577:敵の陣容
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北へと飛行を続けていた俺たちに、突如として声がかかった。
それは、若干慌てた様子で上空から飛来した、ペガサスに騎乗するパーティ。
彼らが纏う装備の衣装は、青く縁取りをされた『キャメロット』共通のデザインであった。
「『キャメロット』の偵察部隊か」
「は、はい! 猫泉と申します!」
俺の呟きに対して何故か敬礼をしつつ答えたのは、その名の通りというべきか、猫の半獣人の女性であった。
三毛っぽいメッシュを入れている辺りにこだわりを感じるが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
『キャメロット』の擁する偵察部隊には、さまざまなスタイルがあると聞いている。
一つは、先日アリスが同じ仕事をした時のような潜入メインのスタイル。
他にも、高速騎獣を用いた航空偵察の兵士といった者も存在している。
明らかに軽装で、弓を使った遠距離戦闘用の装備を身に纏った彼女は、間違いなく後者のパターンであるだろう。
「わざわざ声をかけてきたってことは、何かあったんだろう?」
「はい! この先、しばらく進んだところで、悪魔の軍団を確認することができました!」
「やはり来ていたか……距離は?」
「ここから二十分ほど飛行した先になります! マップでは……現在はこの辺りかと!」
言いつつ猫泉が示したマップの位置を、己のマップでも印をつけて確認する。
ペガサスの速度、しかも『キャメロット』の騎獣ならば強化も行っているだろうから、セイランには及ばずともかなりのスピードのはずだ。
そのスピードで二十分なら、中々の距離ではあるだろう。
実際、マップで示された位置も、ここから数キロほど北上した位置であるようだ。
「ふむ……敵は徒歩か?」
「はい。歩兵のみで構成されていました! さらに、きちんと隊列を組んで進んでいます!」
「足並みを揃えているか。厄介だな」
悪魔の中には飛行できる者もいるし、例の機動部隊のような騎獣に乗った者も存在している。
そういった連中は当然ながら、徒歩の連中よりも早く移動できる筈だ。
しかし、そういった連中が先行することも無く、全ての悪魔が整然と隊列を組んで移動しているということは、高度に統率された軍勢である事実を示している。
その中にエリザリットが含まれているのかどうかは不明だが、少なくとも奴によって率いられていたとしても、そのような動きにはならないだろう。
(別の侯爵級悪魔か……いや、そうだとしてもエリザリットが大人しくしているとは考えづらい。であれば、やはりデルシェーラがいるのか……?)
確証はないが、可能性は高まったと見ていいだろう。
たとえエリザリットといえど、公爵級以上の悪魔からの指示には逆らえまい。
「それで、敵の陣容は?」
「すみません、遠方からの確認のみだったため、詳細までは……」
「そうか。いや、無理をする必要はない」
飛び出しそうな姿勢になっている猫泉を制止しつつ、顎に手を当て思考を巡らせる。
敵の構成によって、この軍勢を迎撃する難易度は大きく変化するだろう。
大半がアルフィニールの悪魔であるならば、これを相手にする難易度は大きく下がることになる。
逆にそれ以外――特にエインセルの軍勢であるならば、かなり困難な戦いになることは間違いない。
だが生憎と、奴らの見た目はそう変わるものではないのだ。遠くから観察した程度では、それを判別することは難しいだろう。
(徒歩であの街までの距離を進むなら、通常は二日はかかると考えていいが……相手は悪魔だからな。休息や睡眠が必要ない可能性もある。下手をすれば丸一日以内には辿り着くか)
現実世界の時間に換算すると八時間程度。
少し休憩することもできない時間であるし、明日の朝には街が戦場になっている可能性も高い。
もう少し時間的余裕があるかと考えていたのだが、どうやら悪魔側は俺たちがあの街を落とした直後から――否、下手をすればゲートを破壊した直後から行動を開始していたようだ。
受け入れがたいことではあるが、ファムの予想していた展開はそのまま当たっていたということになる。
「……この件を、アルトリウスに報告しているか?」
「はい、それは勿論!」
「いいだろう。なら、俺たちは奴らの足を鈍らせておくと伝えてくれ」
