動した《精霊召喚》が空中に軌跡を描いた。
悪魔たちも即座に反応して集まり始めるが、それらの動きを邪魔するように、亡霊や精霊たちが迎撃を開始する。
「《練命剣》、【命輝一陣】!」
正面にいた悪魔の翼へと生命力の刃を飛ばしつつ、セイランに合図を送って加速する。
俺の一撃を回避した悪魔であるが、急激に加速したセイランの速度には対応しきれず、その鉤爪によって引き裂かれた。
俺の――というよりシリウス以外の仕事は、空中の悪魔たちの排除だ。
シリウスが攻撃しやすくなるように、周囲の場を整えるのである。
だが、地上からの攻撃がある以上、あまりのんびりと攻撃をしているわけにもいかない。
故に――
「セイラン、上昇しろ」
「ケェエッ!」
雷を周囲へと飛ばしていたセイランに指示を出し、悪魔たちの頭上を取るように移動する。
地上からの攻撃に対し、悪魔たちを盾にするような形であるが、それでも対空砲火が留まるようなことはない。
空中にいるのは消耗しても問題のない戦力と言うことか、或いはそうしてでも止めなければならないと考えたのか。
だが、対空砲火があろうとなかろうと、この位置を取った時点で俺の目的は達せられている。
「《ワイドレンジ》、《奪命剣》【咆風呪】!」
放つのは、《ワイドレンジ》によって射程が伸ばされた【咆風呪】。
元より効果範囲の広いテクニックではあるが、ここで期待しているのは攻撃能力でも、攻撃範囲でもない。
この黒い風によって、地上からの射線が遮られることそのものだ。
「シリウス、こっちだ! 溜めながら来い!」
「グルルルッ!」
最も警戒されているが故に、最も多くの攻撃が集中しているシリウス。
だが、その攻撃がほんの僅かにでも遮られるのであれば、それが突破口となる。
【咆風呪】の効果時間はそう長いものではなく、数秒程度で霧散してしまう程度のものでしかない。
《ワイドレンジ》でその射程を伸ばしたとしても、ほぼ大差のない結果にしかならないだろう。
それでも――そのほんの数秒の間、シリウスは尻尾の刃に魔力を溜め込むことに成功した。
「ガアアアアアアアアッ!!」
【咆風呪】が晴れ、再びシリウスへと攻撃が集中する、その刹那。
シリウスは、全力で尾に溜め込んだ魔力を解放した。
空間が割れ、軋むような音を立てながら地上の防御スキルへと突き刺さる《魔剣化》の一撃。
その威力は、以前よりも更に集中して発現した様子の防御スキルすら貫いて、地上に一直線の太刀傷を作ってみせた。
(成功、損害は与えられた――が、全体で考えればほんの一部、これ以上は時間をかけられない)
緋真とルミナは手が空いていない、アリスはこの状況では最初から戦力外。
地上からは追加戦力が上昇を開始してきており、これ以上の戦闘は困難であると考えられる。
ならば――
「シリウス、地上はいい! 空中の敵に対処! そしてルミナ、最後に刻印をブチ込んでやれ!」
「はい、分かりました!」
俺の指示を受け、ルミナは上空戦力への対処から一時離脱、その穴をシリウスが埋める形となる。
一方で、手の刻印を輝かせたルミナは、巨大な魔法陣を上空に発現させた。
当然、悪魔たちの注意はルミナに集中し、そちらへと攻撃が向かい始める。
しかし、それに割って入る形で立ち塞がったのは、周囲の悪魔を引き裂きながら向かって行ったシリウスであった。
だが、シリウスもいい加減ダメージが蓄積している。あまり無茶をさせ続けるわけにもいかない。
「《蒐魂剣》、【断魔斬】!」
故に、シリウスへと向かう対空砲火を退けるように、大きく蒼い刃の軌跡を残す。
これこそほんの数秒も持たないような効果ではあるが、生憎と【護法壁】は足を止めなければならない。
ほんの僅かであっても時間が稼げるならばそれでいいと、地上からの攻撃を消し去ったのだ。
そして――上空の魔法陣が、眩く輝く。
「光よ! 降り注ぎ、撃ち貫け!」
魔法陣より放たれたのは、巨大な光の柱とでも言うべき攻撃だった。
立ち並ぶ十本の柱は、シリウスによって断ち割られた悪魔共の障壁を貫き、崩壊させて消し飛ばす。
空へと上がろうとしていた悪魔たちも、避け切れなかった者達は跡形もなく消滅した。
その戦果を確認して、俺は大きく声を上げる。
「撤退だ! 形振り構わず距離を取れ!」
全体から見れば大きな損害とはなり得ないだろうが、足は止めざるを得ないダメージである筈だ。
合計で二時間稼げたかどうかという程度だが、この時間が更なるチャンスとなることを祈りながら、俺たちは戦線を離脱したのだった。