530:空中探索
さて、今後悪魔側の陣地を切り取っていくとしたら、どのように攻めていくべきか。
まず大前提の条件として言えるのは、砦や霊峰に隣接している地域であるということだ。
飛び地というものは、防衛にも発展にも向かないし、そもそも攻めることすら難しい。
どれほど重要な拠点であったとしても、よほどの事情がない限りそこだけ攻めるというような真似はするべきではないのだ。
つまり、次に攻めるべきは、砦か霊峰から最も近い場所――現在の建築状況からすれば、砦の最寄りであることが好ましいだろう。
そんなこんなで、俺たちは空を飛んで周辺の探索を行うこととしたのだ。
しかし――
「思ったより、近くには何もないですね」
「そうだな……近場にあったならもうちょっと楽だったんだが」
空中では、あまり悪魔や魔物とは遭遇しない。
無論、皆無ではないのだが、その頻度は地上に比べればかなり下がる。
流石に飛行可能な悪魔や魔物は、割合としては低い方なのだろう。
まあ、それに関しては好都合でいいのだが、問題はこの近辺に都市が見当たらないことだ。
「もう少し奥の方に砦を作っておけばよかったんですかね?」
「いや、それだと建築が不可能だっただろう。口惜しくはあるが、場所としてはあれが限界だった」
砦が作られているのは国境付近。状況的に、それよりも北に建造するのは不可能だった。
それに関しては仕方のない話だし、今更言ったところでどうしようもないだろう。
「それなら、もっと前に同じような拠点を作るとか?」
「案としてはあるかもしれないが、現在の襲撃頻度が高い状態ではそれも難しいだろうな」
ひょっとしたら何かしらの方法はあるのかもしれないが、今の状況で新たな前線拠点を構築することは困難だろう。
『エレノア商会』の大工たちも霊峰麓の復興に出払っているし、そちら以外に回せる資材があるとも思えない。
それに、霊峰は俺たちプレイヤーにとって非常に重要な場所だ。
そこに対する防備をおろそかにするような真似はできないだろう。
「じゃあ、霊峰の近くから確保していく方がいいかしら?」
「そうだな……戦闘設備が整っている砦からの方が戦い易くはあるんだが、距離がありすぎるとなるとそうも言っていられないからな」
無尽蔵な戦力を持つ悪魔との戦いにおいて、長すぎる行軍はあまりにもリスクが高すぎる。
前線拠点を構築することが難しいのであれば、やはり位置的に都合がいい霊峰の麓を活用した方がいいのだろう。
そうなると、未だ設備が完成していない麓からの出撃にはしばらく時間を要することになるのだが――まあ、今すぐに攻めるということもないし、それはそれで構わないか。
「それじゃあどうします? 一旦麓の方に移動しますか?」
「いや、位置的には悪くないし、このまま北西に進めば麓からの出撃エリア内に入れるだろう」
砦から北上する形で探索していたが、このまま西の方に移動していけば霊峰に近づくことができる。
あれだけ高い山だと、どこからでも目に入って場所が分かりやすい。
であれば、このまま北西辺りに進んで行けば、ちょうどいい探索にはなるだろう。
「そういえば、この辺りの魔物とか悪魔が少ないのって、麓を確保したのと関係あるんですかね?」
「さて、奴らの行動基準なんぞ分からんからな。アルトリウスや『MT探索会』辺りは何かしら考察しているかもしれないが」
とはいえ襲撃が皆無というわけでもないし、北に近づくほどに出現する頻度は増えてきている。
今のところは自由に飛び回るルミナとシリウスで片付け切れている状態であるが、このまま増え続ければそうも言っていられなくなるだろう。
逆に言えば、砦近辺での出現頻度が減ったことは事実。砦に対する悪魔の襲撃も、確保前よりは少なくなっていたようだ。
まあ、そんなことを言って油断していると足を掬われかねないし、変わらぬ警戒は続けるべきだろう。
「土地を確保するだけで悪魔共が近付きづらくなるのであれば好都合だが、何かしらを企んでいる可能性も否定はできない。防御を疎かにすべきではないだろうな」
「はぁ……広くなればなるほど大変ですね」
「全くだ。こちらの国力がないことが悔やまれる」
