524:聖剣騎士の本領
整然と並び、アズラジードを包囲するプレイヤーの数々。
見覚えのある顔は殆どいない辺り、彼らはまだ最前線で戦っているのだろう。
とはいえ、彼の最側近が揃っているのであれば戦力としては十分だ。
欲を言えばパルジファルは欲しいところであったが、そこはアルトリウスがいれば補えるだろう。
「攻撃魔法、準備開始。アタッカー前進、タンク随行」
朗々と唱えるように、アルトリウスの声が響き渡る。
それと共に、彼の配下たる『キャメロット』のプレイヤーたちは、整然と行動を開始した。
対し、警戒した様子でアズラジードは攻撃しようとするが、生憎と連結刃はシリウスが取り押さえたままだ。
故にそのタイミングで、アズラジードには迷いが生ずる。シリウスを攻撃して連結刃を手放させるべきか、或いはそのままの状態で牽制をするべきか。
その判断がたとえ一瞬であったとしても、アルトリウスにとっては十分すぎる。
「射撃攻撃」
『しま……っ!』
そのほんの僅かな隙に、アルトリウスは配下へと攻撃指令を通達した。
瞬間、前進する前衛プレイヤーたちの隙間から飛来した矢や魔力の銃弾が、正確にアズラジードの体へと殺到する。
アズラジードは咄嗟に防御を固めて弱点への直接攻撃は防いだが、それでも奴に対して、多少なりともダメージを与えると共に動きを止めることに成功した。
それを見ながら、アルトリウスはアタッカーたちと共に前進する。
俺もそれに倣いながら射撃の隙間を利用してアズラジードへと接近した。
『キャメロット』の面々が放つ遠距離攻撃には、攻撃の切れ目がない。どうやら、入れ替わりながら順番に射撃することで、絶えず弾幕を途切れないようにしているようだ。
(……こういうのをどこで学んだんだかな)
ともあれ、上手いこと相手の動きを止められていることに変わりはない。
射撃攻撃の隙間を通り道として、アタッカーやタンクが接近していることを察知したアズラジードは、己の弱点を隠しながら魔法を発動する。
空中に現れるのは鋭い槍。短槍であるためか、その数はかなりのものだ。
アズラジードはそれらを一気に射出し――
「防御、スキルは必要なし。回復魔法準備」
瞬間、一歩前へと踏み出したタンクたちが、射出された槍の攻撃を受け止めた。
一部は完全には受けきれずにダメージを受けたようであるが、それらもすぐさま後方からの支援によって回復する。
そのタイムラグは殆ど無い上に、回復が必要ないプレイヤーには飛んでこない徹底ぶりだ。
どうやら、誰がどの程度のダメージを受けるのか、既に把握しきっているらしい。
(一朝一夕じゃないな。訓練をしなけりゃ、こんな動きはできん)
驚くべきことは、これらのプレイヤーがただの一般人であるということだろう。
『キャメロット』には一部アルトリウスの関係者が含まれているが、大半は一般的なプレイヤーであり、訓練を受けたことなど無いはずの一般人だ。
それをここまで調練しているのだから、驚嘆の一言である。
『おのれ、邪魔をするなァ!』
「クオンさん、真龍を!」
「シリウス、下がれ!」
苛立った様子のアズラジードが魔力を昂らせ――その瞬間、シリウスに後退を命じた。
連結刃を掴んでいたシリウスであるが、その言葉には即座に反応し、翼を羽ばたかせながら大きく跳躍する。
そして次の瞬間、シリウスがいた場所の足元からは、巨大な槍が何本も突き上げられていた。
留まっていれば、頑強なシリウスとてダメージは免れなかっただろう。
「拘束術式!」
大規模な攻撃には、相応の隙が生じる。
頑強な真龍を攻撃する為となれば、それも尚更だろう。
故に、魔法を発動した直後のアズラジードは大きく隙を晒しており、そこにいくつもの魔法による拘束が襲い掛かった。
足元を凍らされ、木の根が巻き付き、光る鎖によってその身を拘束される。
この場にいる魔法使いの総数から考えればあまり多くは無いが、それでも悪魔の身を一時的に拘束するには十分なものだろう。
