540:ロムペリアの提案
「……どうしてお前がここにいる、ってのは野暮な質問だな。だが、こうして出てくるとは思わなかったぞ」
「仕方ないでしょう。あんなものが出てきたら、ただ隠れているだけというわけにもいかないもの」
俺の言葉に対し、ロムペリアは嘆息交じりにそう答える。
女神の力によって人間の種族と化したロムペリアは、こうして人間の街に入ることに何の制限もない。
ここは聖王国の領地に当たるし、出現する魔物は今のロムペリアでも何とか戦えるレベルに当たるだろう。
無論、効率的に稼ごうと思う場合はもっと別の場所を回った方が良いだろうが――その辺りはロムペリア自身の判断だ。
いちいちこちらから口を出すつもりもない。
「クオンさん、彼女は……話を聞いていた、あの?」
「ああ、ロムペリアだ。俺に対しての敵意はあるだろうが、他の人間と敵対するつもりは一切ないだろう。そういう意味では安全な相手だ」
「……私が言うのもなんだけど、その評価もどうなのかしらね? 貴方、一応私に狙われてるのよ?」
「周囲を巻き込んで戦うつもりがないのなら別に何だっていい。いつでも受けて立つだけだ」
じとりと半眼を向けてくるロムペリアであるが、その言葉に否はないのだろう。
面白くない、といわんばかりに吐息を零して、彼女はその視線をアルトリウスへと向けた。
「聖剣使い。貴方、あの氷のことを知りたいのでしょう?」
「ええ、知っていることがあるなら教えて頂きたい。もし要求があるのであれば、対価として検討しましょう」
「……アルトリウス、よろしいのですか? 彼女は――」
「かつてはともかく、少なくとも今は敵ではありませんから。僕から、それを追求するつもりはありません」
ディーンの問いにアルトリウスは鷹揚に笑いながらそう答える。
ロムペリアは、そんなアルトリウスを値踏みするように見つめていたが、やがて根負けしたのか小さく溜め息を零しつつ声を上げた。
「……私が街に来た時の援助。それが交換条件よ」
「具体的には、どのような援助ですか? 金銭的な援助とか?」
「施しは受けないわ。でも、私はまだ人間の生き方を把握しきれていない。だから、疑問に対する答えや指摘があることが望ましいわ」
「成程、分かりました。こちらで相談可能な窓口を設けておきましょう」
何ともまぁ、プライドの高いロムペリアらしい要求である。
だが、ちょうどいい落としどころではあるだろう。
互いに納得しているのであればこちらから口出しする必要もない。
「それで、改めてお聞かせ願いたいのですが……あの氷は、一体何なのですか?」
「あれね。気配は若干薄いけど、あの魔力はエリザリットだわ」
「エリザリット……あの侯爵級悪魔か」
霊峰の頂上付近で出会った、子供の姿をした悪魔。
何とも意地の悪い性格をしていた小娘だったが、あれでも侯爵級第八位。決して侮ることのできない戦力だった。
加えて、あの粘着質な殺気――執着した相手に対してとことん付きまとうタイプであると見た。
その相手は、恐らくロムペリアと、あの時邪魔をした俺であることだろう。
「ただし、エリザリットの魔法属性はあくまでも水。あいつ単体では氷は扱えない筈だわ。だから、デルシェーラが手を貸しているのは間違いないでしょうね」
「つまり、この街は公爵と侯爵、それぞれ一体ずつによる攻撃を受けていると」
「状況だけを見れば、そういうことになるわね」
ロムペリアの言葉に、俺は思わず眉根を寄せる。
姿を現して本格的に攻めてきている状況でないとはいえ、公爵級からの攻撃を受けているという事実は実によろしくない。
奴らは未だ、俺たちの手に余るような怪物だ。戦うのであれば、相応の準備が必要になることだろう。
「けど、そうね。恐らくだけど、デルシェーラは本気ではないわ」
「ほう、それは何を根拠に?」
「無論、本気で攻めるのであれば、あの女が自分から動いた方が早いからよ」
身も蓋もない言葉ではあるが、事実それはその通りであるだろう。
公爵級悪魔は、単体で都市を制圧しきるほどの戦闘能力を有している。
