534:迎撃に対する迎撃
地上に降下しての戦闘だが、当然ながら空中の敵もまだ残っている。
となれば、空中の敵に対する迎撃も必要であるため、そちらはルミナとセイランに任せることとした。
一方で、飛行可能なシリウスは地上の戦闘に回すことにする。
シリウスは空中においても強大な戦力を誇るが、それでもどちらかといえば地上戦の方が得意なのだ。
爪や尾を扱いやすい地上戦においては、その戦力はさらに増すことになるだろう。
「さて、少しずつ後退しながら戦うぞ。このまま前に進むといつまでも戦いが終わらなさそうだしな」
「前進したらもう都市攻めですしね」
前方にあるのは、悪魔によって支配された都市。
位置関係から、次に攻められる拠点はここぐらいしかないため、奴らに考える頭があるのであれば当然警戒していることだろう。
少なくとも、軍略に優れるというエインセルならば気づいていて然るべきだ。
つまり、あの都市は防御と警戒を行っていると考えておくべきなのである。
尤も――
(それでも、あの城砦を攻めるよりは何倍もマシだがな)
あの巨大な城塞を攻めるには、プレイヤー側には何もかもが足りていない。
そんな拠点を攻めることに頭を悩ませるぐらいなら、単純な戦力と物量で解決できるこちらの都市の方がマシというものだ。
無論のこと、それでも厳しい戦いであることに変わりはないのだが。
「まあいい、とりあえず様子見で行くとするか――【アダマンエッジ】【アダマンスキン】【武具神霊召喚】【エンハンス】《剣氣収斂》」
「ガッツリ【エンハンス】まで使って強化してるじゃないですか。まあいいですけど」
今のところ、あまり強力そうな敵は見えていないとはいえ、ここは敵の拠点近く。決して油断するべきではないだろう。
何かの拍子に爵位持ちの悪魔が出現する可能性だって否定はできないのだ。
「とにかく、襲ってくる連中を片付ける。まずは敵戦力の把握だ」
こちらへと向かってくる悪魔と魔物の群れは、これまで戦ってきたものとあまり変化は見られない。
スレイヴビーストの中にも初見の悪魔の姿は無いし、これまで通りの対処で問題は無いだろう。
であれば、まずは相手の出鼻を挫くこととしようか。
「シリウス、挨拶してやれ」
「グルァアアアアアアアアッ!」
俺の言葉に威勢良く吠えたシリウスは、その口から衝撃波のブレスを吐き出した。
地面すらも削り取るその一撃は、真っすぐとこちらに向かってきていた悪魔の群れを飲み込み、バラバラに引き裂いてゆく。
しかし、その一撃に捉えられたのは、群れの中の一部でしかなかった。
「……先生」
「ああ、少し動きが違うな」
正確には、これまで戦ってきたアルフィニールの悪魔よりも動きの鋭い個体が混じっているというべきか。
大半はこれまでと変わらないような連中なのだが、一部に中々動ける奴が混じっているらしい。
あれはアルフィニールの悪魔なのか、それとも全く別の勢力の悪魔なのか。
もしもアルフィニール以外の勢力であると仮定するならば、位置的にはエインセルの領域から来た悪魔である可能性が高い。
であるならば、更なる警戒が必要だろう。エインセルは、俺たちにとって完全に未知の勢力なのだ。
「俺たちは避けた奴を優先的に狙う。シリウスは向かってくる敵を迎撃しろ」
「……了解です」
俺と同じ懸念を抱いているのか、緋真の声も固い。
だが、必要以上に警戒することでもないと考えている。これまでの悪魔よりも動けるとはいえ、結局はデーモンナイトですらない無名の悪魔なのだから。
歩法――烈震。
角を突き出しながら悪魔の群れへと向かって行くシリウスを横目に、俺は先ほどのブレスを回避した悪魔の一体へと走る。
高速で迫る俺に対し、そのアークデーモンは混乱した様子もなくこちらへと水の魔法を放ってきた。
「《蒐魂剣》」
威力はそれなり、だが速度に優れるそれは迎撃としては最適解だっただろう。
この魔法を連射されるのは俺としても困る。故に、さらに加速しながら《蒐魂剣》で斬り払い、相手の懐まで肉薄した。
