525:荒れ狂う獣
鎧の形状からして、まるで狼のように変貌したアズラジードは、背負った連結刃をがしりと握る。
背中で回転していた、輪になった連結刃。それは、アズラジードが握り締めると共に動きを止め――刹那、アズラジードの体が膨れ上がったかのような錯覚を覚えた。
「ッ――――!」
『シィィィィィィィイイイイッ!!』
俺へと向けて飛び掛かると共に、車輪の如き刃をこちらへと叩き付けてくる。
その質量もパワーも、受け止めるどころか受け流すことも困難だ。
舌打ちと共に回避するが、アズラジードは連結刃に掴まったまま回転し、再び地面に着地すると連結刃を振り上げる。
そして、今度はそれを叩き付けるではなく、こちらへと向けて投げつけてきた。
高速で回転する車輪は、地面に接触すると共に凄まじい勢いで走り始め、プレイヤーたちの方向へと突撃してくる。
直径で言えば三メートル以上はあるような車輪だ、その脅威は計り知れない。
「ちっ、避け切れないか!」
しかし巨大とはいえ、横幅はそれほど大きくはない。
身軽なプレイヤーであれば、横に回避することは難しくないだろう。
問題は、そこまで咄嗟には反応しきれないような重装備のプレイヤーだ。
『キャメロット』のタンク役のプレイヤーの一人だったのだろう、フルプレートの鎧に大楯を携えた、いかにも頑強そうな見た目のプレイヤーは、連結刃を回避しきれないと見るや盾を地面に突き立ててスキルを発動する。
その動きは滑らかで、訓練の跡が見て取れる動きであった。たとえ末端であったとしても、『キャメロット』に所属するプレイヤーの技量は伊達ではない。
だが――アズラジードの攻撃もまた、決して甘いものではなかった。
「なっ、クソ、多段ヒットを――」
まるで、道路工事でアスファルトを固めているかのような連続音。
それは、彼が展開していた防御のためのスキルを瞬く間に削り取り、更にはその先にある大楯ごと、彼のことを轢き潰してしまったのだ。
どうやら、一線級のプレイヤーが使う防御スキルですら、あの連結刃を受け止めるには足りないらしい。
「回避優先! 余裕のあるメンバーは本体に注意!」
連結刃の圧倒的な威力に気を取られていたプレイヤーたちが、はっとした様子で本体、即ちアズラジードへと視線を向ける。
あの連結刃は脅威であるが、それ以上の脅威はこの悪魔本体なのだ。
幸い、この悪魔の攻撃が彼らの方に向かうことはなかった。何故なら――
「悪魔って連中はどうして、どいつもこいつも俺に向かってくるかね!」
『シャアアアアアアアアアアッ!』
――アズラジードの注意は、何故かずっとこちらに向かっているのだ。
今のアズラジードはとても理性的とは思えないが、完全に正気を失っているというわけでもないらしい。
しかし、《化身解放》を使う前とは随分な変わり様だ。
何故ここまで狂乱してしまうのかは分からないが、しているならしているなりにもっと無差別に攻撃して貰いたいものだ。
尤も、俺一人を狙っている方が被害は少なくて済むのだろうが。
変貌したアズラジードの攻撃方法自体は、先程からあまり変化はしていない。
魔法で生成した武器を用いて、こちらに攻撃を仕掛けてきている。
問題は、その行動がより高い頻度で行われるようになっていることだ。
(体を生成した金属で覆っているから防御力が上昇している。生半可な攻撃では通じないし怯みもしない。多少の被弾など気にせずに突っ込んで暴れ回る――ああ、シリウスみたいだな、コイツ)
サイズは異なるが、自分の耐久力任せで暴れ回る戦闘スタイルはシリウスそのものだ。
コイツに対して有効なダメージを与えるには、相応の溜めが必要になってしまうだろう。
だが、こうも連続攻撃をされてしまうと、大技を放つための時間を稼ぐこともできない。
斬法――柔の型、流水。
鉤爪の付いた手による攻撃を後退して回避し、連動するように振り下ろされた剣を受け流す。
