545:反撃と迎撃
攻撃を受けた都市の中から溢れ出した悪魔や魔物は、遠くから見ると巣から溢れ出してくる昆虫のように思える。
別段虫が苦手というわけではないのだが、別に好いているわけでもなく、そのように捉えてしまうと何とも不快な様相だ。
まあ、悪魔自体が不快な存在であるため、そのように感じているのかもしれないが。
何にせよ、あれらは害虫に等しい。ひとつ残らず潰してやらねばなるまい。
「まずは引き撃ちだ。手数を増やし、相手の数を削れ」
「了解です」
敵の数は非常に多い。例の優秀な悪魔が含まれていることを考慮に入れた場合、あの集団を相手に正面から戦うことはリスクしかないだろう。
俺一人であれば潜り抜けることもできるかもしれないが、全員でとなると難しい。
やはり、ここは安全策を選んでいくべきだろう。
「さて……まずはお前たちだな。好きにやっていいぞ」
「はい、お父様!」
「クェエ!」
俺たちの中で、もっとも攻撃射程が長いのはルミナであり、その次にセイランが入る。
一応、シリウスも長射程の攻撃はあるのだが、どちらも消費が大きいし連発できるものではない。
安易に撃たせているとすぐにガス欠してしまうことだろう。
次いで、射程が長いのは緋真とアリスで、最後に俺となる。まあ、アリスの場合はそもそも威力があまり出ないので、遠距離攻撃にはあまり意味がないのだが。
一方で、俺は射程こそ短いが、火力はかなり引き出すことができる。まあ、遠距離攻撃できるテクニックはあまり多くはないのだが、【咆風呪】は結構な広範囲に放つことができるし、巻き込める数という点では十分だろう。
(どちらにせよ、俺の出番はまだ先だな)
一応何かする気はあるのか、アリスは取り出したクロスボウに先端の膨らんだ奇妙な矢を取りつけている。
何をしているのかと観察していると、その視線に気づいたアリスはにやりと笑ってそれを悪魔たちの方へと向けた。
クロスボウに設置された矢は、パシュという気の抜けた音と共に発射され――放物線を描きながら、悪魔の群れの中に落下する。
そして次の瞬間、群れの中に紫色の煙が発生した。
「ほう、毒矢か。専用のアイテムなのか?」
「私が作ったわけじゃなくて、普通に売り物だけどね。ダメージは発生しないからポーションにも使えるらしいわよ? 噴霧型限定だけど」
「ふむ……高いのか?」
「そりゃ、普通の矢に比べたらね。けど、資金を気にしなきゃならないほどじゃないわ」
実際、エレノアたちのお陰でかなり割引で購入は可能だ。
アリスもかなり稼いでいるだろうし、多少は特殊な消耗品を買ったところで資金が枯渇することはないだろう。
というより、金は余る一方だから、多少は散財した方が健全だ。
「まあ、それでも大量にあるって程でもないから、ポンポン使っていたら枯渇するけどね。特に毒の方が」
「そりゃそうだろうな」
一応、アリスが毒を生成する時間は取れるように調整はしているが、それでも大量生産できるわけではない。
特に、強い毒を生成するにはそれなりに時間がかかるようだし、それらはほぼ切り札として使用するレベルのものだ。
こうして投げ売りで使えるような毒はあまり多くないだろう。
しかし、見ている限りは同じ場所にしばらく滞留し続けるようであるし、あれだけの群れが相手であればそれなりの戦果を期待することができるだろう。
(まあ、アリスにやれることがあるならいいことか)
それほど効果があるわけではないのだが、相手の足止めにはなっている。
多少はHPも削れているようであるし、そうして弱った敵はルミナたちにとっては格好の得物だ。
その戦果を確認しつつ、俺たちは悪魔たちとの距離を保つように後退を続ける。
例の悪魔たちの動きを警戒する必要があるし、何より途切れず出現し続ける悪魔とは戦えない。
あの都市からの増援が来なくなるところまでは後退しておくべきだ。
そう考えながら敵の陣容を見渡し、俺は目を細めて声を上げた。
「……シリウス。あちらに向けて《魔剣化》を放て」
「グルッ!」