土地を確保することができたとしても、それを運営するだけの人員がいない。
根無し草であるプレイヤーたちは、常駐する戦力として配備することはできないのだ。
ある程度余裕ができたら帝国に協力を要請するのも悪くないかとは思うが、権利関係で面倒なことになるのは目に見えている。
アルトリウスは更に頭を悩ませることになるだろうが、生憎とそういった分野で協力することは不可能だ。
(いかに優秀な部下が多いとはいえ、無茶はしているだろうからな……俺は、俺にできることをするしかないか)
あれこれ押し付けてしまっている自覚はあるし、可能ならば手伝いたい気持ちもあるのだが、生憎と政治は分からない。
下手に手を出しても邪魔なだけだろうし、結局は協力要請があった時に手助けをする程度しかできないのだが。
ぼんやりとそんなことを考えている間にも、ルミナとシリウスは的確に敵を撃ち落としていく。
飛行する敵の場合、総じて遠距離攻撃を保有しているため、次々と魔法やらが飛んでくることとなる。
ルミナは、それらを防御するのではなく、正確に魔法で撃ち抜くことによって迎撃していた。
そうして攻撃を防いだところに突っ込んでいくのは、鋭い牙の生え揃った大口を開くシリウスだ。
攻撃直後で動きが鈍っていた魔物たちに、回避する余裕などありはしない。
「ガアッ!」
シリウスはその鋭い牙にて避け切れなかった悪魔の体を噛み砕く。
更には、擦れ違い様に何体かの魔物を鋭い翼で両断していった。
シリウスの体はかなりの重量であるが、空中では思ったよりも機敏に動ける。
恐らく、翼の揚力ではなく、何らかの魔法的な効果で飛んでいるためだろう。
そもそも、あの巨体と重量を支えるほどの翼と速度など、どれほどのものになってしまうのか分かったものではない。
流石に機動力はあまり高くはないのだが、あの重量が高速で突っ込んでくるだけでも十分な凶器である。
「うーむ……敵も変わり映えしないな」
「ですね。悪魔がいると大体スレイヴビーストですし」
「防具の素材とかが採れる魔物だといいのだけどね。空中だと素材の回収が面倒臭いけど」
「それもあるんだよな。そろそろ防具は更新したいところだ」
ここしばらく、防具は新しくしていない。
布関連で使える目ぼしい素材が手に入っていないのだ。
一応、ある程度使えそうな魔物は確認されているのだが、全てスレイヴビーストであり、未だ生息地ははっきりしていないのである。
探そうにも、北に進めば大量の悪魔が襲ってくるし、ゆっくりと探索する余裕もない。
エレノアとしても、頭を悩ませている問題の一つだ。
「さっさと悪魔を撤退させて、普通の生態になっている魔物を狩りたいところだな……っと」
シリウスはこっちを気にせずに暴れ回っているが、ルミナはその取りこぼしを的確に処理している。後一分と経たずに殲滅は完了するだろう。
そんな戦闘の中から飛んできた流れ弾を弾きつつ、俺はそう呟く。
素材を落とす魔物がどの辺りに生息しているのかが判明すれば、手に入れる方法はいくらでも出てくることだろう。
だが逆に言えば、悪魔を押し返さなければいつまでもこのままだ。
邪魔な悪魔は早々に片付け、新たな防具を手に入れたいところである。
「んー……あ、麓の集落」
「本当ね。それなら、そろそろ進む方向を変える?」
「そうだな。このまま北上するか」
緋真の呟きに視線を霊峰へと向ければ、森の中に切り開かれたエリアがあるのが見て取れた。
まあ、一部はシリウスが斬り飛ばした部分だろうが、あそこに集落があるのは間違いない。
流石に、距離があるため詳細は見えないが、どうやら色々と設備を追加している途中のようだ。
「あの集落は霊峰にアクセスするための場所だったが、その集落にアクセスするための場所があっても不思議じゃない。村があれば、その先に街もあるだろう」
「それなら、まずは村の跡地みたいな場所を探す? それなら、空中からでもそれなりに目立つと思うけど」
「そうだな。それで手掛かりが見つかるなら良し、見つからないなら……また適当に飛び回るか」
「行き当たりばったりですね……」
嘆息しつつも異論はないのか、緋真も頷いて周囲を見渡す。
――村の跡地が見つかったのは、それから程なくしてのことであった。