556:分析、そして異変
「三度目の砲撃……やっぱり、場所はあまり変わらないようね」
「となると、やはり想像していた通りだったか」
攻撃を受けた場所をマップにマークし、アリスは小さく呟く。
俺たちは後方へと後退しながら追い縋る悪魔を倒し続け、同時に飛来する迫撃砲の砲弾を迎撃した。
結果として分かったことは、迫撃砲の砲撃地点が、前回戦った際と全く同じであるということだ。
「西側へ逃げた際は砲撃はなく、少数の機動部隊による追撃がメインだった。逆に、こちらは機動部隊の攻撃はなく、迫撃砲による攻撃のみ」
どうやら、逃げる方向によって対応は異なることは間違いないようだ。
であれば、その理由は何なのだろうか――単純に考えるだけでも、その理由はいくつか考えられる。
まず、方角によって守将が異なり、その対応の方向性も異なっている可能性。
それぞれ指揮する悪魔が異なるのであれば、対応が異なることも理解できる。
ただ、その場合は複数の爵位悪魔が防衛に当たっているということになるだろう。それが事実であるならば、中々に厄介な性質だ。
また、そもそも配置されている兵器の問題である可能性もある。
先ほどの砲撃地点からして、あの迫撃砲は定点爆撃しか行うことができない。
正確に言えば、角度調整による砲撃地点変更のノウハウがないのだ。
外見上では、あの迫撃砲は角度を変更することも可能だったように思える。
しかし、それでも砲撃地点が変わっていないということは、角度を変更して相手を狙い撃つという方法が使えないのだ。
(角度調整による砲撃ができないから、様々な方向へ向けて定点爆撃を行っているのか。であれば、その地点を割り出せれば迫撃砲は無力化できる)
まあ、今後もずっと角度調整ができないと決まったわけではないので、油断することもできないが。
だがこちらの方向に機動部隊による攻撃がないことは、迫撃砲による砲撃があるからこそであるとも考えられる。
何しろ、正確に打ち込むことができないため、機動部隊へ砲撃が命中してしまう可能性があるのだ。
グレーターデーモンが安易に消耗できない戦力であるとするならば、そうした慎重さも納得できる。
(総じて、稼ぐのであればこっちに逃げてきた方がマシだな)
西側に逃げた場合、機動部隊による追撃を受けることになるため、あまり多くの悪魔を狩ることはできない。
まあ、機動部隊を狩ることも可能であるため悪魔側にとっては痛手になるかもしれないが、相手の逃げ足も速いため全てを仕留め切れるわけではない。
総じて、南側で敵を引き付けつつ逃げた方がマシという結論になるだろう。
片付けるのに時間を要するグレーターデーモンがおらず、危険である迫撃砲への対策も容易。
こちら側の方が対処しやすく、稼ぎも楽ということになる。
まあ、戦っていて楽しいかと聞かれたらまた別の話であるが。
「とりあえず、定点爆撃しかできないのであれば、ここから先は安全だな。少し行ったところで足を止めて迎撃するか」
「了解です。いい加減、追いかけ回されるのにも飽きてきましたしね」
流石に、ここまで追いかけ回されるのにもフラストレーションが溜まってきている。
ここいらで反撃に移り、追ってきた悪魔共を狩らせて貰うこととしよう。
そう判断し、俺たちは爆撃地点から少し距離を離したところで反転した。
相も変わらず無秩序に襲い掛かってくる悪魔たちであるが、やはりある程度広がりながらこちらへと向かってくるようになってきている。
あれでは、範囲魔法でも巻き込める数は少なくなってしまうだろう。
「微妙に知恵が回るようになってきているのがな……」
「その分、接近戦では一度に攻撃してくる敵の数が減っているし、一長一短じゃない?」
「まあ、突破を考える場合には楽な相手ではあるんだがな。その辺り、きちんと状況に応じて使い分けるのかどうかは知らんが」
正直、そこまで詳細な指示は出せないのではないかと考えている。
何にせよ、一度迎撃すると決めたからにはやることは単純だ。こちらに来ている悪魔はすべて排除すれば問題はない。
