569:奇襲作戦
グレーターデーモン率いる機動部隊は、移動力の面で通常の悪魔を大きく上回っている。
また、騎乗する悪魔たちはどれも精鋭であり、ただのデーモンですら中々の戦闘力を有している相手となるのだ。
それがアークデーモン、グレーターデーモンとなれば一筋縄でいく相手ではなくなってしまう。
こいつらを二部隊以上同時に相手をするとなると、俺でもかなり苦戦することになってしまうだろう。
このような、撤退しながらの作戦行動の場合はなおさらだ。時間をかければかけるほどこちらが不利になってしまうため、奴らに追いつかれないように撤退する必要がある。
(セイランなら余裕はあるが……他はそうも言っていられないか)
相手の騎乗する虎の魔物は、中々に足が速い。
緋真の強化したペガサスや、空を駆けるルミナと比べれば、流石にこちらの方が速いが――それでも、戦闘しながらでは話が別だ。
戦いに気を取られている状態では、とてもではないが最速での移動は不可能だろう。
故にこそ、奴らの足止めは俺が行う必要がある。
「《奪命剣》、【咆風呪】!」
餓狼丸より溢れ出した黒い風が、後方の部隊を舐めるように覆い尽くしていく。
とはいえ、追いかけてくる悪魔の総数からすればほんの一部でしかないのだが、それでもHPを削る役目は十分に果たしてくれる。
これで落馬でもしてくれれば楽なのだが、生憎と【咆風呪】には物理的な衝撃が無い。
脱力感によって動きが鈍ることはあるのだが、流石にそれだけで完全に動きを止めるには至らないだろう。
「流石に、直接攻撃できるほどに接近するわけにはいかんからな……セイラン!」
「クェエ!」
だが、俺が遠距離攻撃に向いていなかったとしても、セイランならば話は別だ。
《纏嵐》を発動していると、あまり複雑な魔法を使う余裕は無くなってしまうのだが、ここは発想の転換だ。
相手の足止めを出来るような魔法を発動しておけば、わざわざ制御の難しい《纏嵐》を使わずに済むのである。
追い付かれそうになったら使用して距離を保てばいいし、マージンも十分確保可能だろう。
「そこそこ離してきたが……まだか?」
今のところ、アルトリウスからの号令は聞こえていない。
尤も、わざわざこちらに直接届けずとも、あいつらが動き出せばこちらからも確認は可能なのだが。
隠れている部隊が動き出すのは、十分に奴らの戦力を釣り出すことができたと判断してからだ。
それが達成されたと判断した瞬間、潜んでいるアリスたちによって都市内のゲートを破壊、敵の増援を防いだうえで反撃に転ずる。
果たして、そのタイミングはいつになるのか。こちらは慣れているため余裕はあるが、いつまでも追い立てられるというのも性に合わない。
と――
「先生、前方! 見てください!」
「何を――っと、そっちが先に来たか」
こちらに声を届かせるため、大きく叫ぶ緋真の声。
それに従って前方へと視線を戻せば、遠くの方に無数の人影を確認することができた。
それは、決して敵の軍勢ではない。あれは、アルトリウスが追加募集した後続部隊だ。
(都市を制圧するための追加戦力、無理やり間に合わせたってことは手が空いていた奴らだけだろうが、制圧には数が必要……それを取り揃えてきたか)
本来ならば、今出てきている敵戦力は奇襲の部隊だけで片付ける予定だったはずだが、戦力が多い方が手早く済むことは事実。
だからこそ合流を急がせたのだろうが、既に到着するほどだったとは。
あいつは少し自分の人望を甘く見過ぎているのではないだろうかと思いつつも、俺は再び後方へと視線を向ける。
瞬間――遠雷のように、微かな爆発音が耳に届いた。
「……! シリウス、反転! 突撃しろ!」
「ガアアアアアアアアッ!」
俺の言葉に、待ってましたと言わんばかりにシリウスが咆哮する。
轟くその咆哮は、ただの叫び声ではなく《バインドハウル》のスキルである。
