581:挑発と時間稼ぎ
一度悪魔たちの反応を確認した後、俺たちは往復するような形で悪魔共の頭上を飛行した。
奴らの防壁を破ることができるシリウスが飛べば、奴らとて警戒をせざるを得ない。
迎撃のための対空砲火も放たれるが、短時間飛ぶだけであれば大したダメージにはならないし、時間が短いがために迎撃に出てきた個体が接近する前に離脱することができる。
俺たちは特に経験値を稼ぐこともできず、少しずつダメージを受けては回復の繰り返しであり、個人にとってのメリットはほぼ皆無であると言える。
だが――
「思ったよりも時間を稼げているな」
空中戦において、スピードは絶大的なアドバンテージだ。
その点のみを言えば、セイランは空中戦において圧倒的に有利な立場にある。
そしてシリウスはスピードこそ劣るものの、空中戦に不足しがちな耐久力が大幅に優れている。
つまり、雑多な戦力だけでは、ただ移動するだけの俺たちを撃ち落とすことは不可能だと言えるのだ。
しかし、それでもシリウスを無視しきれないやつらは、足を止めて警戒するしかないのである。
(さてと……どれぐらい時間を稼げたか)
戦闘開始からの時間を含めても、まだ一時間にも届かないだろう。
しかし、その間悪魔たちの足を鈍らせ続けたことで稼げた距離は、アルトリウスたちが仕込みを行うために必要なものとなるだろう。
けれど、それでもまだ時間が足りない。いかにアルトリウスが優秀といえども、街の改造が済んでいない状況ではこちらに顔出しなどできないだろう。
必然的に間接的な対処になるため、あまり効率的に状況を進めることはできない筈だ。
「どれだけ稼げばいいのか分からんのは辛いところだが……さて、同じ方法でどこまで行けるかね」
言葉ではそう言ったものの、正直完全に同じ手法だけではそろそろ限界だと感じている。
実際、悪魔たちの迎撃や砲火が減ってきているのだ。それはつまり、それらの迎撃が無駄であると把握されてきているということでもある。
つまり、こちらに攻撃する意図が無く、ただ時間稼ぎをしているだけだということに気付かれつつあるのだ。
ちょくちょく攻撃するそぶりを見せてはいるのだが、それも演技だと見抜かれてきているのだろう。
(誰がそれを判断しているのか……その気配も見せないか。本当に面倒な)
こちらにとって一番厄介なのは、この挑発行動を無視されることだ。
あくまでも時間稼ぎが目的であるため、奴らの足を止められなくなってしまっては意味が無い。
そうなってしまった場合、別の手を考える必要があるのだ。
「ま、やりようはあるが――」
小さく舌打ちを零しつつ、悪魔の頭上から離脱する。
追い縋る砲火も魔物の数も少ない。やはり、このままの方法はそろそろ限界が近いようだ。
さて、それならば、別の方法を取らなければならないわけだが――
「緋真、そっちに戻りながら合流する。それと、そろそろそっちの出番も近いぞ」
『了解です。仕込みは終わっていますよ』
「そいつは重畳だ。タイミングを見誤るなよ」
元より、この方法だけで稼げる時間はそう長くはないと思っていた。
故に、この状況も予定通りと言えば予定通りだ。
一つの方法に拘泥する必要も無い。足止めを成功させられるならば、どのような手でも利用するまでだ。
「さてと。回復が済んだらもう一度行くぞ」
「クェッ」
「グルルルッ!」
テイムモンスターたちも意気軒高。これまでの退屈な作戦でも、こいつらの戦意は削がれていないようだ。
誰に似たのか好戦的であるし、このような戦い方は嫌っているだろうとは思う。
だが、それでも俺のことを信じてくれている。ならば、こちらもその信頼には応えねばなるまい。
「よし、行くぞ。一応、警戒はしておくが……恐らく、そろそろ必要はないだろうな」
「グル?」
俺の呟きにシリウスが首を傾げるが、説明するまでもなくすぐに判明することとなった。
