055:砦の行く末
翌日、用事を済ませてログインすると、耳に届いたのは鋭く空を斬る音だった。
目を開けてそちらを見てみれば、そこにあるのは二人の姿。
どうやら、木刀を振るうルミナを、緋真が指導している様子だ。
その様子を観察して、俺は思わず眼を見開く。ログアウトする前と比べて、ルミナの素振りが随分と上達していたからだ。
足の力の入れ方、そして太刀筋と刃筋の立て方。体重移動に至るまで、見違えるほどに向上している。
ゲーム内の時間では、およそ二日とちょっとが過ぎているはずだが――それを考慮したとしても、これは並の成長速度ではない。
レベルアップによる成長を挟んでいないというのに、これほど成長するとは思っていなかった。
(スプライトがそういう種族なのか……あるいは、ルミナ本人の熱意によるものか。どちらにせよ、これは想像以上の逸材だ)
緋真には及ばぬとは言え、これはかなりの才能と呼べるだろう。
やはり俺自身で指導できぬことを惜しく思いつつ、俺はゆっくりと体を起こしていた。
途端、俺に気づいた緋真が緩く笑みを浮かべて声を上げる。
「待ってましたよ、先生。どうですか、ルミナちゃんは」
「ああ、正直驚いた。門下生のガキ共もこれほど素直に成長してくれるならな」
「最初の矯正が一番大変ですからねぇ……」
何しろ、子供というのは堪え性が無い。
礎礼や素振りと言った、基礎の基礎と呼ぶべきものの指導を行っていると、すぐに飽きてしまうのだ。
まあ、それで投げ出そうが何だろうが、指導方法を変えることはないが。
そこで辞めてしまうような根性無しであれば、結局大成することはない。時間を割くだけ無駄というものだ。
だが、ルミナは単調な修行でも嫌がらない上に、人の目が無くともきちんとこなしている。
その上、この吸収速度だ。これは教える側にも力が入るというものである。
「素振りの微修正はしました。礎礼の方は、かなり上達してますね。次にレベルアップしたらもう十分だと思います」
「……でも、あっちはできなかった」
褒めちぎる緋真に対し、ルミナはどこか不満げだ。
少々落ち込んだ様子で視線を向けているのは、垂直に立ててある木の棒。
やはり、竹別を覚えるのには時間が足りなかったようだ。
と言うより、二日かそこいらでできてしまっては、俺たちの立つ瀬が無いのだが。
「ふむ。それなら、ちょっと見せてみろ。今はどんな具合なんだ?」
「ん……」
こくりと頷いたルミナは、立てられた棒の前に移動し、すっと整息して構えていた。
まだ、全ての動きが十分とまでは言わないが、それでも構えそのものはかなりこなれてきている。
少なくとも、その辺の素人プレイヤーよりはよほど隙なく構えられているだろう。
そしてそのまま、ルミナは木刀を振り上げると、鋭い呼気と共にその一刀を振り下ろしていた。
「ふっ!」
ルミナの一閃は空を裂き、真っすぐと振り下ろされ――棒に衝突し、真っ直ぐと奥に向けて弾いていた。
そして、反動で戻ってきた棒はルミナの木刀に再度衝突し、その表面を滑って側面へと身を落ち着かせる。
一通りその様子を観察し――俺は、言葉を失っていた。
まさか、二日三日程度の修行でここまで練り上げるとは、思ってもみなかったのだ。
「……緋真。お前、今度から師範代たちに代わってガキ共の面倒を見るか? いきなりここまでできるなんざ、前代未聞だぞ?」
「いやいやいや、師範代たちに怒られるから止めてくださいよ。それに凄いのは私じゃなくて、ルミナちゃんですって」
慌てて首を横に振る緋真の言葉に、俺は乾いた笑みを返していた。
確かに、今のルミナの一閃は、竹別としては失敗しているだろう。
あれには、絶妙な力加減と、状況に応じた手元の微修正が必要になるのだ。
そんなものは、経験のない初心者にできる代物ではないし、縦に振り下ろして棒に当てられるようになるだけでも及第点だと考えていた。
棒の直径はおよそ3センチ、刃筋を制御できていない素人では、当てることすら難しい。
ましてや、その真芯を捉えて、滑らずに押しやるなど……門下生たちでも、半数は時折失敗することだろう。
それを、少し学んだ程度の子供が成し遂げるなど――
「えっと……おとうさま、おねえさま?」
「ルミナ、こいつは大したもんだぞ。まさか、ここまで上達しているとは思わなかった」
「そうそう、私も驚いたよ。一晩――じゃなくて二日ぐらいか。でも、そんなあっさりとできるようなことじゃないよ、これは」
だが、この正確な剣閃は非常に好ましい。
狙った場所に正確に打ち込むことは、斬法を扱う上で必要不可欠な技能だ。
