567:工作と作戦
何とも慌ただしい段取りに、懐かしい感覚を覚えるのは職業病とでも言うべきか。
だが、あの頃も事前の作戦準備が不十分という状況はあまり無かった。
最初から勝てる算段を付けて、勝てる戦いを確実に拾ってきたというだけだ。
無論、全ての作戦を成功させられたわけではないが、それは最初から成功率が低いことが分かっていたし、撤退用のプランまで準備されていたため迷うことはなかったのだ。
一方で今回はというと、状況の不透明さゆえに現場での状況判断で作戦を変える必要が出てくる。
敵側の情報を手に入れる手段が限られているとはいえ、何とも厳しい作戦だ。
(いくら死んでも復活できるとはいえ……撤退用の準備すらできないとはな)
ファムに言わせれば、成功すれば莫大なリターンが得られ、そして失敗してもこちらの払うリスクは少ない。
例え敗北したとしても取り返しのつかないようなデメリットはないため、リターンの大きい賭けに出られるということだろう。
まあ、全く影響がないかと問われれば、それもまた否であるのだが。
(今後の戦いの行く末を考慮した上でのリスク管理なんぞ、俺には分からんからな……ファムにしろアルトリウスにしろ、何を考えているんだか)
本来であれば、アルトリウスはこのような作戦は行いたくなかったのだろう。
部下の前ではきっちりと感情を隠しているが、やはり慣れない状況に対する戸惑いは見て取れる。
それでも本気で作戦準備に取り組んでいるのは、そのリターンの大きさを決して無視しきれなかったからだろう。
今回の作戦における最大目標は、デルシェーラの討伐。そして最低でも、エリザリットの討伐までが目標に入る。
もしも最大の戦果を得られるのであれば、人間側にとっては大きな前進となるだろう。
(だからこそ乗らざるを得ない……少なくとも、エリザリットを仕留めなければこちらの拠点が脅かされ続ける)
奴は単独で動き、そして都市に大ダメージを与えるような攻撃を有している。
あれを野放しにし続ければ、人間側にとっては大きなマイナスだ。
時間稼ぎをされているようなものではあるが、こちらが力を蓄えている間、相手側も黙って見ているというわけではない。
こちらの成長を足止めされてしまえば、致命的なまでに戦力差を広げられてしまいかねないのだ。
じっくり時間をかけて力を蓄えればいいという意見も出たが、生憎とプレイヤーが利用できる狩場の人口密度は増してきている状況だ。
このままでは、多くのプレイヤーが碌にレベルアップができない状況が発生してしまうことだろう。
「……奴らは、それを理解してこんな戦況を作り上げたのか?」
ぽつりと呟いた自分の言葉に、小さく舌打ちを零す。
レベリングの必要がある以上、プレイヤーは常に前進し続けていなければならない。
それに対し、悪魔側はその前進するためのルートをあらかじめ構築した。
もしも、奴らがそれを狙って行っていたのだとしたら――指示したであろうエインセルは、どれほど恐ろしい存在なのか。
無尽蔵の軍勢を生み出すアルフィニールも、個で龍王すらも圧倒するヴァルフレアも、どちらも恐ろしい存在に変わりはないが――俺からすれば、エインセルの方が遥かに脅威であった。
「はぁ……何にしろ、やるしかないか。やるからには、最大の戦果を狙いたいところだ」
「その通りですね。だからこそ、できる限りの準備はしました」
俺の独り言を聞いていたのか、廊下の角から歩いてきたアルトリウスが、若干疲れた表情でそう口にした。
どうやら、ファムの無茶ぶりにあれこれ対応していたようだ。
「そいつは重畳だが、どうやって動くつもりだ? あの女が動いているとはいえ、簡単な話ではあるまい」
「いえ……どちらかと言えば、あの都市の奪還自体は簡単です。ファムさんの行った事前準備がある以上、それ自体は万に一つも失敗することはないでしょう」
アルトリウスは、平然とした様子でそう言い放つ。
その言葉に思わず眼を剥けば、彼は苦笑を零しながら言葉を続けた。
