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564:旧友











 俺がファムと名乗るこの女と出会ったのは、国連軍の部隊に合流してから少し経った頃だった。

 軍曹がどこからかスカウトしてきた人材で、その横紙破りのせいであれこれ問題が発生したのである。

 まあ上から何を言われようが、軍曹はまるで気にしてはいなかったのだが――ある時、不自然なほどにぱったりと、その声が消え去ってしまった。

 当初は理解できなかったが、今ならば断言できる。まず間違いなく、この女が何かをしたのだろう。

 本名は不明、というか本人も覚えていないため、様々な偽名を使っていた。だが、部隊での通り名は金髪ブロンディー。何の捻りもない見た目からの通称であったが、それも一部は擬態であったのだろう。



「あー……つまりだな、この女は頭と股の緩い金髪クソビッチを装って国連軍に入り込んできて――いや頭が緩い以外は事実なんだが、あれこれとんでもないことをしていたわけだ」

「内容が曖昧過ぎて分からないんだけど」



 説明に窮する俺に対し、アリスは半眼でこちらのことを見上げてくる。

 先ほどの会議で、この女が只者ではないことは理解したようであるが、それはそれとして関係性を疑われているようだ。

 緋真については、もう既に露骨なまでの警戒心を露わにしている。尤も、ファムの方はそんなものは慣れっこであるため、暖簾に腕押しであったが。

 そんな様子に嘆息しつつ、頭を抱えながら続ける。



「どこまで喋っていいかが分からないんだよ。こいつはあまりにも機密情報に通じ過ぎているんだ」

「貴方が知ってること程度なら、事故が起こる(消される)までは行かないわよぉ。サムおじさん(合衆国)もそこまで暇じゃないわ」

「だからって、知らない方がいいことばかりなのは事実だろうが」

「それはその通りよねぇ」



 にやにやと笑いながら、ファムはそう口にする。

 逆に言えば、こいつは本当に消されかねないような情報をいくつも持っているということなのだが――藪をつついて蛇を出すこともあるまい。



「そうねぇ……私のことは基本的に、軍曹直属の工作員だと思ってくれればいいわぁ。悪魔相手にはハニートラップも通じないでしょうし、情報収集と作戦立案、それから破壊工作がメインになるかしらねぇ」

「……先生が認めているってことは、実力は本物なんでしょうけど」

「うふふ、どうかしらねぇ」



 にっこりと笑いながら告げるファムであるが、緋真の警戒心が解ける様子はない。

 まあ、この女の恐ろしいところは、何だかんだと言われながらもこちらに味方だと認識されることなんだろうが。



「ふぅん……貴方が、マスターの言っていた女の子かしら」

「マスターって、先代のことですか? 先生のお爺様の」

「そうそう。あの人から貴方のことはちょっと聞いてたのよぉ。シェラートは貴方のこと、絶対に手放さないだろうってね」

「あのクソジジイ……!」



 よりによってこの女に何てことを伝えてやがる!

 ――と、憤りはするのだが、それのお陰でこの女があまりちょっかいをかけて来なくなったと考えると、あまり文句も言えるものではない。

 ファムは相手の快不快を正確に見極め、どこまで踏み込んでも問題がないかと考えながら人と接している。

 つまるところ、相手に不快だと思われない距離感を保ちつつ、少しずつその距離を狭めてくるのである。だからこそ、俺たちも危ない相手だと認識しつつも、何だかんだと仲間意識は抱いているのだ。

