541:氷塊破壊作戦
さて、あらためてあの氷の塊改め、エリザリットの分身を破壊する作戦に移ったわけだが――正直、分かっていても中々に面倒な相手ではある。
元々が侯爵級の分身、しかもデルシェーラが手を貸しているというだけあってか、攻撃力は中々に高い。
タンクのプレイヤーであれば十分耐えられる程度のものであるのだが、それ以外や建物に対する攻撃力は無視しきれるものではない。
自動的に反撃してくるその攻撃は、それなりに厄介なものではあるのだ。
一方で、破壊そのものも中々に困難である。
物理的な攻撃は通じてはいるのだが、ダメージになっているかと問われれば首を傾げざるを得ない。何しろ相手は魔法であるが故に、物理攻撃が意味を成しているのかどうかは不明だ。
逆に有効な攻撃手段は、《蒐魂剣》のような魔法破壊系のスキルになるだろう。
しかしながら、接近しなければ利用できない類の魔法破壊スキルは、当てることは困難であると言わざるを得ない。
何しろ、この氷塊は自動的に反撃してくるのだ。近寄れば近寄るほど、反撃に対する対処は難しくなることだろう。
結果として、アルトリウスが出した結論は酷く単純なものであった。
「これ、本当に何とかなるのか?」
「彼女の話を総合すれば、可能性は高いかと思います」
街の外壁の上で修復の終わった氷の塊を見上げながら、アルトリウスの言葉に耳を傾ける。
動員できる『キャメロット』のメンバーを招集した彼は、そんな数々のプレイヤーを外壁の上に配置した。
また、『キャメロット』以外のメンバーも募集されており、集まってきたのは全て遠距離の魔法破壊スキルを持つ者たちだ。
つまり話は単純で、遠距離攻撃でひたすらエリザリットの氷を削り取ろうという作戦である。
「まず、接近して魔法攻撃スキルを当てるには、かなりの危険が伴います。何しろ、至近距離で反撃を受けることになりますので」
「まあ……それはそうだろうな。俺でも中々難しそうだ」
セイランの機動力を用い、一撃離脱を試みることは可能かもしれないが、それでも確実に成功するとは言い難い。
できるだけ遠距離での攻撃を行う方が望ましいことは事実だろう。
「ですが、遠距離でも結局反撃は受けることになります。その際、ある程度場所が定まっていた方が防ぎやすいです」
「それで、一ヶ所に集めてきたってことか」
「はい。攻撃を防ぐこと自体は難しくはないと思いますので、反撃を受けながらどんどん削っていって貰います」
「で、一ヶ所に集めておくことで、余波による建物への損害も最小限に留めると」
「外壁は元々破損することを前提に作られていますからね。直すのもそれだけ楽なんですよ」
中々にゴリ押しではあるのだが、単純であるが故に上手くいけば効果も高いだろう。
しかしながら、それだけで本当に削り切れるのかどうかも不安が残る。
尤も、それを何とかするために俺が控えているということでもあるのだが。
「そうだな……とりあえず、やるだけやってみるか。少なくとも効果は有りそうだし」
「はい。とりあえず、参加者に詳細を伝えて準備しておきますね」
相変わらず、アルトリウスはあれこれと忙しそうだ。
とはいえ、あいつの肩に乗っている重責は、他の誰かが肩代わりできるような類のものではない。
あまり無茶はしすぎないように、とは思うが――生憎と、それを許される立場でもないだろう。
軽く溜め息を吐き出し、俺は宙に浮かぶ氷の塊を見上げた。
「……本来なら、俺やロムペリアが決着をつけるべきなんだろうがな」
「だからって、一人で突っ走るような真似はしない。そうだろう?」
「『自分にできることは弁えろ。その範囲内で全力を尽くせ』……だろう、軍曹?」
俺の呟きを拾ったのは、今回の作戦に参加していたらしい軍曹であった。
彼の来た方向へと視線を向ければ、装備を準備しているランドにあれこれと絡んでいるアンヘルの姿もある。
アンヘルも魔法破壊のスキルを持っていたと思うが、あれは確か接近戦用、ついでに防御魔法専用であったかと思う。
つまり、今回仕事があるのはランドの方だろう。
「ったく、散々逃げ回っていたと思ったら、唐突に顔を出しやがって」
