580:対空砲火
悪魔たちの攻撃を回避しながら高度を上げることしばし、対空砲火の届かない高さに辿り着いたところで、ようやく奴らの攻撃は収まった。
飛行する悪魔たちも追撃を諦めたのか、地上へと戻っていっている。
とりあえずは安全を確保できたが、こちらの攻撃も流石に射程外であり、お互いに攻撃ができないから様子見をしているだけという状況だ。
奴らは被害状況の確認を行っているようだが、程なくして前進を再開することだろう。
「まさか、あそこまで苛烈な反撃が来るとは……ヤバかったですね」
「流石に全ては躱し切れなかったし、そこそこ削られたか」
大半の対空攻撃は回避したものの、それでも他の悪魔を仕留めながらの移動では、余波まで躱しきることは不可能だった。
特に、矢面に立つ形となったセイランや、図体のでかいシリウスの被害は大きい。
魔法やポーションで回復しつつ、俺は改めて声を上げた。
「さてと……大まかに奴らの動き方は分かったな」
「広範囲攻撃はスキルによって防御、しかもほぼタイムラグなく連発できた辺り、誰かが指揮してタイミングを合わせてますね」
「その通りだ。つまり、遠距離からの攻撃で奴らに損害を与えるのは、ほぼほぼ不可能であるってわけだな」
言いつつも、俺はルミナによって回復魔法を施されているシリウスの姿を見上げる。
ただ一つの例外が、シリウスの持つ《魔剣化》。あの威力ならば、奴らの持つ防壁を破ることができる。
とはいえ、《研磨》などを含めた複数の強化が必要であるし、そうポンポン放てるようなものでもないのだが。
「まあ、防がれるのはいいし、この際奴らに損害を与えられなくても問題はない。必要なのは、奴らの足を止めることだ」
「でも今の状況じゃ、さっきみたいな攻撃は難しいですよね」
「だろうな。必ず、さっきの対空砲火が飛んでくることになる」
こうなると厄介だ。何しろ、俺たちは防御特化の構成ではない。
相手の攻撃を被弾しながら行動するという真似は、シリウス以外には不可能なのだ。
そして、あれだけの対空砲火となると、シリウスだけで対処することも難しい。
流石にあれだけの攻撃が集中してしまうと、シリウスでもそう長くは耐えられないだろう。
「クオン。地上の連中、また動き始めたわよ」
「流石に、殆ど時間が稼げていない。このままじゃ拙いな」
「ですがお父様、あの反撃を受けない距離からの攻撃では、あちらには届かないかと……」
今の状況でできることと言えば、アリスが作っている拡散型の毒薬でも放り投げることぐらいだろうが、あれはあまり数が無いし、軍勢相手にどこまで効果があるかは疑問が残る。
つまり、俺たちが奴らに損害を与える手というものは、ほぼほぼ潰されてしまったということだ。
「アルフィニールよりも、よほど数の暴力ってものを理解してるな。数字を戦術として利用してやがる。しかも対空戦を想定してるな」
「悪魔が対空戦を意識して訓練していたってことですか?」
「そうでもなきゃ、普通対空砲火なんてそうそう当たるもんじゃないんだ」
魔法は機関銃のように連射できるものではないし、ミサイルのようにホーミングする性能を持っているものは殆ど無い。
総じて、地上から空中の敵を狙い撃つには向いていない攻撃手段なのだ。
スキルによる補助があってようやく、と言ったところか。
何にせよ、通常であれば、弾幕による対空防御を行うという手法は取ることが難しいのである。
それを可能にしているのは、間違いなく何らかの訓練による賜物だろう。
「どういった経緯で、奴らがそんな技術を身に着けているのかは、この際置いておく。今はとにかく、足止めをするための方法を考える必要がある」
「でも、あれじゃ近づけないわよ? 貴方とセイランなら避けられるかもしれないけど、それでも消耗はするでしょ?」
「それは否定できん。先ほどと同じ作戦は取れないな」
