573:都市制圧
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霧と迷路に閉ざされた街――その攻略のために意見を交換していた俺たちであったが、予想外の形で解決することとなった。
何と、アリスが一人で都市を封鎖していた悪魔を片付けてしまったのだ。
確かに好きにやっていいとは言ったが、まさかたった一人だけで悪魔を殺し切ってしまうとは。
もし、敵が侯爵級であったならば、ここまで都合よくはいかなかったことだろう。
相手が伯爵級一体のみ、しかも相性のいい相手であったからこそ、あっさりと攻略することができたのだ。
「それにしても、幾らお前さんの攻撃力でも、伯爵級はあっさり削り切れるものではなかったかと思うんだが……」
『ああ、即死を狙ったのよ。戦い始める前に、何度も《死神の手》を使って耐性を下げておいたから』
相手の即死耐性を下げる効果を持つスキル、《死神の手》。
このスキルを何度もかけ続ければ、高確率で即死を発生させられるようになる。
しかし、何度かこのスキルを試してみたが、それでも狙って即死を発生させるのは中々難しかったはずなのだが。
「確かに、即死が無効の敵以外には耐性を下げれば通じる可能性があるが……それでも狙って発生させられるもんだったか?」
『まだ試していなかったから確定じゃなかったのだけど、死毒を使ったのよ』
「死毒?」
このゲームの中においては初めて聞く単語に、思わず首を傾げる。
そんな俺の反応を通話越しに察したのか、アリスは僅かに笑い声を零しながら続けた。
『毒には三種類あって、通常の毒、猛毒、死毒に分けられているわ。麻痺とかはまた別系統ね』
「お前さんが普段使っていたのは猛毒だったか」
『そうそう、あれも十分強いのだけどね。でも死毒はそれとは違って、効果を発揮したら一発で相手を死亡させる効果があるのよ』
「……そんな強力なものがあっていいのか?」
『コスパがとんでもなく悪くて、しかも発動しなければ何の効果も発揮しない、そんな毒なのよ。とにかく使いづらいわ』
運が良ければ相手を一撃で殺せるが、悪ければただアイテムを無駄にするだけ。
何とも難しいアイテムだが――
「つまり、それも『即死』として判定されているということか?」
『確証はなかったけどね。でも、可能性はあると思ってたわ』
つまり、通常低確率でしか発生しない即死効果を、アイテムを使うことで高めていたというわけだ。
相手の耐性を下げ、アイテムで発生確率を上げて――それでも、まだ高い確率であるとは思えない。
『で、更に《トキシックエッジ》で複数毒を消費して効果を増幅、それでようやく発動させられる程度の確率だったわ。正直、前準備が面倒臭過ぎてもうやりたくないわね。効果は確かに高いけど』
「強力だとは思うが、そこまで面倒なのか?」
『さっきも言ったけど、コスパが悪いのよ。一つ作るのに結構面倒な素材が必要だし、購入するにもそれなりに高いわ。何しろ、効果が限定的だから作ってる人も少ないし』
流石の『エレノア商会』も、需要の少ないものはあまり製造していないようだ。
それなのに、使ったからと言って必ず効果が発揮するわけでもなく、しかも《死神の手》を使っておかなければ現実的な確率にはならない。
格上相手に使うのは、あまり現実的であるとは言えないだろう。
『今回は私一人しかいなかったし、まともに戦うのもリスクが高かったから。即死が刺さらなかった場合は、普通に戦うことになっていたでしょうけどね』
「上手くいって良かったな。何にせよ、成功したならそれに越したことも無い」
『そうね。今後も運用するかどうかはともかくとして、今回は良かったんじゃない?』
安定性に欠ける戦い方ではあったが、今回は時間との勝負だ。
最小の戦力で、最短の時間で街を攻略できたことは、今回の作戦においては大きくプラスに働くことだろう。
アルトリウスも、望外の幸運に喜色を浮かべていたようだ。
街を支配していた伯爵級悪魔が消えたことで、迷路と化していた街も元の状態に戻っているらしい。
更に、街に僅かに残っていた悪魔たちも、大体が潜入したプレイヤーたちによって無力化されているようだ。