本来であれば反撃を行いたいところであるが、アズラジードは武器を浮遊させて攻撃してきているために、受け流しても体勢を崩させることができない。
結果として、アズラジードは何の影響もうけることのないまま、次なる攻撃を繰り出してきてしまうのだ。
その左腕が横向きに振るわれ――それと連動するのは、偃月刀による横薙ぎだ。
斬法――柔の型、流水・浮羽。
その一撃に刃を合わせ、勢いを殺しながら相手の後方へと移動する。
大技を溜める暇はない、即座に放つのは、相手の防御力を無視した一撃だ。
「《奪命剣》、【命喰牙】」
生成した短剣を、アズラジードの背中へと突き刺す。
防御力を無視して突き刺さる一撃であるが、これ自体の攻撃力はない。
ただ相手のHPを吸収するだけだが、長時間持続してくれるこの効果は中々に優秀だ。
『アアアアアアアアッ!!』
だがどうやら、アズラジードはその感覚が気に入らなかったらしい。
鎧の獣はその両手を地面に叩き付け――次の瞬間、周囲を走り回っていた連結刃がこちらへと向かってきた。
先ほどから縦横無尽に駆け回っていたのだが、どうやら遠隔でも操作はできるらしい。
無論、視界に入れていなかったとしても、その存在は音と振動で容易に掴むことができる。
車輪には背を向けたまま、ギリギリまで引き付けて横に回避し、その一撃をアズラジードへと衝突させる――が、生憎と自分の攻撃で傷つくほど間抜けではなかったのか、アズラジードはあっさりと自らの車輪を停止させて手に掴んだ。
『シャアアアアアッ!』
そして再び、巨大な車輪が力任せに振り下ろされる。
正直なところ、この攻撃が一番厄介だ。攻撃力が高く、範囲が広く、防御も回避も困難。
予備動作は大きいため、大きく回避行動を取れば避け切れるが、こちらから攻撃を仕掛ける余裕は無くなってしまう。
本当に、面倒臭いにも程がある化物だ。
『シィィイッ!』
振り下ろされた車輪が、轟音を上げながら地面を打ち砕く。
その衝撃と土煙に紛れながら接近しようとするが、相手の意識がこちらを捉えていることを察知して断念した。
このまま近付いていれば、横薙ぎに振るわれた車輪に叩き潰されていたことだろう。
タンクですら耐えきれないような攻撃力では、俺が耐えきれる筈もない。
(振りは大きいし、少しずつ動きのパターンは見えてきたが……それはそれとして、有効なダメージを与える手段が少なすぎる)
残念ながら、俺の攻撃はあくまでも物理攻撃。
例え隙を突いて攻撃を差し込んだとしても、有効なダメージにはなり得ない。
使用するのであれば、一部の防御力を無視できるテクニックや、防御を打ち破れる鎧断のような強力な一撃が必要だ。
しかし、この状況で【咆風呪】を使って視界を塞いでしまうことは避けたいし、鎧断は今更当てる余裕もない。
結局のところ、俺一人でこいつを倒すことはほぼ不可能であるという結論でしかないのだが――
(わざわざ俺に囮をさせているんだ、対策は掴めているんだろうな?)
アズラジードがこの姿になってから、アルトリウスはじっとその動きを観察している。
どうやら、タンクが防御の上から押し潰された姿を見て、下手に仕掛ければ戦線が崩壊すると判断したようだ。
俺ならばアズラジードを一人で引き付けておけるのだが、それでもずっとこのままは避けたいところであるし、早いところ結論を出して貰いたい。
――そう思っていた、ちょうどその時であった。アルトリウスが、笑みと共に顔を上げたのは。
「準備が整いました。クオンさん、合わせてください!」
その言葉に、思わず口角を吊り上げる。
果たして、どのような作戦を思いついたのかは知らないが、ここまで観察していたのであれば攻略法の三つや四つでも思いついていることだろう。
詳細な指示が無いということは、単純に隙を見つけて斬りこめばいいというだけのこと。ならば、その期待に応えるとしよう。