俺の指差した方向を見つめ、シリウスは威勢よく唸り声を上げる。
そして、特に疑問を覚える様子もなく、己の尾へと大量の魔力を集中させ始めた。
俺の指示の理由も多少考えてほしいところではあるのだが――まあ、その辺りは経験だろう。
「ガァアアアッ!」
シリウスは俺の指示通り、その先にいた悪魔の群れへと向けて《魔剣化》を放ち、射線上にいた悪魔たちを一刀の下に両断する。
防御力を無視し、不可視かつ即座に着弾するこの一撃は、防ぐことも回避することも困難だ。
例えエインセルの配下と思わしき悪魔たちであったとしても、その一撃に対処することはできないだろう。
血の海に沈み消滅する悪魔たちの姿を眺めつつ、俺は目を細めて黙考を続ける。
(今のは、またこちらを包囲するように部隊を分けようとするような動きだった。こちらの戦力を確認し、単純な数ではなく作戦を以て潰そうとしてきたか)
果たして、その辺りの判断能力がただの悪魔にあるのだろうか。
分からんが、やはりあの悪魔たちは油断ならない。
ここから見える範囲はまだ大丈夫だが、見えない範囲で何らかの動きを行っていても不思議ではないのだ。
「……やはり、増援の心配がないところまでは後退しなけりゃならんか」
あの街の中に爵位悪魔はいるのか。そして、あの優秀な悪魔たちの正体は何なのか。
その辺りの疑問も解消しておきたいところではあるが、そこまでは流石に高望みになってしまうだろう。
街の中まで踏み込まないことには、詳細に調査することはできないのだから。
そんな俺の考えを尻目に、ルミナとセイランは次々と魔法を放って悪魔たちを蹂躙していく。
対象がアルフィニールの悪魔であるならば、二人の攻撃によって容易に粉砕することが可能だ。
空を舞う個体は降り注ぐ雷によって撃ち落され、地上を進む者たちは撃ち降ろされた光の柱に押し潰されるように爆散する。
惜しげもなく放っているようにも見えるが、ルミナもセイランも己の限界はきちんと把握しているため、一定量を切らない程度には加減をしているようだ。
シリウスにもこの辺りの感覚を身に着けてほしいものではあるのだが、まだまだ経験が浅いのだろう。
「シリウス、ブレスだ」
「ガアアアアアアアアアッ!」
敵の数が多いため、節約しながらの戦いではどうしても抑えきれなくなってしまう。
その辺りで放ったシリウスのブレスは、悪魔の群れを一気に蹂躙して吹き飛ばした。
その威力は非常に強大であり、斬り刻まれた悪魔の手足が舞い上がって吹き飛んでいくほどだ。
しかし、それでも群れの総数と比較すれば氷山の一角に過ぎない。
ほんの数秒敵の侵攻を押しとどめることはできるが、その程度の効果でしかないのだ。
「やはり、そうそう容易い話にはならないか」
急いで後退すれば追い付かれずに済むが、そうすると敵の数が減らない。
その状態で敵に囲まれることは避けたいし、なるべく削りながら下がった方が稼げるのだ。
まあ、稼ぎ云々はともかくとして――
「そろそろ出番だぞ、緋真」
「分かってますよ。まあ、もうちょっと密度が増えない内は何とかなりそうですかね――《オーバースペル》、【インフェルノ】」
嘆息交じりの緋真から、灼熱の炎が放たれる。
単純に炎を放つだけの魔法ではあるのだが、その威力は他の魔法に比べても段違いだ。
それに飲み込まれた悪魔たちは蒸発するように消滅し、群れにはぽっかりと穴が開く。
シリウスのブレスよりは流石に小規模であるのだが、それでも十分すぎる火力であろう。
(反撃に移るには、もうちょっと距離が必要だな……だが、あと少しだ)
前回戦った際に、どれだけ後退すれば都市からの追撃が無くなるのかは確認している。
今回は都市に対して攻撃を仕掛けているため完全に同じであるとは言い難いが、それでも一つの目安にはなるだろう。
そこまで後退出来たら、俺も反撃に出ることとしようか。
小さく笑みを浮かべつつも、俺は全体の動きを確認し続ける。
果たして、今度は予想外の手に出てくる悪魔は存在するのか――警戒は絶やさずにいることとしよう。