門も既に開けられているため、街を制圧する際の障害はほぼ皆無だ。
『とりあえず、これで第一目標は完了ってことね?』
「そうだな。とはいえ、本番はここからだ。とっとと合流して、作戦を続行することとしよう」
今回は時間との勝負と言っているが、アリスが稼いでくれた時間もまだまだ十分という程ではない。
急ぎ準備を行い、来るであろう悪魔の襲撃に備える。
そのためにも、素早く事前準備を行うこととしよう。
* * * * *
本来都市を制圧するはずだった部隊が、特に何もしないまま内部へと入る。
いざ戦おうとしていた連中であるため、何とも微妙な様相であったが、勝ちは勝ちだ。
まあ、若干気まずい気分になっているのか、アリスは姿を隠していたが。
ともあれ、都市の制圧自体は成功した。その上で、都市を罠に変える方法については、ファムとエレノア任せであるためこちらから口出しする内容はない。
俺たち戦闘部隊は、敵が再び接近するまでは休憩だ。
(気になるのは逃げおおせた機動部隊だが……いや、追いかけようもないし、気にしても仕方のない話か)
大半の悪魔を殲滅することに成功したが、それでも一部の騎兵悪魔たちは逃すこととなってしまった。
可能であれば仕留めておきたかったのだが、流石に分散して逃げる騎兵を追いかけるのは困難だ。
残念ではあるが、そこは割り切るしかないだろう。
ともあれ、差し当たっての問題は、レベルが110になったことでスキル枠が一つ増えたことだろう。
何のスキルを取るべきか、次の戦いが始まるまでに決めなければなるまい。
(公爵級は微妙ではあるが、侯爵級までなら十分な火力は確保できているから、そちらはあまり問題はない。耐久なんぞ元から考えていないし、気にするだけ無駄)
一方、回復はどうかというと、こちらもあまり必要ではない。
今の俺は、常時かなりの量の回復効果を得ている状態である。
確かに、種族スキルを使っている間は回復魔法による影響を受けられないというデメリットはあるが、それを補って余りあるほどの回復量だと言えるだろう。
瞬間的な回復にしても《奪命剣》の系統を使えば済む話であるし、そこまで必要性の高いスキルとも思えなかった。
今の俺に足りていないものと言えば――
「……攻撃射程とかか?」
今の俺の遠距離攻撃は、基本的にテクニック頼りだ。
それ自体は構わない。攻撃魔法を持っていない以上、テクニックを使うしかないのは致し方のないことだ。
問題は、それを含めても長射程、広範囲の攻撃が少なすぎることだろう。
両方の要件を満たしているのは【咆風呪】ぐらいなものであり、他はあまり広く作用させることはできない。
最近の戦いの時のように、多数の敵を相手にするのも不便であるのだが、特に困るのは爵位悪魔が巨大化した時などだろう。
ディーンクラッドと戦った時もそうだったが、餓狼丸を解放しても攻撃射程が伸びるわけではないため、攻撃のために接近するのに苦労するのだ。
(ありと言えばありだが……さて、そんなスキルがあったかどうか)
尤も、スキルなどたまに覗く程度で、このゲーム内においてどれだけのスキルがあるのかなどまるで把握していないのだが。
その辺りは緋真かエレノアにでも聞くべきか――
「おいシェラート、ちょっとこっち来いよ!」
「だからそのあだ名で……っと、勢ぞろいじゃないか」
緋真はエレノアと話をしていたため、そちらに顔を出すかと移動しようとしていたのだが、それを遮る声がかかった。
その言葉からも誰が声をかけてきたかは明白だったが、その先にいた姿に思わず眼を見開く。
何故なら、そこには軍曹の他に、ランドたちやファムの姿まであったからだ。
彼らがいる場所は例の迫撃砲が設置されている場所だ。どうやら、例の兵器に関して調査していたらしい。
これについては、確かに軍曹たちは詳しいことだろう。
「……ふむ」
話ぐらいは聞いておいて損はないかと、小さく頷いて足を向ける。
さて、果たして何か新たな事実は判明しているのか。
できればアンヘルが暴れ出す前にこの場を離れたいと思いつつも、俺は軍曹たちに合流したのだった。