「こちらが即時招集できる戦力でそれが可能だと、彼女は既に見切っています。ですから、むしろ問題はそこから先なんです」
「俺たちがあの都市を制圧した後の、悪魔側のカウンターか」
「はい。相手がどこまでの戦力を、どれだけの早さで動員できるのか――そして、それまでにどれだけ迎撃の準備を整えられるのか。戦況がどちらに傾くか、現状では読み切れません」
「ふむ……まあ、お前さんなら最悪のパターンを想定しているんだろう。そうならないように粘るさ」
要するに、最も重要となるのは、制圧した後の防衛戦だ。
悪魔共を罠に嵌めるため、俺たちは本気で防衛を行わなければならない。
最初からあの都市を取るつもりなどないが、可能な限りの敵戦力を引き付けた上で罠を発動させなければならないのだ。
正確に言えば、ファムたちが罠を仕掛けるだけの時間を稼ぎ、その上で可能ならばデルシェーラを引き付けつつ罠に引きずり込めということだが。
(本当に無茶を言ってくれやがるな、あのクソアマ)
負けると分かり切っている防衛戦と、その後に待つ爵位悪魔との戦い。何ともまぁ、士気を保つのに苦労しそうな戦いだ。
俺でさえそうなのだから、アルトリウスは特に頭を悩ませていることだろう。
とはいえ、この条件ならば、タイミングさえ間違えなければエリザリットは何とかできるだろうが。
「アルトリウス、エリザリットは出てくると思うか?」
「まず間違いなく来るでしょう。クオンさんが出てきただけで分身を送り込んできたぐらいですから」
「問題は、本体が来るかどうかか?」
「前回からの期間を考えると、再び分身を送り込むには時間が足りないかと思います。エリザリット当人から情報を得たわけではないため、どうしても推測にはなりますが……本体が来る可能性は、十分にあるかと」
これで分身が来た場合には、分身を撃破した上で本体が来るまで粘らなくてはならないわけだが。
爵位悪魔が出現することを望むなど、何とも不思議な感覚である。
「それで、具体的な作戦はどうなる?」
「まずは、これまでと同じ方法で、敵を釣り出してください。迫撃砲のない、西の方角が望ましいです」
「俺たちだけでか?」
「はい。ただし、今回の目的はあくまでも釣り出し。敵戦力を都市から引き離すことが目的です」
俺たちは、これまでに何度も都市への攻撃を敢行し、悪魔を誘き出して戦いを繰り返してきた。
確かに、そのノウハウは誰よりも持ち合わせていると言えるだろう。
だが、その後の動きはこれまでと大きく異なってくるはずだ。
「敵戦力を十分に釣り出すことに成功した時点で都市内のゲートを破壊、敵の増援を防ぎます。その後、森側に潜めた部隊で釣り出した戦力を殲滅し、後続の部隊と合流しつつ都市の制圧を行います」
「……この短期間でよくそこまで準備できるもんだな」
「いえ、準備というには行き当たりばったりに過ぎますよ。敵戦力が少ないからこその力押しです」
やはり、アルトリウスとしては納得のいく条件ではないらしい。
とはいえ、都市の制圧自体は作戦の主目的ではないし、余裕をもって圧倒する力押しで問題は無いだろう。
頭を使わなければならないのは、その先の話だ。
「で、その後は?」
「制圧後は、ファムさん及びエレノアさんたちで都市内を改造します。仕掛けるトラップの計画書は上がってきていますが、まだ色々と改変は入りそうですね」
「あいつら、やるとなったらとんでもないものを仕掛けそうだな」
「それだけ、得られる戦果も大きいですからね」
言外に、奴らがとんでもないものを仕掛けようとしていることに同意しながら、アルトリウスは苦笑する。
その先の作戦を聞きはしたが、現状では詳細な作戦など立てられるものではない。
悪魔の反応によって、即応的に対処するしかないのだ。
「了解だ。心配は要らんだろうが、しくじるなよ」
「ええ、やるからには最大の戦果を。悩むのは作戦開始前まで――始まってからは、確実に対処します」
「ああ、期待してるぞ」
拙速な作戦になったが、その分だけ悪魔共はこちらの動きには気付いていまい。
まずは確実に、あの都市を落としてしまうこととしよう。