「は? えっと、それは……まさか、あの軍勢に攻撃を仕掛けるのですか!?」
信じがたい、といった表情で猫泉は叫ぶ。
彼女のパーティのメンバーたちも、総じて似たような表情であった。
尤も、緋真やアリスは慣れたもので、げんなりとした表情を浮かべるだけであったが。
「このまま奴らを素通ししたら負ける。少しでも奴らの足を鈍らせ、進行を妨げなければならない。俺たちがすべきことは時間稼ぎだ。つまり、本気で奴らとぶつかるわけじゃない」
「しかし、だとしても……!」
「別に正面から奴らにぶつかるわけじゃないんだ、やりようはある。それより、お前さんらにやって貰いたいことがある。どちらかといえば、そちらの方が重要だ」
「わ、私達に、ですか!?」
俺の言葉に動揺が走る偵察部隊の面々。恐らく、同レベルの無茶ぶりをされると思ったのだろう。
だが俺とて、一般人を強引に戦場に連れ出すような真似はしない。
俺が希望するのは、難しくはあるが比較的安全な、そんな内容だ。
「そちらは状況を逐一アルトリウスに報告、奴らの進み方と地形情報をリアルタイムに共有しろ。それだけでアルトリウスには伝わる筈だ」
「伝わるって、何がでしょうか?」
「奴らを足止めするための作戦を考えろってことだ。地形でも何でも利用し、少しでも奴らの足を鈍らせろ。俺たちは直接的に奴らを足止めし、お前さんらはその間に奴らの侵攻ルートそのものに損傷を負わせるんだ」
俺たちができるのは直接的な足止めだけだ。
攻撃している間だけで見れば効果は有るだろうし、敵戦力も多少は削ることができるだろう。
しかしながら、俺たちが消耗すれば当然撤退しなければならないし、いつまでも足止めを続けられるわけではない。
それよりも、奴らの侵攻ルートそのものを邪魔してやった方が、足止めとしての効果は高いのだ。
具体的な方法など、何も思いついてはいない。だが、アルトリウスならば必ず何かしら考えるはずだ。
これがファムならばさらに悪辣な作戦を思いつくことだろうが、流石にあの女も今は忙しい。こちらにまで口出しをする余裕は無いだろう。
「奴らの迎撃が成功するかどうかは、お前さんたちの働きの方が大きく影響するだろう。心してかかることだ」
「りょ、了解いたしました!」
背筋を伸ばして敬礼する猫泉の姿には苦笑しつつ、俺は前方へと視線を向ける。
俺たちが奴らの足止めをしている間に、果たしてどこまで準備をすることができるか。
正直なところ、かなり厳しい状況ではあるが――とにかく、やるしかないだろう。
「上手くやれ、アルトリウスの指示をよく聞くことだ」
「ありがとうございます!」
その礼は今の助言に対するものか、気遣いに向けてか――或いは、アルトリウスと直接話す機会を得られたことに関してか。
まあ、その辺りは何でもいい。とにかく、今は時間が無いのだ。
敬礼を続ける偵察部隊のメンバーには軽く手を振りつつ、再び北へと向けて移動を開始する。
先ほどの話からすれば、程なくして悪魔の軍勢が目に入ることだろう。
「先生、状況的にはどんな感じなんですか?」
「良くはないな。というか、正直に言ってしまえば不利な状況だ。ファムの準備が終わる前に悪魔たちの軍勢が到達してしまえば、作戦はご破算だからな」
今までの会話だけでは全体の趨勢までは理解できなかったのだろう、緋真は俺の返答に眉根を寄せる。
ファムの作戦は、罠の設置が完了した上で奴らを引き込むことが前提となっている。
だが、それが完成する前に奴らに押し切られてしまえば、その時点で作戦は無意味となってしまうのだ。
尤も、あの女もこの状況は予想していたであろうし、そのための優先的な北側外壁の強化なのだろうが――今のままでは厳しいことに変わりはないし、少しでも余裕を増やした方がいいだろう。
「というわけで、後々のことはアルトリウスに期待しつつ奴らの足止めだ。敵の数を減らすことはあまり考えなくていいから、とにかく嫌がらせをしてやれ」
「嫌がらせというと、防ぎづらい範囲攻撃とかそういう感じですか?」
「そうだな。解除が難しい設置型なんかでもいいだろう」
やり方は様々だ。人間の軍隊が相手だったならば、補給物資を狙うなどの方法があったのだが――悪魔が相手だとそれも狙えないのが大変厄介である。
とにかく、広範囲に被害を振りまいて、物理的に足の進みを鈍らせるしかないだろう。
敵戦力の把握も含め、ぶつかってみることとしよう。