576:迎撃態勢
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スキルのセットを行いつつ、街の中を進んでいく。
悪魔たちによって補修された跡があるため、街の機能自体はそこまで失われていない。
そのおかげで、後から入ってきた『エレノア商会』のメンバーたちは、街の修繕自体は行う必要が無かったようだ。
一方で、謎の建設計画に頭を悩ませることになっているようであるが。
(ファムの指示は、どう考えても都市内部で敵を攻撃するためのものだからな)
悪魔たちが街の中に入り込んでこなければ成立しない仕掛け――つまりは、外壁による防衛が失敗することを前提とした仕掛けだ。
無論、いざという時の防衛策という考え方も無くはないのだが、あまりにも内部に向けた攻撃が過剰すぎる。ファムの真意を察する者も少なくはないだろう。
だが一方で、外壁に対する防衛力強化も全力で行われていることは事実だ。
可能な限り時間稼ぎをすることで、それだけ敵戦力を引き付けることができるし、最終的に内部に誘引した際に、敵戦力に対する損害も大きなものにすることができる。
悪魔共の目を欺くためには、防衛自体も本気で行う必要があるのだ。
「しかし……勝ちを拾うための負け戦ねぇ」
「先生としては、やっぱり気に入らないですか?」
「個人的な感情としてはな。だが、その作戦行動自体を否定するつもりはない」
戦争というものは、個々人の闘争とは違い、ただ勝てばいいというものではない。
俺はそういった戦術、戦略規模の目を持っていないが、その程度のことは理解している。
ただ最終的な勝利を得るだけではなく、その後の展開を考慮した上での戦いが必要なのだ。
その点を考慮した場合、今回の負け戦は殆どリスクの少ない戦いであると言えるだろう。
防衛やトラップ設営のためのコストは当然かかるが、失うものはそれだけだ。
ただ金を払うだけで公爵級を討つチャンスを得られる――考えるまでもなく、破格のリターンであると言えるだろう。
それでも、敵に譲らなければならないのは何とも気分の乗らない話である。
「まあ何にせよ、やるからには全力だ。ここでデルシェーラを討つつもりで行くぞ」
「……やれます? ディーンクラッドより強くて、手加減も無くて、しかもリソースも万全な相手ですよ?」
「だが、あの時と比べてレベルも40以上は上がっている。スキルも、成長武器のレベルも強化したんだ。あの時ほど、絶望的な戦いではあるまい」
どちらかといえば、あの時点で公爵級と戦ったことの方が異常だったのだ。
ディーンクラッドの方から、俺たちが全力を出せるよう待ち受けていたということもある。
もしも奴が本気でこちらを潰しにかかっていたら、あの勝利はなかっただろう。
その点、デルシェーラは最早こちらに手加減をするような理由はない。
奴は本気で、こちらを潰しにかかってくることだろう。
(今の俺たちが、公爵級に届く戦力になっているのかどうか――試すには、絶好の相手だ)
まあ、そのデルシェーラと戦うためにも、まずは邪魔となるエリザリットを何とかしなければならないのだが。
この状況下において、あの侯爵級悪魔が姿を現さない理由が無い。
動けるようになった瞬間に、奴はここへと向けて攻めてくることだろう。
他の悪魔と足並みを揃えてくるかどうかは不明だが、そろそろ奴とも決着をつけてしまいたいところだ。
「何はともあれ、まずは防衛だ。奴らはこちらを全力で潰しにかかってくるだろう。それを受け止める必要がある」
「具体的にはどうしますか?」
「まずは飛び回って潰す。それで可能な限り時間を稼ぎたいが……流石に、そう単純に引っかかってくれる相手ではないだろうな。だがとにかく、こちらの準備が完了するまでは遅滞戦闘を行いたいところだ」
都市攻めがスムーズに終わったおかげで、まだログイン時間の余裕はある。
少し北の状況を確認してみるのも悪くはないだろう。
尤も、アルトリウスはとっくの昔に偵察を放っているだろうが――まあ、あいつから何か言ってこないのであれば、自由に行動しても問題は無いだろう。
そんなことを考えている内に、俺たちは街の北側の外壁に到着した。