逆に言えば、あまり長持ちするようなものではない。故に――
「クオンさん、剥がしてください!」
「……それが狙いか、全く。《練命剣》、【命輝練斬】!」
アルトリウスの狙いを察し、俺は苦笑と共に前へと踏み出す。
連結刃を含め、アズラジードの身は完全に拘束されている。
無論、いつまでも拘束し続けられるものではないが、一度攻撃するまでの時間程度ならば何の問題もあるまい。
『ッ、近寄るな、魔剣使い!』
「緋真、フォローは頼む」
「っ……はい! 《蒐魂剣》!」
俺を近寄らせんとするために、アズラジードは魔法を発動する。
出現する大斧は、こちらの頭蓋を叩き割らんと言わんばかりに振り下ろされた。
回避することも可能だが、この後のことを考えると可能な限り集中したい。
それ故の要請に対し、緋真は喜色を滲ませた声で迎撃を行った。
青い光を纏う紅蓮舞姫は、火の粉を軌跡のように振りまきながら大斧を迎撃する。
その一閃は金属質な大斧の刃に食い込み、斬り裂くとともに消滅させた。
「よくやった」
緋真は十分な仕事を果たしてくれた。であれば、後は俺の仕事だ。
大斧が消滅したその瞬間、俺は即座にアズラジードへと肉薄する。
構えた餓狼丸は大上段――凝縮された生命力によって眩く輝きながら、敵を斬り裂かんと唸りを上げる。
その期待に応えるため、俺は強く踏み出すと共に刃を撃ち降ろした。
斬法・奥伝――剛の型、鎧断。
『ッ――――』
息を飲むような音が、間近から聞こえる。
それは、アズラジードにとっては衝撃そのものであっただろう。
頑強極まりない鎧の体――耐久力には絶対の自信があったであろうその体を、弱点である宝玉ごと叩き斬られるなど。
金属同士が擦れ合う不快な音は、しかし鈴が鳴るような涼やかな余韻だけを残して消え去る。
血が噴き出ることもない。ただ、鎧の前面に大きな刀傷を負った悪魔が、そこに佇むだけだ。
(流石に、一撃で致命傷には至らないか。だが――)
「――攻撃、開始!」
俺が飛び退くと共に、アルトリウスの指揮のもと、『キャメロット』のアタッカーたちが殺到した。
とはいえ、固まり過ぎてお互いが邪魔になるようなこともない。
あらかじめ準備した上での、一撃離脱を次々と繰り返していく。
いつの間に示し合わせていたのかは知らないが、一糸乱れぬ攻撃は弱点を露出したアズラジードのHPを瞬く間に削っていき――奇しくも、眩く輝くアルトリウスの一撃によって、三本目のHPは消え去っていた。
「総員後退! ヒーラーはバフを! 拘束術式及びデバフも準備!」
アルトリウスの指示に従い、周囲のプレイヤー全てが一斉にアズラジードから離れる。
そして次の瞬間、アズラジードの体を大量の魔力が包み込んだ。
金属を生成するその魔法は、大きく傷ついたその身を修復しながら肥大化していく。
背中に浮かび上がる連結刃は、さらに増えて三つ――全てを組み合わせれば、ついに円を描くに至るほどだ。
そして、変貌はそれだけにとどまらない。
「……また、随分と妙な姿になったもんだな」
【命輝練斬】で消費したHPは自動回復で補いつつ、俺は変貌するアズラジードの姿を観察する。
それまでアズラジードの体を拘束していた魔法は砕け散るが、それは奴が強引に拘束を破ったからではない。
鎧そのものが肥大化し、内側から引き千切ったのだろう。
膨れ上がった体で解放されたアズラジードは、そのまま前のめりに倒れる――否、四つん這いの体勢で構えた。
まるでシリウスの鱗のように逆立った棘を持つ鎧、そして鋭角的な獣の如き兜。
騎士の如き姿をしていたアズラジードは、獣のような姿へと変貌していたのだ。
『――殺ス』
殺意と共に、連結刃の車輪は回転する。
どうやら、相手もなりふり構わぬ段階に入ったらしい。
その姿の通り、手負いの獣。追い詰めたとはいえ、気を抜くわけにはいかない。
ただただ純粋な殺意を浴びながら、俺は餓狼丸を構え直したのだった。