よほど優れた感覚を持っていない限り、これを正すのにはかなりの時間を要する。
コンマ以下の単位の修正となると、それは最早我々剣士にとっての人生の命題と言っても過言ではないだろう。
これがルミナの直感によるものであるならば、それは非常に好ましいことだ。
「わたし、うまくいかなかったけど……」
「この短期間じゃ、それはさすがに無理な話だ。ここまでできたのはむしろ上出来だ」
「これはこの後も期待ができますね、先生」
その言葉に同意しながら頭を撫でてやれば、ルミナはようやく、嬉しそうに顔を綻ばせていた。
驕るべきではないが、褒めるべき点は誉めなければなるまい。
ようやっと上機嫌になったルミナの様子に苦笑しつつ、俺は部屋の片づけを始める。
まあ、ルミナ用の木刀は本人に持たせておいてもいいだろうが――
「さて。緋真、俺はこの砦の兵士と話をしてくる。お前はルミナを連れて、庭で流水の練習をしてこい」
「え、もう流水ですか?」
「打ち合いと受け流しの経験なく、竹別は完成しないしな。あそこまで行けたのなら、そちらも練習しておいた方がいいだろう」
「あー……それもそうですね、分かりました」
いきなりここまで成長しているとは思わなかったので、少々計画が狂ってしまった。
とはいえ、先に進んでいるのであればむしろ好都合であると言える。
次に教えるのは柔の型の基礎である流水。久遠神通流の戦いにおいては、最も重要な業であると言える。
二人で練習できるのであれば、まず覚えるべきはこの流水だろう。
「その身長差ではちょいとやり辛いかもしれんが、頑張れよ。じゃ、後でな」
「はい、先生」
「いってらっしゃい、おとうさま」
見送る二人に手を振り、俺は部屋の外へと出ていた。
目指す先は、この砦の指揮官と思われる人物がいる場所。
そのために――まずは、そこらにいる兵士を捕まえることから始めるとしよう。
* * * * *
「いや、済まないな。末端までは話が通っていなかった」
「こちらとしても、突然押し掛けてきた身でした。部屋を貸していただけたのに、それ以上の贅沢を言うつもりはありませんよ」
兵士たちに話しかけ、何故部外者が砦内にいるのかという話になり、ごたごたとすること十数分。
ようやく事態を把握した騎士によって、俺はこの砦の指揮官の部屋まで通されていた。
これだけの規模の砦を任されているのだから、それなりに立場のある人間だろう。
権力に偏った存在であったらどうしたものかと思っていたが――どうやら、この人物は実力で選ばれた指揮官であるようだ。
「ようこそ、ノースガード砦へ。私の名はグラード……グラード・セプテンスだ。この砦の指揮官を務めている」
「俺はクオン、しがない異邦人の一人ですよ。挨拶が遅れて申し訳ない」
「なに、こちらが呼びつけた身だ。しかし、『しがない』などとは謙遜するものだな。君の話は既に団長殿から聞いているとも」
くつくつと笑う指揮官、グラードの言葉に、俺は軽く肩を竦めて返していた。
まあ、王都では色々と大立ち回りを演じてしまったのだ。
騎士団長から色々と伝わっていても不思議ではないだろう。
「さあ、座ってくれ。片付いていなくて悪いがな」
「いえ、状況が状況ですから」
悪魔の襲撃は、そう遠い話ではない。と言うより、もうかなり間近に近づいてきているだろう。
この砦とて、無関係でいられる筈は無い。
何故なら、悪魔の襲撃はこの世界の全域で発生するからだ。
我々異邦人が肩入れできるとは言え、このように離れた場所を守護する余裕があるとは思えない。
まず、防衛力は王都に集中することになるだろう。
「さて、俺に聞きたいことがあるという話でしたが?」
「ああ。勿論、悪魔どもの話だ」
グラードは、視線を細めてそう口にする。
予想通りと言えば予想通りだ。拠点を預かる者が、これから起こる問題を無視できるはずもない。
問題は、そんな状況に置かれた彼らが、どのような対処をするのかということだ。
「悪魔の襲撃については、我々も既に聞き及んでいる。問題は、この砦における対処だ」
「ふむ……と言うと?」
「率直に聞こう。君は、我々がこの砦を護り切れると思うかね?」
中々、言いづらいことをはっきりと聞いてくる御仁だ。
思わず小さく嘆息して、視線を細める。
この砦の指揮官である彼にとっては、確かに死活問題なのだ。聞きたくなる気持ちも分からないではないが――まさか部外者にそのようなことを聞いてくるとは。
とは言え、俺が悪魔の戦闘能力を身を以て経験しているのは事実。
それを基に情報を纏めようとするのは、悪い判断ではないだろう。
