563:参謀の思惑
俺たちが幾度か戦闘を行ってきたあの街は、これまでと比べると確かに異質なものであるだろう。
何しろ、これまでには見られなかった武器や戦術など、様々な要素を持ち出してきているのだから。
だが、それをさっさと攻め落とせと言われると、また違った話になってくる。
流石に困惑を覚えるが、これを言い出したのはファムだ。人格は下劣の一言だが、コイツの能力は紛れもなく本物である。
その言葉は、決して無視できるようなものではない。
「理由を聞かせろ。何故すぐに攻める必要がある?」
「敵勢力が体よく利用しているだけだからよ。あの拠点、悪魔側に護る理由なんて無いでしょう?」
その言葉に、俺は思わず沈黙する。
俺たちの侵攻ルートからして、他に攻められる拠点はない。
悪魔側からすれば、高確率で奪われる拠点でしかないのだ。
軍略に優れるというエインセルが、それを理解できない筈がない。
「敵側は、我々の侵攻ルートを限定している状況です。その場合、相手側が取ってくるであろう方針は二つ。罠を張る、もしくは――」
「……時間を稼いで、後方の戦線を万全な状態に整えるか。或いは、その両方か」
「そういうことねぇ。つまりシェラート、貴方が本当にすべきだったのはあの拠点へのちょっかいではなく、その後ろにある敵本隊へのちょっかいってことよ」
「だが、補給拠点がない状況ではそれも不可能。だからこそ、速攻で落として敵本隊が体勢を整えるよりも先に邪魔をしろと」
だが、それには大きなリスクが伴うことだろう。
敵の本隊がどれだけ力を蓄えているか不明である以上、あの拠点を落とした直後にカウンターを受ける可能性もある。
その可能性を考えると、安易に攻め落とすことも難しいと思えるのだ。
「奴らが既に攻撃の準備を整えている可能性は?」
「残念ながら否定はできないわね。その場合は、敵はこちらが拠点を奪取した直後に攻勢を仕掛けてくるわねぇ」
「つまり本末転倒だろ?」
「逆よぉ。敵の本隊を、こちらの都合で最前線まで引きずり出せるってことじゃない」
ファムは、あっけらかんとした表情でそう口にする。
その言葉で、ようやく理解することができた。こいつはそもそも、あの拠点を拠点として使うつもりがないのだ、と。
「……あの街そのものを戦場にするつもりか」
「どの道誰も暮らしてないし生存者もいない、しかも立地からして守り辛く攻め易いとか……拠点として使う意味もないでしょぉ?」
相変わらず視座が違うというか、容赦のない作戦を思いつくものだ。
しかし、ファムの提案には一理あることもまた事実である。
あの拠点、例え奪取できたとしても、防衛することが中々に困難なのである。
申し訳程度に外壁はあるが、悪魔には簡単に乗り越えられる程度のものでしかないし、そもそも一部崩れていて補修が必要だ。
石板を用いた結界を張ればなんぼかマシになるだろうが、あれは上位の悪魔を抑えきれるものではない。
結局のところ、最終的に信用できるのは街そのものの防衛力なのだ。
(だからこそ、街として利用するのではなく、戦場として利用するか。囮を残し、敵本隊を引きずり込んで諸共爆散させるつもりだな)
そういったトラップの設置は、この女の得意とするところだ。
悪魔がどのように出てくるか、そこはまだ読めないが――こいつの想定通りに進むのであれば、確かに悪魔側に打撃を与えられるだろう。
「けど、敵軍にダメージを与える罠を仕掛けるにしても、早めに奪取しなければその準備を行うこともできないわぁ」
「だからさっさと攻め落とし、奴らが攻めてくるまでの時間を確保しろということか」
「そうねぇ。ついでに言えば、防衛で可能な限り時間を稼いで、例の公爵サマが出てくるまでは粘って欲しいわぁ」
「本気で防衛すればするほど、相手が騙される可能性が高まるってことか……それで、アルトリウス」
ここまでファムの話を聞き、俺は改めてアルトリウスへと視線を向けた。
いつも通りの澄ました表情ではあるが、若干苦いものが含まれているようにも思える。
ファムの作戦は、アルトリウスが普段取っているような選択よりも、よりシビアで効果的なものだ。
