570:挟撃
書籍版第7巻が12/19(月)に発売となります。
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とりあえず目先の強敵を片付けたため、俺はセイランから飛び降りて戦闘を続行した。
騎乗した状態でも十分戦えることは事実だが、やはり俺にしてもセイランにしても、単独で戦った方が強い。
俺という重りを外したセイランは、《纏嵐》の力を存分に発揮しながら周囲一帯を駆け回る。
その速さは、最早それ自体が武器であると言っても過言ではない状況だ。
少し触れただけで悪魔を引き裂き、薙ぎ払うその力は、ただの悪魔たちだけでなく、グレーターデーモンたちにとっても悪夢と言えるだろう。
何しろ、スピードの絶対値が違う。奴らの騎乗する虎の魔物では、セイランのスピードには絶対に追いつけないのだから。
(敵陣は混乱中……だが、流石にグレーターデーモンは判断が早いな。即座に撤退を選択したか)
森に身を隠していた奇襲部隊が攻撃を開始した瞬間、こちらを追ってきた悪魔の群れは大混乱に陥った。
元々指揮系統も何も無いような群れであるが、ここまで崩れてしまえばまともな戦いなどなりはしない。
この状況ではただ狩られるだけだと判断したか、グレーターデーモンは撤退を選択したようだ。
しかしながら、セイランの足止めを受けている状況では、それも満足には達成できないだろう。
「《奪命剣》、【咆風呪】」
とりあえず、他のプレイヤーが集まってくる前に【咆風呪】は使っておく。
広範囲に広がるこのテクニックは、容易に他のプレイヤーを巻き込んでしまうのだ。
一応、奇襲部隊の方は遠距離攻撃から戦闘に入っているようであるが、程なくして敵の集団に接触することになるだろう。
今の混乱している悪魔の群れが相手であれば、あの奇襲部隊は鎧袖一触で片付けていってくれるはずだ。
歩法――間碧。
【咆風呪】の効果によって脱力した悪魔たちの横を、擦り抜けるようにして通り抜けながら刃を走らせる。
無防備になった相手など、容易く刃を通せる程度の相手でしかない。
一つ、また一つと急所に刃を滑らせながら、俺は群れの内部へと足を踏み入れた。
「《練命剣》、【煌命閃】」
斬法――剛の型、輪旋。
大きく踏み込みながら、遠心力に乗せるように横薙ぎに刃を振るう。
それによって押し広げられた生命力の刃は、悪魔たちをまとめて巻き込み――複数の悪魔を、胴から両断する。
緑の血と臓腑を撒き散らしながら塵と化す悪魔たちに、何ら感慨を抱くことなく前へと進む。
動きに迷いのあるただの悪魔たちなど相手にならない。注意すべきは、下手な爵位悪魔並には戦えるグレーターデーモンだけだ。
「《奪命剣》、【呪衝閃】」
斬法――剛の型、穿牙。
突き出した餓狼丸の一閃は、長大に伸びる黒い槍と化して戦場を駆ける。
狙い撃つのは、セイランによって足止めされたグレーターデーモンの一体。
距離があるため、己が狙われるとは考えていなかったのだろう。グレーターデーモンは僅かに反応が遅れ――しかし、それでもギリギリで防御を間に合わせる。
グレーターデーモンは己の腕をバックラーのような形状に変化させ、俺の放った一撃を受け止める。
しかしながら完全に受け止めるには至らず、僅かに逸れた一撃が腕を抉ると共に、相手を騎獣の上から落下させた。
直後、咄嗟に他の悪魔がフォローに入ろうとするが、それはセイランによって妨害される。
俺が攻撃を行ったことで、セイランの矛先もまた定められたようだ。
歩法――烈震。
地が爆ぜるような音と共に踏み込み、距離を詰める。
落下したグレーターデーモンは、腕から血を流しながらも起き上がり、体勢を立て直している。
だが、抉れるような傷を負ったその左腕は動かせまい。そのためか、まずはこちらを迎撃するために魔法を展開してきた。
相手が地を踏みしめると共に、地面より金属の大棘が出現し、地に軌跡を描くように無数に突き出しながら襲い掛かる。
このタイプは迎撃がしづらいのだが――
