526:騎士団の戦闘
「よっしゃー! 行っくぜーっ!」
アルトリウスが行動を開始し、まず最初に動いたのは、プレイヤーたちを飛び越える形で飛び込んできた大きな影。
耳慣れたスパーク音と共に凄まじい速さで駆けてきたのは、戟を構えるラミティーズであった。
彼女の《テイム》しているグリフォンは、どうやらワイルドハントに進化しているらしく、あちらも試練を潜り抜けることができたらしい。
それは喜ばしいことであるが、果たしてラミティーズはどこまで強くなっているのか。
ともあれ、頼もしい援軍であることには変わりない。恐れることなく駆け抜けてきたラミティーズは、そのまま突撃槍の如く構えた戟をアズラジードへと叩き込んだ。
「ッ~~~~かったい!」
が、想像以上の頑強さだったのか、攻撃をした側であるラミティーズの手がしびれてしまったようだ。
しかし、次いで放たれたワイルドハントの攻撃は、アズラジードを五メートルほど後退させることに成功する。
嵐の属性を纏うワイルドハントの攻撃ならば、それなりに通じるということだろう。
しかし、当然ながらダメージを受けたとなればアズラジードも黙っていない。
これまで俺にばかり向かっていた意識を、奴は即座にラミティーズへと移した。
『砕ケヨ』
行動は単純、掴み取った連結刃による薙ぎ払いだ。
その巨大な武器故に、俺まで攻撃範囲に巻き込まれているが、こちらを狙ったものではないため回避は難しくはない。
身を屈めて回避しようとして――ラミティーズの前に、一人の人影が出現した。
大楯を構えた鎧騎士は、迫りくる巨大な武器を前に一歩も揺らぐことなく、堂々と仁王立ちしながら告げる。
「《守護騎士の宣誓》、《ディフェンススタンス》、《防衛専心》、《メガブースト:VIT》――《不破の聖循》!」
刹那、凄まじい衝撃音が響き渡り、彼女の足元の地面はそのエネルギーによって罅割れて捲れ上がる。
けれど――その攻撃を受け止めた騎士、パルジファルは、一切のダメージを受けていなかった。
『ッ……!?』
「侯爵級上位の攻撃――ならば、相手にとって不足なし! 来るがいい、アズラジード! 私の後ろには、一度たりとも攻撃を通しはしない!」
「ヒューッ! パルっちカッコイー!」
「茶化してないで働きなさいラミティーズ!」
「おっと、怒られちった。けど、アタシの仕事よりも先にやることがあるんだよなぁ」
攻撃を受け止められたアズラジードは、パルジファルが使用したヘイト奪取スキルも相まって、今は彼女にしか攻撃していない。
だが、その巨大な武器を幾度振るっても、彼女の防御を貫くことはできていなかった。
流石に、少しずつではあるがダメージを受けてはいるものの、それらは周囲からの回復魔法で瞬く間に回復していく。
スキルの効果が途切れない限り、彼女が倒れることはないだろう。
痺れを切らした様子のアズラジードは、再び回転する車輪をパルジファルへと向けて投げ放つ。
疾走する車輪は、その鋭い刃でパルジファルの防御を削り落とそうと荒れ狂い――
「《コンバットパリィ》!」
パルジファルは、それを完璧なタイミングで弾き逸らして見せた。
軌道を逸らされた車輪はそのまま疾走するが、その先に他のプレイヤーの姿はない。
どうやら、逸らす先に意識を向ける余裕すらあったようだ。
一応、近くにはシリウスの姿があるが、あの軌道ならば当たることも無いだろう。
ならば――
「シリウス! そいつを押さえ込め!」
「グルルルルッ!」
中々に無茶であろう俺の指示に対し、シリウスは即座に従った。
回転する車輪へと尾の刃を叩き付け、それを空中へとかち上げたのだ。
チェーンソーが奏でるような甲高い音を立てながら、車輪は空中へと投げ出される。
そして、即座に飛び上がったシリウスは、その両手でがっしりと車輪を掴み取ってみせたのである。
どうやら腕力で強引に押し留めているらしく、車輪は未だ暴れ回ろうと震えている。
それを逃がさんとしているシリウスは、若干ながらダメージを受け続けていたが、それも周囲からの回復魔法で癒えている状態だ。
(厄介な武器は動きを止めた。ならば――)
後は、本体を何とかせねばなるまい。
パルジファルのスキルが効いているおかげで、奴はまだパルジファルへと攻撃を続けている。
今度は魔法による手数の攻撃であるのだが、彼女はそれらを巧みに捌き、或いは受け止めながら対処していた。