再び高度を落とした俺たちに対し、悪魔の群れは一切反応を示さなかったのだ。
奴らは俺たちのことを無視したまま、前方へと向けて足を進めている。
(……そっちの反応で来たか)
敵の反応としては、二つのパターンを考えていた。
一つはこのように、こちらの反応を無視してくるパターン。そしてもう一つは、上空で常時飛行型の魔物を警戒に当たらせるというパターンだ。
後者の方が厄介そうに見えて、何だかんだで手間は少なかった。
「やはり、何者かが指示を出しているか。上から見ていても動きが分からんのは厄介だが……」
もし、分かりやすく指示を出しているような姿を確認できたのであれば、アリスに行って貰って狙い撃つ手もあったのだが――まあ、見えないのであれば仕方がない。
とりあえずは、元々の予定通りに行動することとしよう。
「緋真、そっちの準備はどうだ?」
『大丈夫です、いつでも行けますよ』
「いいだろう、やってくれ」
俺の言葉に同意して、緋真は通話を切る。
強力な魔力が収束した気配が空中に出現したのは、その直後のことであった。
何のことはない、俺たちが悪魔共の注意を引いている間に、アリスが空中でゲートを繋いでいたのである。
そして、そんなゲートをくぐった緋真たちに対して、悪魔共の注意は未だ向けられていない。
それも当然だろう、ここまで俺たちが、散々奴らの意識を引いてきたのだから。
「《オーバースペル》、【ボルケーノ】ッ!」
「光よ、降り注げ!」
そして、シリウスに注意を払い、同時に俺たちを無視するように動きを変えていた悪魔たちの反応は遅れる。
地面から吹き上がる炎、そして頭上から降り注ぐ光――上下の両側から迫った攻撃に、悪魔たちは対応することができなかった。
辛うじてルミナの魔法に対して防御スキルを発動させようとしたが、地面から発生した緋真の魔法を防ぎ切ることができずに吹き飛ばされた。
さらに、防御スキルを完全に発動できなかったことで、降り注いだルミナの魔法がそれらを貫き、悪魔たちを射抜いていく。
シリウスが攻撃を放った時以来の、悪魔共にまとまったダメージを与えた瞬間だった。
「シリウス!」
「ガアアアアアアアアッ!」
そこに畳み掛けるように、シリウスへと指示を出す。
放つのは溜めが必要な《魔剣化》ではなく、もっと広範囲に効果を及ぼすことができるブレスだ。
衝撃波を伴うブレスの一撃は、二人の魔法で混乱した悪魔たちをまとめて薙ぎ払った。
「よし、十分だ! ゲートに戻れ!」
「え、もうですか!?」
「追撃はしなくていい、余裕がある内に退くぞ!」
俺の言葉に従い、緋真たちは若干慌てた様子でゲートへと戻る。
それを追って、俺たちもアリスの作ったゲートへと飛び込んだ。
今は混乱していることもあり、連中はまだこちらへの追撃に動けていない。
しかし、時間を置けば奴らは本気で反撃してくることだろう。
この軍勢に対して本気の対処をされるのは困るし、ここは一旦仕切り直すべきだ。
「……よし、とりあえずは一つ状況を変えられたか」
攻撃が成功したことで、奴らはこちらを無視するという選択肢は無くなっただろう。
まあ、それはそれで厄介なことになるのだが、さっきの状況よりはマシだろう。
念のため《蒐魂剣》でアリスのゲートを破壊して、俺は改めて地上の様子を観察する。
損害を受けた悪魔たちは混乱している様子だし、しばし動くことはできないだろう。
軍勢を成しているため、体力は大きくとも身軽さには欠ける。
この状況ならば、動き始めるまでに多少の時間は稼げるはずだ。
(とはいえ、これ以上の追撃は厳しいがな)
ここで更なる追撃を行えば、奴らは本気で反撃してくることだろう。
それは流石に避けなければならない。
「さて、この状況でどう動くか……とりあえず、少し休憩だな」
今しばし、時間を稼ぐ必要がある。
そのためにも、まずは奴らの反応を確かめることとしよう。