「《蒐魂剣》、【断魔斬】」
青く輝く一閃を、俺は正面へと振り下ろした。
燐光を放つ刃の軌跡は、俺の体を貫こうとする鉄の杭を飲み込み――まるで幻のように消滅させた。
全ての杭が消滅する様を横目に見つつ、魔法を放った隙の数瞬でグレーターデーモンへと肉薄する。
対する悪魔も、右腕を剣へと変化させ、俺を迎撃するために振り下ろした。
上位の悪魔らしい、強大な身体能力に裏打ちされた一閃だ。 まともに受ければ、防御ごと真っ二つにされることだろう。
だが――
(速いが、歪だ。体そのものを変質させているから、動きに無理が生じている)
斬法――柔の型、流水。
刃を絡め、斜め後ろへと受け流す。
その刃に、即ち自らの腕に体を引かれる形となったグレーターデーモンは、半身を差し出すように体勢を崩した。
だが、相手が状況を理解するよりも早く、俺の刃は反転する。
「『練命破断』」
反応は追いついていないとは思うが、追い付いたとしても関係はない。
首を硬質化したとしても防げない防御無視の一閃は、体勢を崩したグレーターデーモンの首を断ち斬った。
崩れ落ちながら黒い塵と化すその体。しかし、それを見送ることなく、俺は残心と共に周囲の状況を確認した。
前方では、既に剣戟の音が耳に届いている。
精鋭を揃えた奇襲部隊にとって、陣容の乱れた悪魔たちなどただの獲物に過ぎない。
足止めが間に合わずに逃れたグレーターデーモンたちも、そんな彼らを避けて撤退しているため、奇襲部隊を阻むものは何もない。
結果として、機動部隊以外の退路は完全に塞がれた状態となってしまっていた。
(まあ、機動部隊にしても簡単に逃げられる状況じゃないがな)
遠目に見える姿に、内心でそう呟く。
俺の視界に映っているのは、奇襲部隊の先鋒を務めたラミティーズの姿だ。
彼女の駆るワイルドハントは、セイランほどではないが十分すぎる速度を有している。
純粋なスピード勝負においては、悪魔たちの使う騎獣はワイルドハントに勝てる点などありはしない。
というか他の点でも勝てはしないだろうが――ともあれ、セイランの警戒網から抜けられたとしても逃げられるわけではないのだ。
機動部隊も、全てが無事に撤退することは不可能だろう。
(そして後方は……あと少しってところだな)
後方に迫っている後続部隊は、悪魔の姿を目視した時点で駆け足に変わっている。
『キャメロット』はともかく他の連中は足並みを揃えられないだろうが、その数だけで十分な戦力になるだろう。
というか、俺たちと奇襲部隊だけでも十分に対処できているのだから、これだけの数の援軍はオーバーキルでしかない。
無論、あまり時間をかけていられる状況でもないため、援軍は十分に役に立つものであるのだが。
「ならば……シリウス! 雑魚は無視しろ、大物だけを狙え!」
「グルルルルッ……!」
俺の言葉を受け、シリウスの殺意が騎獣に乗る悪魔たちに収束する。
アルフィニールの悪魔を片付けるための戦力は十分だ。
後は、懸念材料である大物――即ち、グレーターデーモンのみである。
「ガアアアアアアアアッ!」
全身に魔力を滾らせたシリウスは、低く構えて《鱗弾》を使用する。
全てが鋭い刃であるシリウスの鱗は、まるで砲弾のように撃ち放たれ、何体もの悪魔を細切れにした。
それに耐えることができるのは、高い魔力と防御力を有する機動部隊の悪魔たちのみである。
そうして通行の邪魔となる悪魔たちをまとめて片付けたシリウスは、ルミナの援護を受けながら機動部隊へと突撃したのだった。
シリウスは、元々一体でグレーターデーモンの小隊を片付けた経験がある。
ルミナの援護がある以上、心配は一切必要ないだろう。
「逃がせば後で邪魔になる。ここで可能な限り潰させて貰うとしよう」
宣言し、刃を構えて駆ける。
雑魚は無視し、狙うはグレーターデーモンの部隊のみ。
元より勝ち戦の戦場、ここは早々に勝利を収めねばなるまい。
――後続部隊が追い付き、悪魔の軍勢を押し潰したのは、それから五分も経たぬうちの出来事だった。