 まあ、アンヘルに関しては若干ミスっているため、それも絶対ではないのだが――ファムに言わせれば、あいつらがじれった過ぎるのが悪い、ということであった。



「せ、先代がそんなことを?」

「そうよぉ。流石の私も、あの人の年の功には勝てないわぁ」



 俺が緋真に対して抱いている感情は、一部ではあるがジジイが俺に抱いていた感情に近いものがあるのだろう。

 この辺りは俺たち独特な感覚であるし、流石のファムにもそれは理解しがたい感情だと思われる。

 まあ、一々訂正するつもりもないし、そこは放置しておいて問題ないだろう。



「あの、先生?」

「はぁ……前に伝えている通りだ。おいファム、そのニヤニヤしたツラをやめろ」

「んふふ。貴方はランドほど頑なじゃなくて好きよぉ?」

「アンヘルに殴られても知らんぞ」



 憎まれ口を叩きはするが、まるで通じている様子はない。

 まあ、それも今更だ。部隊の仲間たちですら、この女に弄ばれなかったメンバーはそうそういない。

 そうやって遊ばれた連中も怒りこそするものの、コイツのことを恨むことはない。

 人心の扱いに長けている、相変わらず恐ろしい女だ。



「とにかく、俺はこいつとは何もなかった。ジジイが言い含めたおかげでな」

「そうそう、ちょっとお話したぐらいよねぇ」

「先生? 何を話してたんですか? ちょっと、先生?」

「おいクソビッチ、緩いのは股だけにしておけよ? それとも穴を増やされたいか貴様」



 詰め寄ってくる緋真を手で抑えながら殺気を飛ばすも、ファムは大笑いしているだけだ。

 しかも、コイツも決して嘘をついているわけではないのが始末に悪い。

 怒りを抱き、義務感ではなく自らの意思で人を斬り殺したあの日から、俺はこいつに幾度かカウンセリングのようなものを受けていたのだ。

 自身で精神制御は出来ていたつもりだが、少なくとも怒りとの付き合い方を学ぶことができたのは、ファムのカウンセリングによる部分が大きく影響している。

 あまり信頼しすぎるべきではない相手だと分かってはいるが、それでも恩があることは事実だった。



「ったく……わざわざ俺たちだけ呼び出したんだ、何か依頼があるんだろう?」

「そうそう。ちょっとそこのお嬢さんを貸して貰いたいのよぉ」

「アリスをか……まあ、アンタがやろうとしていることには相性がいいとは思うが」



 どうやら、ファムはあの都市を攻略するために、アリスを利用したいらしい。

 確かに、アリスの技能は潜入工作に向いており、ファムからしたら使い易い便利な技能になるだろう。

 ファムは知識面は頼りになるが、流石にこのゲームの世界においてはステータスやスキルのレベルによる影響を無視しきれない。

 ファム自身のレベルはそこまで高いわけではない辺り、どうやら軍曹は無理矢理ここまで連れてきたようだ。



「生憎と、今の私じゃ自分で仕事をするのは難しいからねぇ。代わりの手足が欲しいのよぉ」

「……だから、私の力を借りたいと?」

「シェラートが自分の仲間として認めているんだから、実力は十分だと判断してるわぁ。一応、『キャメロット』の似たような技能を持つ子たちにも声はかけてるけどねぇ」



 潜入、および破壊工作。それには綿密な下準備と情報収集が必要となる。

 だが、ファムが指定した時間はあまりにも短い。作戦を決行するには、素早い情報収集が必要なのだ。



「私が依頼したいのは、配信機能を用いた都市内の情報収集。貴方たちが実際に見た光景を見て、トラップの設営を立案するわぁ」

「映像記録ではなくリアルタイムな配信の理由は何だ?」

「どこを映して欲しいとか、こちらから指定したいからよぉ」



 何をどのように設置するつもりかは知らないが、ファムの必要とする情報にはそれだけの正確さが必要になるのだろう。

 若干の面倒はあるが、その提案自体は理にかなったものであるため、こちらとしても否はない。

 問題は、アリス自身がそれに応じるかどうかだろう。

 アリスは、未だファムのことを信用はしていないらしい。彼女は元から警戒心が強いタイプであるし、これまでの会話からもファムが厄介なタイプであると理解しているだろうから、まず信用はしていないだろう。

 実際、アリスは未だフードを深く被り、その奥から観察するようにファムのことを見つめている。

 だが、そんな警戒の視線など物ともせず、ファムは調子を変えることなくアリスへと問いかけた。



「それで、どうかしらぁ? 仕事、請けてくれる?」

「……仕事と言うなら、こちらへの報酬はあるのでしょうね?」

「あら、貴方は報酬で仕事をするタイプじゃないでしょぉ? まあ、『キャメロット』からシェラートへの報酬を用意して貰ってはいるけど」



 その返答に、アリスは僅かに身じろぎする。

 どうやら、全く想定していなかった返答であったらしい。

 アリスは元より俺に雇われている存在であるし、報酬は俺越しになるのも間違いではない。

 返答を聞いたアリスはしばし沈黙し――深く溜め息を吐き出して、俺を見上げつつ声を上げた。



「クオン、この仕事は受けた方がいいのね?」

「……そうだな。今後のことを考えると、やってくれた方が助かる」

「了解したわ、やりましょう」

「交渉成立ねぇ。詳しい話は後でまとめて送っておくわ。連絡先は前と一緒でいいでしょぉ?」

「ああ、変わっちゃいない」



 その言葉にクスクスと笑ったファムは、そのまま手を振りつつ踵を返す。

 あれこれ喋ってはいたが、時間は中々に逼迫している。彼女も忙しい状況だ。

 果たしてどのような作戦を立案してくるのかは分からないが、できるだけ協力しておくようにしよう。











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― 新着の感想 ―
[一言] なんならこういった立場でこのゲームに入ってきてるということは、現在現実世界においてトップクラスの機密事項であろう諸々をファムは知っているってことですもんね。恐らく師匠よりも詳しく、より政治的…
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