咆哮によって威圧するそのスキルは、レベルの低い敵が相手であればまとめて動きを止めるほどの力を有している。
尤も、強い魔物や悪魔相手には通じないのだが――それでも、敵の大半が動きを止めたことに変わりはない。
その群れへと向け、シリウスは全身に魔力を滾らせながら突撃した。
「緋真、グレーターデーモンを狙え! ルミナはシリウスと共に戦うんだ!」
「了解です、反撃と行きますか!」
「今の彼なら、傍で戦っても問題ありませんね!」
咆哮で動きを止めた悪魔たちを、シリウスは全身を使って蹂躙する。
そんなシリウスが囲まれぬよう、翼を羽ばたかせたルミナは一気に魔法陣を展開した。
光の雨が乱舞するその光景を横目に、俺は横からシリウスへと攻撃を仕掛けようとしていたグレーターデーモンの部隊へと突撃する。
暴風を纏うセイランは派手であるが故に、奴らもすぐにこちらの動きに気づいたようだが――生憎と、だからと言って回避しきれるような速さではない。
迎撃のために放たれた魔法を、セイランは大きく跳躍することで回避し、そのまま嵐を纏う剛腕をグレーターデーモンへと叩き付けた。
「ケェエエエッ!」
同時、その前肢より紫電が迸り、その一撃の破壊力を増幅する。
足元にいた虎の魔物は弾けるように叩き潰され――その上から、グレーターデーモンの体は地面を陥没させながら押し潰される。
しかし、それでもまだ、グレーターデーモンには辛うじて息があった。
「どれだけ頑丈なんだこいつは……!」
しかし、渾身の一撃を受けきられたとは言えど、セイランに油断などない。
翼を羽ばたかせてその場から跳躍したセイランは、援護のために飛来した魔法を回避しつつ、上空から幾条もの落雷を放った。
乾いた音と共に放たれた紫電の閃光は、雷の束となって悪魔たちを蹂躙する。
無論、奴らとて無防備に攻撃を受けるわけではないが――少なくとも、大きなダメージを負っていたグレーターデーモンに対処しきれるものではない。
セイランの放った雷は、体を起こす余裕も無かったグレーターデーモンの体を飲み込み、その衝撃の中で塵へと還した。
「手を緩めるな、こいつらに時間は与えん!」
「クェエッ!」
大物を仕留めたからと言って気は抜いていられない。
こいつらは、例え頭を潰されたとしてもすぐさま行動に移ることができるのだから。
兵士としては大変優秀な性質に舌打ちを零しつつ、俺はセイランへと合図を送る。
それに応え、セイランはすぐさま強化された《亡霊召喚》を発動した。
セイランの羽ばたきと共に召喚された灰色の亡霊たちは、悪魔たちに纏わり付きながらその力を削ってゆく。
威力は大きくないが、防ぐ手段が少なく、数も多い。中々に役に立つスキルであった。
(ルミナの方は問題なし、シリウスも適度に交代しながら戦ってるからダメージもあまり多くはない。緋真は――多少派手にやってるが、MPが持つなら問題はないか)
とりあえず、迫る悪魔の迎撃自体は問題ない。
戦力としては拮抗程度だが、後続の部隊が合流すれば難なく蹂躙できるだろう。
加えて――
「……動き出したか。さて、ここからはスピード勝負だ」
俺たちが退避してきたルート上、そこに横合いから襲い掛かるプレイヤーの集団。
アルトリウスの準備した奇襲用の精鋭部隊は、早速その力を発揮し始めたようだ。
既に悪魔の軍勢は混乱しつつあるが、それでもグレーターデーモンの部隊はまだ動き続けている。
まずは、こいつらをさっさと叩き潰す必要があるだろう。
(この集団を速攻で片付けて、あの街を占領する。問題は、あの街の守将が存在するかどうか――)
潜入している隠密班も、その存在はまだ確認できていない。
だが、これまでの経験上、少なくとも伯爵級は存在していると考えた方がいいだろう。
そいつを討伐するのにもあまり時間をかけている余裕は無いし、ここは急がねばならない。
小さく溜め息を吐き出しつつ、俺は再び着地したセイランを走らせたのだった。