こうなると、シリウスに《魔剣化》は使わせるべきではなかったかもしれない。
だが、何らかの方法で損害を与えていれば、結果として今の状況になっていた可能性が高いし、その点についてシリウスに文句を言うつもりもない。
今気にするべきは、いかにして奴らの動きを止めるのか、その一点だ。
「一応、考えはある。続けていれば奴らも対策を取ってくるだろうが、とりあえずは効果があるだろう」
「ふーん……どうするの?」
「とりあえず、俺たちとシリウスだけで行ってくる。お前たちは少し待っててくれ」
回復を終えたシリウスを連れ、移動を開始する。
緋真たちは若干不安そうな表情をしていたが、今回はとりあえずの確認だけだ。
本気でやるわけでもないし、緋真たちの手は温存しておくべきだろう。
「シリウス、攻撃はしなくていい。むしろ防御に集中しておけ」
「グルッ?」
「まずは、高度を落として奴らの反応を見る。偽装のため、一応尻尾に魔力は集中させておいてくれ」
「グルァ!」
とりあえず、まだこちらから攻撃する必要はない。
というより、攻撃できる高度まで降りるのにリスクが高すぎる。
今は、相手にこちらの姿を確認させる――それだけでいい。
(さて、どうなるか――)
再び高度を下げてきた俺たちに、悪魔たちは即座に反応する。
防御スキルらしき魔法陣は出現しないが、即座に俺たちへと向けた対空砲火が飛来し始めた。
「速度を上げるぞ!」
シリウスはセイランほどではないが、実はそこそこにスピードは出る。
純粋な速度だけで言うのであれば、ルミナとそう変わるものではないだろう。
無論、ルミナほど小回りが利くわけではないため、直線のスピードだけなのだが。
ともあれ、ある程度のスピードがあれば、命中する対空攻撃の数も少なくなるだろう。
(予想通り、シリウスを警戒してやがるな)
シリウスが高度を下げたことにより、奴らは警戒して攻撃を行ってきた。
逆に言えば、シリウスが高度を下げただけで、奴らの注意を引くことができたのだ。
そして攻撃のためには、当然奴らも足を止めなければならない。
シリウスが攻撃を行うそぶりを見せただけで、奴らの足止めをすることができたのである。
一応、偽装目的にセイランにも攻撃を放たせるが、降り注ぐ雷は小規模な防御スキルによって防がれている。
どうやら、先程のような広範囲の防御だけではなく、狭い範囲のピンポイントな防御も可能なようだ。
(ダメージは与えられないが、とりあえずの時間稼ぎはできるか……とりあえずは、この手で行くしかあるまい)
少し高度を下げて飛び回っている間にも、少しずつ悪魔共からの反撃は増えてくる。
ある程度それらに対処した辺りで、俺は攻撃に対処しきれなくなった風を装いながら再び高度を上昇させた。
俺とセイランは被弾せず、シリウスも損傷は軽微。思っていた以上に上手くいったと言えるだろう。
緋真たちのところに戻って合流し、ルミナにシリウスの回復を指示しながら声を上げる。
「とりあえず、攻撃する振りさえ見せていれば足止めはできそうだな」
「また、随分と単純な方法できましたね……でも、それでいつまでも足止めができますかね?」
「それは無理だろうな。いずれはあちらも、こちらの意図に気づくだろう。そこまでにどれだけ時間を稼げるかは分からないが」
今回、俺が取った方法は単純極まりないものだ。
奴らがシリウスを無視できないからこそ、その存在を利用しただけに過ぎない。
奴らもこちらの意図に気づけば、いずれは対応してくることだろう。
そうならないように多少の偽装を施すつもりではあるが、やはり時間の問題には変わりあるまい。
「まあ、気付かれたら気付かれたでやりようはある。どうやって対処するかは、その時に考えればいいだろう」
状況によって、対処法はそれぞれ変わってくるだろう。
その時に悪魔共がどのような対応をしてくるか――まずはその状況になるまで、精々奴らを煽ってやることとしよう。