535:想定外の回り込み
迫り来る悪魔の群れを迎撃しながら、少しずつ後退していく。
その間にも街の方からは戦力が追加されてきており、その数が減っている様子はない。
街の大きさはそこそこあるため、この程度で数が枯渇するということはないのだろうが――それにしても後先考えずに突っ込んでくるものだ。
確かに、このような攻め方をされればこちらも撤退せざるを得ないのだが、それにしても動きが単純すぎる。
果たして、あの街の内部はどのような状況となっているのか。
(思いつくのは二つ。守将がいないため単純な動きしかできないのか、或いはそれだけの戦力を吐き出しても問題がないのか、そのどちらかだ)
前者であれば、こちらにとっては都合がいい。
相手の動きが単純であるならば、罠に嵌めることも容易いからだ。
一方で、後者の場合は大変厄介である。その場合は恐らく、あの街の中のどこかにゲートがあり、戦力が常に補充され続けている可能性が出てくるからだ。
どれだけ倒しても敵の数が減らず、どこにあるかも分からないゲートを破壊するまでそれが続くことになる。
あの街を攻める上では、大変厄介な条件となってしまうだろう。
「全く、面倒極まりない……《奪命剣》、【咆風呪】!」
振り下ろした刃より放たれた闇が、音も無く悪魔たちを飲み込み、その生命力を吸い取っていく。
今回は餓狼丸を解放してはいないため、それだけで全ての敵のHPを削り切ることはできない。
だが、それでも大半のHPを奪われたことに変わりはなく、悪魔たちは動きを鈍らせた。
そこに追撃として放たれたのは、緋真の放つ炎の魔法だ。
「《オーバースペル》、【インフェルノ】!」
地を舐めるように広がる炎が、動きを鈍らせた悪魔たちを飲み込んでいく。
身を焼かれた悪魔の集団は炎に巻かれて消滅し、かなりの数の悪魔が消え去ることとなった。
流石に、広域に広がるこれらの攻撃は回避しきれなかったのか、動きの良い悪魔たちも一部巻き込まれているようだ。
とはいえ、敵の数には際限がない。削ることはできるが、殲滅しきることは不可能だろう。
「広範囲攻撃とはいえ、距離があれば一部は避けてくるか」
「大体はあの動きがいい悪魔たちですね……どう思います?」
「分からん。情報を引き出そうにも会話が通じないしな」
動きの違う悪魔の出所を知りたいところであるが、情報を得ることも難しい。
結局のところ、今できることは安全圏まで脱出することだけなのだ。
「まあいい、とにかく対処を続けるしかない。近付いてきた相手は俺が……それとアリスが何とかする」
「いつの間にか減ってますもんね、敵」
いつも通り姿を消しているが、どうやらアリスは俺たちの攻撃を逃れた悪魔を各個撃破しているようだ。
こちらの攻撃に巻き込んでしまわないかどうか不安ではあるのだが、アリスならば何とか回避してくれることだろう。
ともあれ、このまま後退しつつ敵を削り、安全圏まで脱出すればいい。
――上空からルミナの声が響いたのは、ちょうどその時だった。
「お父様! 別動隊が回り込んで来ています! このままでは退路を塞がれます!」
「っ……そこまで頭が回るか!」
上位の悪魔による指示か、あるいはそういった作戦を学習しているのか。
どちらにしろ、後ろを塞がれるのは厄介だ。挟み撃ちで攻撃を受けてしまえば、流石に無傷とはいかないだろう。
だが、生憎とルミナたちは上空の魔物や悪魔に対する対処に追われている。
彼女たちを別動隊の迎撃に回すわけにはいかない。
「別動隊の数は!」
「二つです! 左右から回り込んできます!」
「きっちり弁えてやがるか。急いで後退、シリウスは片方を抑えろ!」
不幸中の幸いであるが、範囲攻撃で多くの悪魔を屠った直後である。
そのおかげで正面の群れとの距離はある程度取れている状態だ。
これならば、後退しながら別動隊を迎撃する時間を稼ぐことも可能だろう。
俺の指示に従い、シリウスは背伸びをするようにしながら遠方を確認する。
その視線の向かう先は、ルミナの指差す方向――別動隊が向かってくる方向だろう。
方角を確認したシリウスは、恐れることなくそちらへと向けて駆けだした。
「あっちは何とかなるだろうが、問題はもう片方か」
「先生、私が行ってきますか?」
