571:合流と強襲
書籍版第7巻が12/19(月)に発売となります。
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悪魔の群れを壊滅させ、更に街へと向かって逃げていく生き残りをセイランと共に追撃しながら、俺は周囲を見渡し目的の人物を探す。
基本的に、常に目立っているやつであるため、探すことにはそれほど苦労はしない。
比較的人の多い方向へと移動すれば、そこには探していたアルトリウスの姿があった。
「アルトリウス、状況は!」
「クオンさん! はい、今のところは予定通りです。このまま、街まで追撃して制圧を狙います!」
報告を受けていたアルトリウスも、どうやら状況は把握済みであるらしい。
とりあえず、現状では予定通りに事が進んでいる。
街の内部に設置されたゲートの破壊、そして誘き出された敵戦力の削減――これで、あの街に存在する悪魔の戦闘能力は大きく削られたことだろう。
懸念点であるグレーターデーモンにしても、全てを潰すには至っていないが、半数以上を倒すことに成功している。
現状見えている範囲の戦力だけならば、あの街の制圧も苦戦するようなことはないだろう。
問題があるとすれば――
「街の内部状況は?」
「南門付近を秘密裏に制圧しています。気づかれるのも時間の問題ではあると思いますが、それでも一部が門を通ってしまえばこっちのものですから」
「成程、できるだけ傷つけずに手に入れると」
俺たちがいるのは西側であるため、少し迂回は必要となってしまうが、今後の戦いを考えるとそちらの方がいいだろう。
この後悪魔が襲撃してくるとしたら、北側である可能性が高い。
少なくとも、人間に制圧されている南の方から攻めてくることはないだろう。
だからこそ、戦うのであれば南側がベストであり、その上でなるべく破壊しないように戦う方がいいだろう。
アルトリウスの言うように、内部工作で門を開けるのであれば、それに越したことはない。
「……とりあえず、内部に攻め入るところまではいい。爵位悪魔はどうなってる?」
「現状、確認はできていません」
俺の横をペガサスで並走するアルトリウスは、厳しい表情でそう口にする。
どうやら、アルトリウスは爵位悪魔がいることをほぼ確定であると考えているようだ。
「だが、今に至っても姿を現していないのか」
「異邦人が侵入していること自体には気付いているでしょう。ゲートを破壊したわけですからね。しかし、爵位悪魔ともなれば、潜入している人たちを警戒して出てこないというのも違和感があります」
アルトリウスの言葉に、俺は無言で首肯する。
今、街の中に潜入しているプレイヤーも精鋭ではある。
しかしながら、その性能は隠密に特化したものであり、爵位悪魔の討伐経験があるものは少ないだろう。
恐らく、正面切っての戦闘ができるのはアリスだけだ。そのアリスにしても、相性差というものが大きく出る構成をしている。
成長武器の能力を含めても、安易に打って出ることは難しいだろう。
尤も――逆に言えば、相性さえよければ大物さえも仕留め切れる能力をしているわけだが。
「……っ、ちょっと待ってください」
と、街に向かいながら状況を確認しようとしたところで、アルトリウスが表情を変える。
どうやら、何者かからの通話を受けているようだ。恐らく、状況からしてあの街に潜入しているプレイヤーか、或いは後方で準備しているエレノア辺りだろう。
果たして予想は当たっているのか、それとも全く別の要件なのか。
しかし、あまり優れないアルトリウスの表情からして、予想は中らずといえども遠からずといったところだろう。
短い時間で通話を終わらせたアルトリウスは、苦虫を嚙み潰したような表情で声を上げた。
「街の内部で異変が発生しました。霧が立ち込め、これまでになかった壁や扉が現れているようです」
「爵位悪魔の能力か?」
「恐らくは。単純な属性魔法ではない辺り、《化身解放》による特殊能力の可能性もあります」
