578:足止めの作戦
『キャメロット』の偵察部隊、猫泉のパーティと離れてからしばし。
北へと飛行を続けていた俺たちの視界に、大地を黒く染める軍勢の姿が目に入った。
それはまさに、大地を埋め尽くさんとするほどの数。それらが、整然と隊列を組みながら南下してきているのだ。
成程、あれを目にしたのであれば即座に撤退するのも無理はない。とてもではないが、正面からぶつかって勝てるような数ではないだろう。
「……何か、今までの戦いと比べても、明らかに数が多くないですか?」
「確かに、その通りだな。あの街を使って時間を稼いでいる間に、奴らはそれだけの準備をしてきたってことだろう」
戦いにおいては、準備期間を長く置いた側が有利になる。戦争ともなれば、その傾向はより顕著となるだろう。
その点において、俺たちは既に不利な状況に立たされているのである。
だからこそ、ファムが提唱するような奇策に頼らざるを得ないわけだが――果たして、あれだけの数を相手にファムの策は機能するのかどうか。
不安はあるが、正面からぶつかるよりは遥かにマシだ。そのためにも、何とかして奴らの足を鈍らせなければならないだろう。
「しかし、あの規模は流石にな……」
一応スクリーンショットを撮影してメールでアルトリウスに送りつけつつ、眉根を寄せて黙考する。
ざっと見ただけでも数万以上の軍勢。あれだけの数がいるとなればアルフィニールの悪魔も多いとは思うが、整然と行進しているため判別は不可能だ。
仮にあれの大半がアルフィニールの悪魔だとしても、流石にあれだけの数となると相手は不可能だろう。
絶対に、俺たちだけで何とかなるような規模ではないのだ。
(アルフィニールの悪魔をあそこまで高度に統制できる爵位悪魔がいるのか? アルフィニール当人が出てきているとは考えづらいが……)
そもそも、大公級悪魔とデルシェーラの関係性が不明確過ぎる。
アルフィニールは何のために戦力である悪魔をばら撒いているのか分からないし、エインセルにしても何故部隊を貸し出しているのか不明だ。
一度も遭遇したことのない大公級の動きなど、一切分析することなどできないのだが、不明確な要素が多いこの状況が何とも気持ち悪い。
しかし――
「やると言ったからには、やるしかないか……今回は可能な限り慎重に動くぞ。稼ぎも一切意識しない。悪魔の数を減らす必要も無い。ただ、足止めだけを目標にする」
「……いいんですか、先生?」
「率直に言って危険すぎる。余計なことを考えていたら、こっちがあっという間に蹂躙されるだろうからな」
ファムの提案もあり、早めに動いた結果ですら、奴らはこれだけの軍勢を用意してきた。
あと少し時間を置いていれば、これがどれだけの数になっていたことか。
霊峰の麓に悪魔の群れを強襲させた辺り、悪魔側も多少は時間を稼ぎたかった様子が見て取れる。
悪魔側にとっての万全な準備とは、今見えている戦力よりもさらに大きなものだったと考えられるのだ。
そうなっていたら、足止めどころではなかったかもしれない。推測すら含んだ結果論だが、今は辛うじて、首の皮一枚繋がっている。
――だからこそ。
「いいか、時間稼ぎは必須事項だ。それが無ければ敗北に繋がる以上、余計なことなど考えている余裕は無い」
「とにかく相手を足止めですか……手段は問わずに?」
「ああ、手段を選んでいる余裕は無い。だが、無茶をして攻撃が継続できなくなることはNGだ。継続して奴らの足を止め続けることを目指す」
極端に言えば、俺が餓狼丸を解放して敵陣で暴れ回れば、その間は奴らの足を止めることはできる。
しかし、体力面を考えればいつまでも続くものではないし、脱出も不可能な状況になるためデスペナルティの時間も考慮に入れなければならなくなるだろう。
残念ながら、そのような無駄な時間を過ごすわけにはいかない。
「安全マージンを取りながら、できるだけ長い時間をかけつつ戦闘を継続すると……先生、アルトリウスさんにちょっと依頼を投げて貰っていいですか?」