「ハハハ! 前のイベントでは色々とやっちまったからな!」
帝国でのイベントで、軍曹は散々暴れ回った挙句、誰かに討ち取られることも無く自爆して退場するという勝ち逃げのような真似をやってのけた。
イベントで最終的に勝利したのは俺であるが、このおっさんに対して思うところがないわけではない。
そんな俺たちの感情が収まるのを待って出てくるあたり、相変わらず優れたバランス感覚だ。
「……それで? どこまで通じてるんだ?」
「古巣とクランマスターの繋がり経由、ってところだな」
古巣――つまりは国連軍。彼らと逢ヶ崎グループに繋がりがあることは何ら不思議ではない。
特に、アルトリウスは以前から俺やクソジジイに注目していたようであるし、その繋がりで軍曹を指名するのも自然ではあるだろう。
まあ、伊織のこともあるし、渡りに船だったということでもあるのかもしれないが。
「あっちはどこまで協力的なんだ?」
「流石に、大方針の目途が立つまではハッピーさ。その先は知らんけどな」
「フン……」
裏側のドロドロとした政争の状況は、流石に見えてはこないし、ここで口に出すこともできない。
だが、それでも一つだけ確かめておかなければならないことがあるだろう。
「で……いざって時に、アンタはどっちに付くつもりだ?」
「変わりゃしねぇよ、より多くを救える方だ」
「……ま、アンタはそうだろうな」
軍曹は基本的に、自分の信条にしか従わない男だ。
そんな人物をここまで送り込んできたのはどうなのかと思うが、何かしらの根回しがあったのだろう。
とりあえず、現状で味方であることに変わりは無いし、足を引っ張ろうとする馬鹿を押さえ込んでくれてもいることだろう。
前線から引退したとはいえ、軍曹はかつての戦争での英雄だ。その発言力は、決して無視できるようなものではない。
「まあいい、それならそれでしばらくは問題ないだろうさ。とりあえずは、今この場を何とかする」
「おう、そうだな。だがシェラート、お前がやることはあるのか?」
「あんたたちが上手くやってくれたら出番はないさ。期待してるぞ、軍曹?」
「おうおう、それじゃあ英雄様の仕事を奪っちまうとするかね!」
威勢よく笑う軍曹の声を聴きながら、空に浮かぶ氷をじっと見つめる。
肥大化は今も進んでおり、現在の大きさでも、落下して来れば大きな被害へと繋がるだろう。
既に真下付近にある建物からは人々が避難しているが、建物の修繕も決して馬鹿にはならない。
何とかして、落下する前に破壊しなければならないだろう。
「さてと……皆さん、所定の位置についてください!」
どうやら説明を終えたらしいアルトリウスが、大きく周囲に号令を発する。
その声を聞いた軍曹は、にやりと不敵な笑みを浮かべつつ、長大なスナイパーライフルを肩に担いで離れて行った。
まあ、あのおっさんについては心配するだけ無駄だろう。その腕を存分に発揮してくれれば問題はあるまい。
その背中の見送りもそこそこに、俺は近くに控えさせていたセイランの背へと跳び乗った。
「俺たちの仕事は後半だ。危険も大きいが……やれるな、セイラン」
「クェエ!」
気合十分、威勢よく応えるセイランは、その翼に紫電のスパークを走らせる。
正直なところ、俺の仕事はできるだけ無い方がいいし、軍曹の言う通り彼らだけで片付けてくれるのなら万々歳だ。
何しろ、敵の弾幕の中に飛び込んでいかなければならないのである。
エリザリットの性質からして、俺が前に出てくれば何かしらの反応を示す可能性が高いし、そこまでのリスクは流石に冒したくはない。
実際、先ほど試しに攻撃をしてみた際は、シリウスだけでなく俺にまで攻撃が飛んできたわけだしな。
「指定の順番に従ってスキルを発動させてください。では――総員、構え!」
アルトリウスの号令に従い、タンクの面々が一歩前へと出て、その後ろで遠距離武器を構えた者たちが並ぶ。
『キャメロット』の面々は一糸乱れぬ連携を、そしてそれ以外の者たちは真似するように若干遅れて。
それでも、全ての参加者が構え終わったのを確認し――アルトリウスは、輝く聖剣を掲げて告げた。
「第一射――放て!」