とりあえず、見えている範囲にはグレーターデーモンの姿は無いが、別動隊として動いている可能性はあるし、そこは警戒しておくべきだろう。
そう考えて上空にルミナを配置しているのだが――降りてきたのは、警戒していた内容とは異なる言葉だった。
「お父様、北西の方から何かが近付いてきます! 強力な魔力の反応です!」
「……! こいつは――」
ルミナの言葉に、すぐさま意識を集中させる。
感じ取れたのは、強力な魔力と、その奥に秘められた強い殺意の気配。
それを確認し、俺はすぐさまスキルを発動させた。
「《蒐魂剣》、【断魔斬】」
そして、その直後――こちらへと飛来した魔力の塊は、真っ先に俺へと向けてその力を解放した。
まるで地響きのような、渦を巻く水の音。それは、一筋の奔流となって俺へと向けて殺到する。
その魔法へと向け、俺は躊躇うことなく刃を振り下ろした。
斬法――剛の型、中天。
真正面から振り下ろした一閃は、蒼い光の軌跡を宙に描き、そこに触れた魔法を消滅させ、吸収していく。
その魔法は、強烈な水の噴射に加え、氷の粒が中に含まれているような魔法であった。
これが引き絞られて高圧になっていれば、硬質な金属すらも切断するウォーターカッターになっていたことだろう。
「……こんな魔法は見たことがない。水と氷の混じった魔法――デルシェーラが手を貸しているというのは本当らしいな」
「ムカつく……何でもかんでもお見通しみたいな、そのツラ……剝いでやるんだから」
現れたのは、かつても目にしたエリザリットであった。
だが、その様子は以前とは完全に異なる。体の左側、首元辺りまでが透き通り、氷と化しているのだ。
その状態のままでも動いているが、若干動きは鈍い。さらに、以前はコロコロと変わっていた表情が、無機質な無表情と化してしまっている。
しかしながら、内に秘めた殺意は以前のまま――何やら、妙な状態になっているようだ。
「どうやら、また分身のようだな。馬鹿の一つ覚えみたいに――」
「――死ね」
どうやら、問答は無用ということらしい。
いや、そこまで細かい問答もできない状態ということか。
この状態の具体的な性質は分からないが、何にせよ応戦するしか道は無いようだ。
襲い掛かってきた氷交じりの水球を回避しつつ、俺は緋真たちへと声を上げた。
「お前たちはあっちの悪魔に対処しろ! こいつは俺が抑える!」
「了解です、気を付けて!」
俺の指示を聞き、緋真たちは悪魔の群れの方へと集中する。
少し不安はあるが、アルフィニールの悪魔のみが相手であればそれほど困りはしないだろう。
相変わらず、別動隊などには注意が必要だろうが。
こちらを狙ってくる魔法を回避した俺は、並走するようにこちらへと駆け寄ってきたセイランの背に跳び乗る。
流石に、相手が上空では、俺一人で戦うことは不可能だ。
「さて、追いきれるかな」
こちらへと向けて放たれる魔法であるが、セイランを捉えることは困難だ。
何しろ、上空では俺自身が振り落とされないようにするだけでも大変なのだから。
嵐を纏うセイランは、時折慣性すらも無視しているのではと思えるような急カーブを描きながら、エリザリットの魔法を回避しつつ雷の矢を放って行く。
(流石に、この状態で強力な魔法を使うことはまだ慣れていないか)
回避には十分なのだが、魔法攻撃にはあまり適していない状態のようだ。
流石に、この程度の威力の魔法では、エリザリットに十分なダメージを与えることはできないだろう。
尤も、物理攻撃になればまた話は別なのだが。
「よし……多少は慣れてきたか」
無茶な飛び方ではあるが、セイラン自身の癖が変わったわけではない。
体重移動のタイミングなども、以前と同じ感覚で行えばいいだけのようだ。
さて、であれば――
「仕掛けるぞ、セイラン」
「クェエ!」
基本的に遠距離で回避に徹していたセイランは、俺の言葉と共に動きを変える。
不規則な軌道を描きながら、魔法を放つエリザリットの方向へ。
遠距離戦ではなく、接近してでの物理攻撃を狙い、突撃を仕掛ける。
無論のこと、安易に近付けばこちらが撃墜されるのみだ。慎重に、かつ大胆に、この暴走する悪魔を追い詰めていくこととしよう。