それは、アルトリウスも分かっていて、意図して避けていたようなものでもあるだろう。
果たして、それを採用するつもりがあるのかどうか――俺の意図を理解し、アルトリウスは小さく息を吐き出しつつ声を上げた。
「僕も、彼女の作戦に賛成します。正直なところ、このままあの街の奪い合いに発展するのはメリットが薄いと考えていました」
「珍しいな。出来るだけ被害が少ない形での作戦ばかり取ってきただろうに」
「ええ、その通りです。しかし、それは現地人との関係を考慮してのこと……既に生存者のいない街であるならば、そういった作戦も視野に入ります」
「成程。ま、お前さんがそう判断したのであれば否はないさ」
これまでのように、スマートな勝利を得ることは、今後難しくなるだろう。
戦争というのはそういうものだ。常に勝ち続けることはできないが故に、より効率の高い戦いを求められるのである。
アルトリウスとしてはあまり乗り気ではなさそうだが、やるとなれば本気で行うことだろう。
「方針が決まったのなら具体案だが……お前、どこまで口出しするつもりだ?」
「いつも通り、実際の戦闘は隊長に任せるわよぉ。でも、鍋の下ごしらえは細部まで口出しさせて貰うわぁ」
「だろうな……軍曹」
「分ぁかってるよ、手綱は握っとくさ」
この女を野放しにした場合、何をしでかすか分かったものではない。
軍曹が傍にいるなら無茶なことはしないだろうが、それでも注意は必要だろう。
今後の方針としては、できるだけ早い段階であの街を攻め落とし、更に拠点防衛を進める。
だが、この拠点防衛はブラフであり、本当の目的は街全体のトラップ化である。
街の各所に罠を仕掛け、本気で街を防衛しているように見せかけて敵の本隊を引きずり出す。
その上で街に誘引し、閉じ込めた上での撃破を狙う作戦――可能であればデルシェーラを引きずり込んで撃破すること。
更には、カウンターでデルシェーラの支配都市まで踏み込み、そこを奪取すること。
それが、全てを成功させた場合の戦果ということだ。
「了解した、こちらも準備しておく。だが、すぐに作戦行動に移れるのか?」
「あの街を奪取するだけであれば可能ですが、そこからあの街の防衛とトラップの準備を考えると……中々に厳しいですね」
「どんなトラップを作るのかにもよるわよ。防衛に見せかけるにも、本気でやるならうちのメンバーをかなり動員しないといけないわ」
作戦そのものには口出ししてこなかったが、建設や設営となると黙ってはいられないのだろう、沈黙を保っていたエレノアが眉根を寄せつつ声を上げる。
しかし、その彼女の発言に関し、ファムはにやにやとした笑みを浮かべながら声を上げた。
「後方のお城、随分と要塞化が進んでいるみたいだけど、今はそちらは緊急性は薄いわよねぇ?」
「聖王国のこと? 工期をリスケしろっていうの?」
「今は緊急時。そうした方がいいんじゃないかしらぁ?」
「……悪いけど、彼らはうちのクランに所属してはいるけど、その仕事を強制しているわけじゃないわ。動員募集はかけるけど、全員が乗ってくるとは思わないことね」
「ふぅん……ま、いいでしょ。何とかなると思うわぁ」
しかしこの女、エレノアとも相性が悪そうだ。
いや、こいつと相性がいい女性というのも、あまり想像がつかないのだが。
「正直に言ってしまえば、破壊される前提の建築っていうのは気が向かない。復興資材を使ってまでっていうのは尚更よ。でも……アルトリウス。貴方は、それが必要と考えるのね?」
「ええ、お願いできますか?」
「……ふぅ、貴方が断言するのであれば、否はない。商会の方でも、戦闘都市建築のメンバーに声をかけておくわ」
「急を要しますが、よろしくお願いします」
方針は決まった。ならばあとは動くのみだ。
中々にシビアな作戦になりそうではあるが、成功できればそのリターンはかなり大きい。
果たして、どこまでの戦果を得ることができるか。或いは、相手が上回るのか――この女の手腕に期待するのは癪ではあるが、全てはそこにかかっていることだろう。