「いや、お前はむしろ正面の迎撃の方が適任だ。急いで後退して包囲を避け、それでも回り込まれそうだったら俺が対処する」
緋真にはそう告げつつ、急いでこの場から後退する。
悪魔からの追撃を受けるよりも早く、回り込んでくる別動隊の包囲から避けなければ。
緋真は範囲の攻撃魔法を繰り出しながら悪魔の軍勢を足止めしつつ、俺に続いて後方へと走り出した。
可能であれば少しずつ敵を削りながら後退したかったところだが、今はそんなことも言っていられない。
アリスのことは気になるが――まあ、あいつならば敵に包囲されるようなヘマはすまい。
「しかし、何なんですかねあいつら! これまで、こんな動きは全然なかったじゃないですか!」
「これまでが考えなし過ぎただけではあるがな……だが、ここまでしてくるのは流石に驚いた」
動きが違うことは先のことからも分かっていたし、注意が必要であるとも認識していた。
だがまさか、別動隊を使って包囲を狙うなど、そんな行動まで取ってくるのは完全に予想外だったのだ。
正面を担っていた悪魔の大部分はアルフィニールの悪魔、単純な動きをするだけの連中だった。
多少異なる動きをする悪魔が混じっている程度であれば、面食らいこそすれ脅威となるほどではなかっただろう。
だが、別動隊を使った動きをするとなると話は大いに変わってくる。
(動きが異なる理由についてはまだ判別不可能。だが、あの街の攻略が一筋縄ではいかないことは確定した)
単純な、数や個の力による力押しではない、戦力を活用した作戦。
前回戦ったアズラジードと同じように、悪魔という種の力を過信せず、集団という強みを活かして行動するタイプ。
次に戦う相手は、そんな性質を持った悪魔ということか。
「このことはアルトリウスに報告するとして……まずは、この状況を切り抜けるのが先決か」
「先生、来ますよ……!」
「分かってる。緋真、お前は後続を寄せるなよ」
左手側から姿を現したのは、先程ルミナが報告したもう一方の別動隊。
反対側からはまだ敵が来ていないことから察するに、どうやらシリウスはしっかりと仕事を果たしているようだ。
ならば話は単純――後方の軍勢が俺たちに追いつくよりも早く、あの別動隊を片付ける。
「ルミナ、セイラン! 手数を増やせ!」
「はい! 来たれ、精霊たちよ!」
「クェエエエエエッ!」
俺の指示に応じ、《精霊召喚》と《亡霊召喚》のスキルが発動する。
空を舞う精霊と亡霊は、地上と空中、それぞれの援護のために分散していく。
通常であればそこまでは必要なかっただろうが、今は時間が無い。こいつらの手も存分に借りるとしよう。
「《奪命剣》、【刻冥鎧】……そして、《夜叉業》!」
テクニックの発動と共に、俺の右腕が黒い鎧に覆われる。そしてその腕は、餓狼丸の刀身と共に赤黒い炎に包まれた。
魔法によるHP回復を受け付けなくなる《夜叉業》であるが、全ての攻撃にHP吸収効果を付与する【刻冥鎧】とは中々に相性がいいのだ。
寄ってきた別動隊の悪魔の数はおよそ二十。数だけで言えばそれほどではないが、全員があの動きの良い悪魔であることが見て取れる。
ここまでも集団になってこちらに攻撃を仕掛けようとしていた様が見て取れたが、そうなった状態で襲われぬように注意していたため、実際に集団になった場合の動きは把握できていない。
どんな行動を取ってくるのか分からない以上、最大限の警戒が必要だろう。
「《練命剣》、【命輝一陣】」
横薙ぎに放つ生命力の刃。眩く輝くそれは空を裂きながら一直線に飛翔し、先頭の悪魔へと襲い掛かる。
しかし、奴らは集団で防御魔法を発動、その一撃を防いで見せた。
(魔法の発動タイミングを合わせることが可能、複数体の魔法なら今の攻撃でも受けきれるか)
これが更に数が増えた場合、【煌命閃】のような威力の高い攻撃でも受けきられてしまう可能性がある。
つまり何とかして、奴らの隙を突いて防御を掻い潜りながら必殺の攻撃を当てる必要があるということだ。
そのためには――
「セイラン!」
「クェエッ!」
俺の声と同時、空を舞っていた亡霊の一部が悪魔の群れへと降り注ぐ。
物理的な防御をすり抜け、少しずつ相手の体力を削る亡霊の接触。
防御が難しいその攻撃に、悪魔の群れは僅かに動揺して動きを鈍らせる。
歩法――間碧。
――その刹那の内に、俺は群れの内部まで身を潜り込ませたのだった。