552:連戦と報告
迫撃砲に関しての調査を終え、アリスからあれこれと報告を受けた後。
砲弾と思わしきアイテムの発見という、予想外の成果もありつつ、俺たちは再び都市への攻撃を敢行した。
と言っても、やはり距離的には届かなかったため、上空から撃ち降ろすような形の攻撃となったが。
おかげで少々手間がかかり、悪魔たちとの距離が近い状態で追いかけっこが始まってしまったが、最初から騎乗状態であったため距離を開けることはそれほど苦戦はしなかった。
尤も、問題は――
「手を変え品を変え……あれこれやってくれるものだな」
「毎度攻撃パターンを変えてくるわね。直接指示を出してる悪魔がいるのかしら」
「いる可能性は高いが、姿を現していない以上は出方も想像できんからな」
三度目となる都市からの攻撃。
相変わらず集団で襲ってくるアルフィニールの悪魔はいたのだが、今回はそれ以外の部分で毛色が違っていた。
昨日戦ったグレーターデーモンの率いる小隊、スレイヴビーストに騎乗する五人組三つがこちらに追い縋ってきていたのだ。
流石に、それらを相手にしながらアルフィニールの悪魔たちと戦うわけにはいかず、俺たちは騎獣に乗って高速で退避することとなってしまった。
(前回の時に、俺が小隊を発見したから、こいつらという手札を切っても問題はないと判断したのか?)
もしも、この悪魔たちが情報の秘匿を考慮した上で戦っているのであれば、この機動部隊は利用しても問題はないと判断したということだろう。
果たして、他にどれだけの手札があることか。攻める上では楽そうだと思ったが、この都市の攻略は思った以上に苦労することになりそうだ。
尤も、相手側がそれだけの準備を行っているということが分かっただけでもかなりの収穫であるが。
「先生、まだ反撃しないんですか!?」
「まだだ、十分に引き離してからにしろ! シリウス、お前ももうちょっと我慢だ!」
「グルル……ッ!」
現在、こちらを追い縋る悪魔たちからの魔法攻撃を撃ち落としながら逃げている状況だ。
やろうと思えば完全に引き離すことも可能なのだが、敵戦力の把握や削減のためにもこいつらは逃がさず仕留めておきたい。
的がでかいシリウスは何度か被弾しているため段々イライラしてきているようだが、ここは我慢して貰うしかない。
何しろ、機動力の高い騎兵だ。セイランならばそのスピードを容易に凌駕できるが、それでも後ろの集団を相手にしながらこいつらを相手に戦うことは厳しい。
そのため、あの徒歩の連中から十分に引き離す必要があるわけだが――さて、果たしてどこまで乗ってくれるものか。
(人間相手であれば挑発なりしてペースを上げさせるんだが、相手が名無しの悪魔だからな……)
こういうところについては、名無しの悪魔は厄介な存在であると言える。
単純な感情そのものはあるようだが、奴ら相手にはスキル以外の挑発はあまり意味がないのだ。
少しでもペースを崩してやれればある程度楽になるのだが、どうやらそう簡単にも行かなそうだ。
できれば一体も逃がさずに倒し切りたいところではあるが、果たしてそこまで上手くいくかどうか。
――グレーターデーモンたちが失速したのは、ちょうどそのタイミングであった。
「チッ……ルミナ、シリウス!」
「グルァアアアアアッ!」
正直なところ、もう少し距離を離してからにしたかったのだが、こいつらを逃がすのも頂けない。
そう判断した俺は、即座にルミナとシリウスをけしかけた。
ルミナの方は瞬時に《精霊召喚》を発動し、強化された精霊たちを後方の悪魔の足止めに向かわせたようだ。
これならば、奴らが追い付いてくるまでに多少の時間を稼ぐことはできるだろう。
「アリス、舌を噛まないように注意しろよ――セイラン、全速力だ」
「ケェエッ!」
俺の言葉に頷き、セイランは威勢のいい叫び声と共に、全身に黒い風を纏う。
その瞬間、一気にギアが変化したかのように、セイランの体は驚くべき勢いで加速した。
「ッ……!」
思わず振り落とされそうになる体を支えつつ、右手で背中から野太刀を抜き放つ。
どうやらアリスは動くどころじゃないらしく、俺の腰に全力でしがみ付いているようだが、それも仕方のないことだろう。
体重の軽い彼女では、カーブした際にそのまま吹っ飛んでいきかねない。
腰を締め付ける勢いでしがみ付く彼女のことはそのまま放置しつつ、俺は抜き放った野太刀を横向きに固定した。
「『生奪』」
反転し、一気に駆けだしたセイランは、その速度のままにグレーターデーモンの小隊の一つへと正面から突っ込んでいく。
連中もそれに反応して魔法を放ってきたが、あまりにも速すぎるが故に目標を誤り、見当違いの場所を貫いて行った。
その様を見届けながら、俺は擦れ違い様に野太刀の刃でアークデーモンの首を斬り飛ばした。
そのまま駆け抜けたセイランは、旋回するように軌道を変えながら再び相手へと向かって行く。