斬法――剛の型、輪旋。
払った刃を反転させ、大きく翻した一閃を放つ。
十分な遠心力を得たその一閃は、例え《練命剣》を使っておらずとも十分な威力となっていることだろう。
だが、そのアークデーモンは大きく後ろに跳び離れることで俺の一撃を回避した。
尤も、完全には避け切れず、胸に一筋の傷を受けていたが。
(個としての戦闘能力は低くはないが、それなり程度のレベルを抜けるほどのものでもない。だが――)
周囲の状況を感覚で捉えながら、その性質を理解する。
この悪魔は、周囲の仲間との合流を行おうとしているのだ。
個としての戦力では勝てないからこそ、集団戦を行おうとしている。
成程確かに、合理的な考え方だ。猪突猛進に向かってくるしかなかった、アルフィニールの悪魔とは明らかに動きが異なる。
「《練命剣》、【命輝一陣】」
歩法――縮地。
尤も、それを座して眺める理由もありはしないが。
即座に放った生命力の刃で牽制、着地直後の悪魔の動きを止める。
その刃を陰にしながら接近した俺は、防御のために足を止めた悪魔へと向けて刃を振り下ろした。
「『生奪』」
二色の光を纏う餓狼丸の刀身が、アークデーモンの肩口に突き刺さる。
そのまま降り抜かれた刃は、悪魔の肉体を脇腹まで深く斬り裂いた。
そして崩れ落ちるように消滅する悪魔を確認しつつ、俺は跳躍して後退する。
あまり前に出すぎてはならない。予想外の出来事があったわけであるし、あまり深入りはせず状況を観察するべきだ。
尤も――
「シリウス! あまり前に出すぎるな!」
「グルルルル……ッ!」
戦いとなると見境なく暴れ始めるシリウスが問題であるのだが。
戦闘能力については申し分ないのだが、どうにも思考が単純で、目の前に敵がいると状況を考えずに向かって行ってしまいかねない。
こちらの指示を聞かないほど狂乱するというわけではないため、こうして近くにいる分には手綱を握れるのだが。
シリウスは今も街から出現し続ける悪魔を辿るように前進しようとしていたが、流石に今の段階で街に攻撃を行うわけにはいかない。
向かってくる敵を迎撃しながら、後退すべき場面なのだから。
「少しずつ下がれ、行くぞ!」
基本は遠距離攻撃で敵を削り、近寄ってきたものから近接攻撃で対処する。
まあ、接近された時の対処がどうにも後手になりやすいのだが、そこはそれ。縮地なりで呼吸をずらしてやれば楽に対処できる程度のものだ。
問題があるとすれば、やはり一部混じっている動きの異なる悪魔たちだろう。
こちらが前に出づらい状況であるにもかかわらず、連中は戦力を集中し始めている。
いや、こちらがそういう状況であることを理解して、だろうか。言葉を発さない悪魔たちが相手では、その考えを読み取ることもできない。
「……流石に面倒だな」
単体では大したことはないが、どうにも集団戦に慣れた動きをしている。
勝てないかと問われれば首を横に振るところではあるが、あれだけの数が揃っているとなるとやはり時間を要してしまうだろう。
そして、そうしている間にも他の悪魔がどんどん増えてくるというわけだ。
小さく嘆息し――俺は、こちらまで引っ張ってきたシリウスへと告げた。
「シリウス、《魔剣化》を放て」
「グルルルルッ!」
シリウスは、真龍として持つ強大な魔力を尾に集中させる。
そのまま横薙ぎに振り抜かれた一閃は空間を歪め、戦力を一か所に集中させようとしていた悪魔の群れを腰からまとめて両断した。
不可視かつ遠距離に作用する、防御を無視した高威力の一撃。
消費が重くクールタイムも長いとはいえ、本当に反則に近いような一撃だ。
こんな攻撃が敵にも現れたらどうしたものかと考えつつも、俺は後退を再開する。
さて、こいつらの追撃が無くなるまでに、どれだけの悪魔を倒すことができるだろうか。そして、動きの異なる悪魔はどれだけ現れるだろうか。
そんな疑問を抱きながら、俺は軍勢の動きを逃すまいと目を細めたのだった。