未だに、奴らと正面から戦うことは困難だ。
「わざわざエリザリットを使う必要も無ければ、あんな形でエリザリットを利用する必要もない。どちらかというと、デルシェーラの興味はエリザリットに向かっている状態だと思うわ」
「と言うと?」
「恐らく、あの氷はエリザリットの分身を利用したものだと思うわ。分身を凍らせ、変質させながら肥大化させる……言葉で言えばそんなところでしょうけど、本体にかかる負担はとんでもないことになるわ」
「はぁ……つまりデルシェーラは、その状態のエリザリットに注目しており、こちらに対する興味はないと?」
「無論、皆無とは言わないわ。けど、精々が威力偵察程度のつもりでしょうね」
ロムペリアの言うことが事実であるならば、デルシェーラは苦しんでいるエリザリットの様子を眺めるついでに俺たちへの攻撃を行っているということになる。
正直、悪魔の人柄など俺たちには知る由もないため、そうだと断言されてもそれに反論する材料などないわけだが。
何とも判断のしづらい話ではあるが、互いにメリットのある上での取引だ。ロムペリアに嘘を吐くような理由は無いだろう。
「デルシェーラは、そこまで性格の悪い奴なのか?」
「いつも慇懃無礼な態度だけど、やることに関しては冷酷極まりない女よ。敵だろうが味方だろうが、他者への配慮なんてものは無いと考えた方がいいわ」
「ふむ……アルトリウス、どう考える?」
「僕らには判断するための材料がありません。彼女の言葉が事実であるという前提で、話を進めましょう」
まあ、デルシェーラの人柄なんぞ、俺たちには確かめる術が無いからな。
デルシェーラの目的が何であれ、俺たちはあの氷を止める以外に道はない。
その裏側の目的を気にすることも大事だが、どうあれ行動することに変わりはないのだ。
「デルシェーラがエリザリットを利用しているとして……エリザリットの目的は何でしょうか?」
「それは単純。あの女をコケにした私と、そこの魔剣使いに対する復讐でしょう」
視線でこちらを示してくるロムペリアに対し、軽く肩を竦めて返す。
これに関しては、俺の想像していた通りの話である。特に疑問を覚えるほどの内容でもない。
「私はここのところ、自分の姿を幻術で隠しているわ。エリザリットには見つけることは困難でしょうね」
「……だから街ごと潰すことにしたってか? その割には随分と時間のかかる攻撃だが」
「あわよくば私ごと何とかしようとしているんでしょう。私を確実に仕留めるためには、相応の時間を必要とするわ」
「何ともまぁ、随分と力押しのゴリ押しだな」
つまり、エリザリットはこの街にロムペリアがいることまでは掴んでいたが、正確な位置が分からずにこのような行動に出たと。
そのような短絡的な行動を取るほど、余裕のない性格というわけではなかったかと思うのだが……こちらで悪魔の内情が分からない以上は、その真意など分かる筈もない。
「理由はある程度分かりました。では、最後に確認ですが……あの氷の中にはエリザリットの分身を構成する本体のようなものがあり、それを破壊すれば氷は消滅するという認識であっていますか?」
「肯定するわ。エリザリットの分身もあくまで魔法、それを構成する核を破壊することで消滅するでしょうね」
「成程――では、話は単純ですね」
頷きつつ、アルトリウスは俺の方へと視線を向ける。それを受け、俺もまた首肯を返した。
あれが魔法であり、そして核を破壊すれば丸ごと消滅する――ならば、魔法破壊のスキルによる攻撃が有効だろう。
何とかして、相手の魔法の核に魔法破壊スキルを命中させる必要があるということだ。
「クオンさん、『キャメロット』からも戦力を出し、あの氷を破壊します。また協力を依頼することになるかと」
「無論、問題はないさ。あのクソガキ、俺をも標的としているんであれば返り討ちにしてやるだけだ」
とはいえ、あの巨大な氷の塊では、《蒐魂剣》の刃も奥までは届かない。
果たしてどのような方法を用いて攻撃することになるのか――アルトリウスの手腕に期待することにしよう。