流石に、このスピードでは急激な方向転換はできないようだ。
(いや、セイランだけなら分からんか)
以前に戦ったワイルドハントは、空中で冗談のような機動力を発揮してみせた。
流石にあれは、空中かつ騎乗者がいなかったからこその機動力だっただろうが、セイランでもある程度近いことはできるのだろう。
それについては俺が乗っていないときに試して貰うこととして、まずはこの悪魔共を片付けなければ。
「《練命剣》、【命輝一陣】」
方向転換の際に一閃、まだこちらに視線を向けていない悪魔へと向けて生命力の刃を飛ばす。
地上であれば回避できていたかもしれないが、今は騎乗中。体の自由が利きにくい状況では回避しきれず、デーモンの一体が落馬することとなった――まあ、乗っているのは虎の魔物であるが。
命中した相手がデーモンであったため、【命輝一陣】でも致命傷に近いダメージを負っている。
あれならば放置していても流れ弾に当たって死亡することだろう。
こちらからの攻撃を受けた状況で、当然ながら悪魔たちも黙ってそれを甘受することはない。
奴らも即座に散開、こちらへの攻撃を開始した。
しかしながら、奴らの騎乗する虎の魔物では、とてもではないがセイランのスピードに追い付くことは不可能だ。
当然、こちらへの接近攻撃を行うには、俺からの攻撃に対してのカウンターを狙う他ないということになる。
「『生奪』」
当然ながら、それはこちらにとっても攻撃のチャンスである。
狙うは大物であるグレーターデーモン。体の一部を変貌させる能力を持つこの悪魔たちは、やはりその能力を用いてこちらに攻撃を仕掛けてきた。
作り出されたものは槍――それも、騎乗戦用の突撃槍だ。
その切っ先をこちらへと向けて駆けてくる悪魔であるが、速さはこちらの方が圧倒的に速く、故にそのタイミングも掴みやすい。
斬法――柔の型、流水・渡舟。
相手の刺突を野太刀の切っ先で受け流しながら、倒した野太刀の刃を相手の槍の上に載せる。
そのまま滑らせつつ放った一閃はグレーターデーモンの首を捉え――しかし、金属質な音と共に弾かれた。
ちらりと見れば、どうやら首そのものを変質させて攻撃を防いだらしい。
「器用な真似をしやがる……!」
残念ながら、このスピードで駆けるセイランの上では、刀を十全に振るうことは難しい。
グレーターデーモンもダメージを受けた様子ではあるのだが、やはり致命傷を与えるには程遠く、落馬すらしていない状態だ。
あの様子では他にも硬質化することが可能かもしれないし、馬上戦闘だけで倒すのは難しいだろう。
――工夫せずに戦うのであれば、の話だが。
「セイラン、もう一度だ、行くぞ!」
「ケェッ!」
俺の言葉と共に、セイランは力強く加速する。
その勢いに吹き飛ばされぬよう身を屈めながら、再び先ほどのグレーターデーモンへと向かう。
速度を殺さぬようにするためには旋回が必要であり、その時間でグレーターデーモンも体勢を立て直していたが、問題はない。
元より、先程と同じ動きをさせることが目的なのだから。
「『練命破断』」
斬法――柔の型、流水・渡舟。
先ほどの焼き回し、今度は相手もこちらの芯を捉えるように攻撃の軌道を修正してきたが、こちらが体の位置を変えたおかげで重心がブレ、攻撃に力が篭り切っていない。
故に逸らすことも容易であり、俺の刃は再びグレーターデーモンの槍を受け流しながら滑ってゆき――その首を、一閃で断ち斬っていた。
弱点に対する攻撃に防御力無視の性質を付与するスキル、《会心破断》。
これによる攻撃ならば、グレーターデーモンの防御を貫けるのではないかと踏んでいたのだが、案の定だった。
(戦闘能力は高いが、騎乗戦闘に慣れているわけではない。いや、普通に考えれば十分なレベルではあるが、その戦闘能力を活かし切れていないことは確かだ)
この分ならば、普通に地上で戦った方が強かっただろう。
無論のこと、こいつらの厄介な点はこの機動力であるため、完全な弱体化であるとも言いづらいのだが。
何しろ――緋真がもう一体のグレーターデーモンを仕留めたのと同時、この機動部隊全員が即座に撤退を選んだのだから。
「先生!」
「追撃はいい、退くぞ!」
セイランの機動力ならば、追い付くことは容易だろう。
しかし、奴らは他の悪魔の集団の方へと向かって逃げて行った。
あれを追いかければ、当然ながら他の悪魔も含めての乱戦となってしまう。
引き際というには若干遅かったが、それでも決して悪いタイミングではない撤退の判断であった。
「チッ……少し、対策を考える必要があるか」
あの機動部隊がいるとなると、都市への威力偵察が難しくなってしまう。
攻撃を加えるだけなら可能かもしれないが、その効果のほども微妙なところだ。
相手も精鋭部隊を削られることになるため、全く効果がないということはないだろうが、経験値的にはあまり美味しくはない。
どうしたものかと、頭を悩ませることになってしまったのだった。