「貴方の実力、そしてこの砦の兵士たちの練度……それらを加味して、半々以下と言った所でしょう」
「……はっきりと言ってくれるな」
「誤魔化しの言葉など、求めてはいないでしょう」
苦い表情のグラードに、俺は肩を竦めてそう返す。
この砦の兵士が結構優秀であることは、彼らの動きを見ていれば分かる。
並の魔物相手であれば、苦労せず撃退することができるだろう。
だが――正直なところ、悪魔の戦力は未知数だ。
「正直な所、未知数の部分が多すぎて何とも言えないが……爵位級が現れる可能性はかなり高いでしょう。数も不明だが……軍勢を相手にする可能性は十分にある」
「……確かに、分が悪いな」
「そして、もしも敗北すれば、離れた位置にあるこの砦の人員は間違いなく全滅する。文字通りの、皆殺しという意味で」
ゲリュオンや、デーモンナイトと相対した時のことを思い返し、俺はそう口にする。
奴らは人間を敵視している。どのような理由なのかは知らないが、人間を生かす理由は無いだろう。
捕虜にされる可能性は低く――王都から離れたこの砦では、一人残らず殺される可能性は高い。
「差し出がましいことではありますが、俺は撤退すべきであると進言しましょう」
「……我々に、この砦を放棄しろと?」
「この砦の目的は、あくまでも国境の監視である筈だ。であれば、悪魔に対してこの砦を用いる意義はそこまで強くはない」
「しかし、砦を奪われれば――」
「厄介であることは事実。だが、貴方がたという戦力を王都の防衛に用い、その後砦の奪還に動いた方が、結果的に被害は少なくなるだろうと判断しました」
まだ、悪魔という戦力の性質については把握しきれていない。
であれば、慎重に動いた方が後々の行動の幅も広がることになるだろう。
とは言え、軍の行動に口出しできるわけではない。俺にできるのは、この提案までだ。
「どのように動かれるかは、そちらにお任せします。俺に言えることは、悪魔の戦力は大きく見積もるべきである、ということだけですので」
「……承知した。こちらでも、検討してみることとしよう」
グラードも、納得し切れてはいない様子だった。
だが、意見を求めてきたのは彼の方であるし、俺の言葉を頭ごなしに否定することは出来ないだろう。
俺としては撤退して欲しい所ではあるが、それを決めるのはあくまでも彼らだ。
「ありがとう、参考になった」
「いえ、大したお役には立てず、申し訳ない」
「まさか、貴重な意見だったとも。できれば、また会えることを祈ろう」
どこか懐かしさを覚えるような、グラードの別れの挨拶。
その言葉に、俺は僅かに視線を伏せながら頷いて、この部屋を辞去していた。
■アバター名:クオン
■性別:男
■種族:人間族
■レベル:18
■ステータス(残りステータスポイント:0)
STR:19
VIT:16
INT:19
MND:16
AGI:12
DEX:12
■スキル
ウェポンスキル:《刀:Lv.18》
マジックスキル:《強化魔法:Lv.13》
セットスキル:《死点撃ち:Lv.13》
《MP自動回復:Lv.8》
《収奪の剣:Lv.10》
《識別:Lv.13》
《生命の剣:Lv.12》
《斬魔の剣:Lv.5》
《テイム:Lv.6》
《HP自動回復:Lv.7》
サブスキル:《採掘:Lv.1》
称号スキル:《妖精の祝福》
■現在SP:18
■アバター名:緋真
■性別:女
■種族:人間族
■レベル:21
■ステータス(残りステータスポイント:0)
STR:22
VIT:14
INT:19
MND:17
AGI:14
DEX:14
■スキル
ウェポンスキル:《刀:Lv.21》
マジックスキル:《火魔法:Lv.15》
セットスキル:《闘気:Lv.16》
《スペルチャージ:Lv.9》
《火属性強化:Lv.12》
《回復適正:Lv.8》
《識別:Lv.13》
《死点撃ち:Lv.11》
《格闘:Lv.14》
《戦闘技能:Lv.14》
《走破:Lv.12》
サブスキル:《採取:Lv.7》
《採掘:Lv.4》
称号スキル:《緋の剣姫》
■現在SP:20
■モンスター名:ルミナ
■性別:メス
■種族:スプライト
■レベル:5
■ステータス(残りステータスポイント:0)
STR:13
VIT:11
INT:27
MND:19
AGI:15
DEX:14
■スキル
ウェポンスキル:なし
マジックスキル:《光魔法》
スキル:《光属性強化》
《飛翔》
《魔法抵抗:大》
《物理抵抗:小》
《MP自動大回復》
《風魔法》
称号スキル:《精霊王の眷属》