周囲を見れば、じっと機を窺うようにアズラジードを睨み続けるアルトリウスの姿がある。どうやら、何かを狙っているらしい。
最大の武器を失った状態でさえ一斉攻撃を仕掛けてこない辺り、更に決定的なタイミングを狙っているということだろう。
なら、その手助けをしてやるとしようか。
歩法――至寂。
アズラジードの意識は、既にこちらには向いていない。
だが念には念を入れて、一切の音を立てぬように奴の方へと接近する。
アルトリウスは俺の動きを見て、僅かに腕を上げるようなしぐさを見せているが――さて、どう動くつもりか。
「《練命剣》、【煌命閃】」
生命力を注ぎ込んだ餓狼丸が眩く輝く。
流石にその気配には気が付いたのか、アズラジードの意識がこちらへと向かう。
だが、それでも攻撃行動に移っている状態では、こちらへの対処など間に合う筈もない。
斬法――剛の型、白輝。
地を踏み砕く勢いで踏み込み、振り下ろすのは神速の一閃。
眩く輝く生命力は、その軌跡を残しながら鉄槌のようにアズラジードへと叩き付けられる。
パルジファルに攻撃を防がれたタイミングのアズラジードは、それに対して防御以外の選択肢を選べない。
ギリギリで体勢を立て直し、腕を交差させるようにしながら俺の一撃を受け止め――地面に片膝を突きながらも、防ぎ切ってみせた。
やはり、大層な防御力だ。可能な限り重い一撃を叩き込んだのだが、それでも大したダメージを与えるには至らないか。
けれど――
「一陣、拘束魔法」
『――――ッ!?』
――それこそが、アルトリウスの待ち構えているタイミングだった。
地面に浮かび上がった白い魔法陣、そこから発生した光の鎖が、アズラジードの体を絡めとる。
どうやら結構な人数で発動しているらしく、アズラジードの巨体すら簀巻きにせんとするような勢いだ。
それを目にし、俺は即座にその場から後退した。見れば、パルジファルもラミティーズに同乗しつつ距離を取っている。
「二陣、耐性削減」
それを待ち構えていたと言わんばかりに、アルトリウスは更なる指示を出す。
放たれるのは遠距離攻撃や、魔法による一撃。だが、それらは攻撃性の高いものではなく、アズラジードにダメージを与えるには至らない。
しかし、それが命中するたびに、アズラジードの体には何らかのエフェクトが付与された。
恐らくは、アリスの使う《肉抉》のような、何らかの弱体化効果のあるスキルなのだろう。
「マリン、封印術式」
「お任せあれ」
そしてここにきて、アルトリウスは名指しで指示を飛ばした。
それを受けたマリンは、にやりと笑みを浮かべて魔法を発動する。
幻術を操る彼女の魔法は、アズラジードを白い霧で包み込む。
そして次の瞬間、アズラジードはがくりと膝を折って抜け出そうとする動きを止めた。
完全なる無防備な姿勢。これ以上ない、絶好の好機だ。
「――斉射開始」
それを作り上げたアルトリウスは、一切の容赦なく攻撃指令を繰り出した。
周囲を囲んでいたプレイヤー、その全員が、アルトリウスが手を振り下ろすと共に魔法を発動する。
だが、それも決してバラバラのタイミングではない。属性ごとにタイミングを合わせ、異なる属性同士で干渉しないようにずらしながら斉射を行っているのだ。
物理攻撃に対しては高い耐性を持つアズラジードも、魔法による攻撃にはダメージを受ける。しかも、マリンの魔法で無防備な状態であれば尚更だ。
「あいつらは……合わせているか」
確認すれば、緋真やセイランも息を合わせて魔法を放っている。
だが、ルミナは魔法を準備したまま、迷うようにこちらへと視線を向けていた。
その様子に苦笑しつつ、俺は視線を合わせて頷いた。
「っ……はい、お父様!」
己の判断は間違っていなかったと、そう顔を綻ばせたルミナは、笑みと共にアズラジードの真上を陣取る。
振りかざした手の甲には、黄金の刻印が光り輝き――巨大な魔法陣が展開される。
「ふむ……俺の出番は無さそうだな」
魔法の斉射が終わり、クレーター上に抉れた地面の中に、アズラジードの巨体の影が蠢く。
大きく削れたとはいえ、未だに奴のHPは尽きてはいない。
あれほどの集中攻撃を受けてそれだけに留まっていること自体が驚嘆に値するが、それでも最早虫の息だ。
「やれ、ルミナ」
「トドメだシルヴィア、ブレスを」
眩く輝く魔法陣と、アルトリウスの後ろから首を伸ばした真龍のブレス。
二つから放たれた閃光は、二方向からアズラジードの体を飲み込み――そのHPを、鎧の肉体ごと完全に消し飛ばしたのだった。