「接敵していない内から早々に切り札を切ってきた……しかも能力は霧と壁。迷路を作る能力か?」
「恐らくは。そしてこの状況で迷路を作り出すということは、目的は時間稼ぎである可能性が高いでしょう」
これを行った悪魔は、俺たちを待ち受けるように能力を発動した。
すぐに援軍を得られない状況では、俺たちを迎撃する戦力などありはしない。
故にこその時間稼ぎ。援軍を待つためか、或いは少しでも時間を稼ごうとしているのか――どちらにしろ、あまり時間をかけられない俺たちにとっては都合の悪い状況だ。
「どうする? 何か手があるか?」
「上空から本丸を強襲できれば手っ取り早いですが……恐らく、そう簡単には行かないでしょう。一応、試してみて貰いたいとは思いますが」
「了解だ、それは確認しておこう。だが、それが不可能だったらどうする?」
「壁の破壊や乗り越えを含め、現地に行ってみないと分からないことが多すぎます。一応、いくつか選択肢を考えておきますが……それでも上手くいかないならば、人海戦術しかないでしょう」
どうやら、アルトリウスにもあまり余裕は無いらしい。
この後のことを考えると、確かにこんなところで時間は使っていられない。
あの街は、できる限り素早く制圧する必要があるのだから。
軽く嘆息し、俺はアルトリウスと同じように通話を繋げた。
「……アリス、聞こえるか?」
『聞こえてるけど、何?』
「状況はお前さんの方が掴めているとは思うが――好きにやっていいぞ」
通話越しに聞こえたのは、僅かに息を飲む音。
その表情は、実際に見ずとも容易に想像することができる。
彼女はきっと、不敵に歪んだ笑みを浮かべていることだろう。
『そう……なら、先にやらせて貰うわ』
淡々と、しかしどこか喜色を交えた声で返し、アリスは通話を切る。
さて、俺たちが辿り着くまでに、果たして状況はどのように変化しているか。
余裕をかましている暇などないが、できる限り良い方に転がることを期待しておくとしよう。
* * * * *
(さてと……どうしようかしら)
クオンからの連絡を受け、アリシェラは一人静かに思案する。
霧に包まれ、迷宮と化した都市。酷く視認性が悪い場所であるが、《看破》系統のスキルを持つアリシェラにとっては、そこまで苦労するような条件ではなかった。
問題は、それよりもこの力を発動した悪魔の方だろう。
(さっき、街の中央付近でちらっと見えた姿……大柄ではあったけど、人型のままだったわね。あれが変貌した姿なら、まだ勝ち目はある)
アリシェラにとって、相性が悪いのは大型の魔物だ。
特定の条件で高い火力を発揮するアリシェラであるが、逆に言えばその条件を達成できなければあまり力を発揮できない。
己の刃が通じるかどうかは、アリシェラにとって非常に重要な要素であった。
(とりあえず、最初の条件はたぶんクリアできてる。もう一つは、私がそいつのところに辿り着けるかどうかだけど――)
幸い、この霧と迷路が発生する直前まで、アリシェラは街の中央付近で身を潜めていた。
能力が発動する瞬間も目撃し、大まかな位置も把握することができている。
とはいえ、今は壁に遮られ、その姿を確認することはできないが――
(……援軍が到着するよりも、私が接敵する方が早いわね)
状況を改めて確認し、アリシェラは細く息を吐き出す。
――その口元に浮かんでいるのは、不敵な喜悦に歪んだ笑みだ。
(ターゲットがすぐそこにいる。ああ、本当に――こんな仕事は久しぶりだわ)
決意を固め、アリシェラは歩き出す。
まずは、敵の姿を確認する。その上で、殺すための手段を選択する。
その手順を確認しながら――アリシェラは、小さく告げた。
「――闇夜に刻め、『ネメ』」
同時、アリシェラの姿が影に消える。
そしてそれと共に、周囲に立ち込め始めたのは更なる濃霧。
完全に姿を隠したアリシェラは、音も無くその場を後にしたのだった。