「投げる分には構わんが、何をするつもりだ?」
「単純な思い付きですけど――」
そう呟きながら答えた緋真の言葉に、俺は思わず笑みを浮かべる。
どうやらコイツも、中々にこういった戦いに慣れてきたようである、と。
とりあえず緋真の要求には応えつつ、俺は改めて悪魔の軍勢を観察する。
さて、まずは一当て――様子見に、逃げられる位置から攻撃を仕掛けてみることとしよう。
「行くぞ。シリウス、初撃はお前だ。ブレスで蹂躙しろ」
「グルルル……ッ!」
作戦を告げつつ、前方へと向けて飛翔を開始する。
シリウスの巨体は目立つし、接近すれば必ずこちらに気づいてくるだろう。
その時、奴らはどのような動きを見せるのか。まずは、その観察が必要だ。
シリウスは魔力を収束させながら鋼の翼を羽ばたかせ、スピードを上げながら悪魔の軍勢へと接近する。
――刹那、無数の視線がこちらを捉えたことを察知した。
「シリウス、やれ!」
「ガアアアアアアアアアアアアッ!!」
空が割れんばかりの咆哮と、それと共に放たれる衝撃波のブレス。
地上を蹂躙せんと放たれたその一撃は――悪魔の群れに突き刺さる寸前に、折り重なるように展開された魔法陣によって受け止められた。
恐らくは、《ファランクス》のような防御系のスキル。それを多重に発動することにより、一撃を受け止めたのだ。
(シリウスのブレスを受け止めるほどの防御力か……!)
単体の防御力だけで言えば、恐らく容易に突き崩すことができただろう。
しかし、多重に発動したそのスキルは、今のブレスを完全に受けきるほどの防御力にまで高められていたのだ。
驚くべきは、今のタイミングでスキルの発動を間に合わせるだけの統率力だ。
数が多すぎて確認できないが、確実に軍勢を指揮し、悪魔たちの動きを制御できる存在がいる。
「緋真、ルミナ! スキルの切れ目を狙って畳み掛けろ! ルミナが先、次が緋真だ。【ボルケーノ】を使え!」
「分かりました! ルミナちゃん、お願い!」
「了解です、しかしお父様は!」
「こっちのことは気にするな。シリウス、お前はブレスが撃てるようになったら撃っておけ。《魔剣化》もだ。アリスはシリウスのMPを面倒見てやってくれ!」
今回は自分にできることは少ないと判断していたのか、アリスは溜め息交じりに首肯している。
攻撃を受け止められはしたが、悪魔の軍勢は一応足を止めている。
どうやら、あれだけの規模のスキルを発動するには足を止める必要があるようだ。
ならば、奴らの数は削れていないが、足を止めること自体には成功していると言えるだろう。
とりあえず、仲間たちの動きはそれでいい。後は――
「俺たちの仕事だ。なぁ、セイラン」
「クェエッ!」
シリウスの攻撃を受け止めた直後、悪魔たちもこちらの迎撃に動き始めている。
だが、こちらはかなりの高度であるため、射撃系の魔法については容易に回避または迎撃できる。
起点を指定するタイプの魔法については、予兆を見逃さなければ回避することも容易いだろう。
問題となるのは、飛行してこちらを撃墜しようと狙ってくる戦力だ。
事実、今まさに、それなりの数の悪魔や魔物が空へと舞い上がり、こちらの方へと接近しようとして来ている。
「撃ち落とすだけでいい。仕留めることを意識するな。こっちも、こっちで迎撃する」
「クェ!」
セイランは嵐を纏い、一気に加速する。
元の母数が多いため、迎撃を狙う敵の数もかなり多いのだ。
いちいち足を止めて相手をしていたら、こちらの手が足りなくなってしまうだろう。
縦横無尽に飛び回り、奴らの意識をこちらに引き付けながら迎撃する。
《纏嵐》を発動した状態では精密な戦いが難しいが、一当てする程度であれば何とかなる。
「さて――邪魔はしないで貰おうか!」
俺の声と共に、セイランは一気に加速する。
悪魔たちのスキルが切れた瞬間に、ルミナの魔法が放たれたのは、その直後のことだった。