「うわ、すっごい魔改造されてますけど」
「あの迫撃砲……使えるのかしら」
見れば、元々は北側には無かったはずの迫撃砲が、二基北門の近くまで移設されている。
周囲に集まっているのは『エレノア商会』、『キャメロット』、そして『MT探索会』のメンバーだろう。
どうやら、迫撃砲の運用に関して議論を行っているらしい。
「恐るべき兵器であることは間違いないが……利用の検証と習熟には時間が足りんな。奴らと同レベルの運用なら何とかなりそうだが」
「固定砲台の定点爆撃でも、一応効果は有りそうだけどね」
「まあ、無いよりはマシだな。運用はあいつらに任せるが」
扱いも難しく、弾数も限られている兵器では、戦線維持の要にはなり得ない。
だが、多くの敵を屠れる兵器であることもまた事実。
ただでさえ手が足りない状況なのだから、有効活用するほかあるまい。
他にも、エレノアたちはかなりの数の防衛兵器を持ち込んできたようだ。
しかし、それらの設置や準備にはまだまだ時間がかかるだろう。
設備を整えるのも北側だけでは足りない。急ピッチで進められてはいるのだが、果たして敵が来るまでに間に合うかどうか。
「ま、そのためにも偵察か……行くぞ」
門の外に出てから、従魔結晶に戻していたセイランとシリウスを呼び出す。
シリウスはひたすら目立って仕方ないのだが、別に隠れながらの偵察というわけでもないし、問題は無いだろう。
俺たちがここを攻め落としたことはとっくの昔に気づいているだろうし、偵察に気づかれても今更の話だ。
「それで、まずはどっちの方に行きますか?」
「例の、デルシェーラが支配しているエリアの方角だな。エリザリットが来るとしたらそちらからだろう」
「……そのエリザリットと遭遇したらどうするつもり?」
「状況による。が……このタイミングでやり合うのもあまりメリットが無いし、適当に足止めして撤退する方がいいだろうな」
その場でエリザリットとの遭遇戦になった場合、俺たちは他の悪魔からの包囲を受けかねない。
流石に、他の多数の悪魔を相手にしながらエリザリットと戦うのは困難だろう。
故に、あまり本気で戦うことはせずに、適度なところで撤退することの方が望ましい。
仕留めるつもりの相手ではあるが、今は遭遇したくはないところだ。
「とにかく、北に行ってみるぞ。それから北東方向もだな」
「そっちもですか? 何かありましたっけ?」
「拠点は見つかっていないが、エインセルの支配領域がそちら側だからな」
先に戦ったグレーターデーモンなどは、恐らくエインセルの戦力だと考えられる。
そのため、次の戦いにも何かしらの手を出してくる可能性が高い。
それこそ、今度こそ本当の軍勢を連れてくる可能性も否定はできないだろう。
あの精鋭が軍勢になってくるというのは正直考えたくもない展開だが、あそこまで手を出しておいて沈黙を保つとも考えづらい。
恐らく、何かしらの干渉はしてくることだろう。
(そう考えると、どっちが主体で動いてくるのかっていう疑問はあるんだがな)
公爵級であるデルシェーラと、大公級であるエインセル。
普通に考えれば、階級にしても軍の運用能力にしても、どちらも上回っているエインセルが主体となると考えられる。
しかしながら、ここまで積極的な動きを見せていない大公級が、突然姿を現すとも考えづらい。
そう考えると、デルシェーラが動いてくるのではないかとも思えるのだが――そのデルシェーラにしても、エリザリットをけしかけるばかりで動きが見えないのだ。
とりあえずエリザリットが出てくることは間違いないだろうが、その上位二体の悪魔はどう動くだろうか。
「……分からん。なるようになれだ」
小さく呟き、嘆息を零し――俺は、セイランに合図を送って空へと舞い上がった。
ファムが想定している最も理想的な展開は、都市の防衛網を破られる前にエリザリットを倒し、その後出てきたデルシェーラを罠にかけることだろう。
そこまで上手くいくかどうかはともかくとして、何とかしてデルシェーラを引きずり出したいところだ。
今後の展開について、様々なパターンを考慮しながら北へと移動を続け――
「――クオン殿!」
――その途中に、人の声によって呼び止められたのだった。