523:集結する戦力
シリウスの攻撃は、どれもこれも強力である。
鋭い爪による攻撃や、巨大な体躯を利用した突進。角による刺突に翼や尾による斬撃。
そして、ブレスといった強力極まりないスキル。
どれもこれも非常に強力ではあるのだが、俺が最も恐ろしいと感じているのは、その鋭い牙を用いた噛みつきであった。
鋭く頑強な牙は、一度突き刺されば抜け出すことはほぼ不可能。そもそも、とんでもなく強靭な顎の力から逃れることも難しい。
それは、強い力を持つ侯爵級悪魔であろうとも変わりはしない。
『ぐ、おおおおおおおっ!?』
シリウスに噛みつかれたアズラジードは、その顎を必死に押さえながら苦悶の声を上げている。
これまでよりもよほどダメージが通っている辺り、どうやら内部にある弱点にも攻撃が命中しているようだ。
とはいえ、このまま放置しておくのも都合が悪い。
何しろ、シリウスは頑強な体を持つとはいえ、体の中は普通に肉で出来ているのだ。口腔内から攻撃を受けてしまえば、普段よりも大きなダメージを受けてしまうことになるだろう。
シリウス自身それは自覚しているのか、首を思い切り振ってアズラジードを翻弄しているのだが、それも時間の問題だろう。
「シリウス、さっさとしろ」
「ググゥ……」
もう少しやっておきたかったのか、シリウスはくぐもった声で抗議してくるが、やがて観念したのか思い切りアズラジードの体を放り投げた。
できるだけ聖堂から離すように飛ばされたアズラジードは、今受けたダメージの衝撃からか、身動きが取れずにいるようだ。
まあ、空を飛ぶ魔法でもなければ、空中を自在に移動することなどできないだろうが。
とどのつまりが――
「七面鳥撃ちってことですよ!」
「とにかく、撃てばいいんですね?」
魔法を始めとした、遠距離攻撃の格好の的ということだ。
シリウスに続く形でこちらに寄ってきた緋真とルミナは、共に強力な魔法を発動してアズラジードへと射出する。
誘導性のない魔法にもかかわらず見事に直撃したそれは、確実にアズラジードのHPゲージを削り切ってみせた。
(さて、残りは二本。動きはどう変わる?)
アズラジードが地面に落下すると共に、その周囲をプレイヤーが取り囲む。
かなり苦戦させられたが、周囲の悪魔の数はそれなりに減ってきている状況だ。
少なくとも、石板の結界を発生させられる程度には、敵を間引くことができているのだから。
故に、アズラジードに対応することができるプレイヤーも増えている。それなりに消耗してはいるが、それでも彼らは真化の儀式に挑まんとするトップクラスのプレイヤーばかりだ。
たとえ侯爵級が相手であろうとも、戦えないなどということはあり得ない。
――しかし、油断することができない相手であることもまた事実だ。
『邪魔をするな、有象無象共がァ!』
魔力が爆ぜる。それと共に形成されたのは、連結されて翼のように広がる何本もの長剣だ。
先ほどまで背負っていたものと同じ、しかし二本目となるその異形の武器は、アズラジードの身を護るように回転と旋回を始めた。
(攻撃範囲が先程よりも広い、数も二倍……こいつは、ちょいと厄介だな)
アズラジードが腕を振るった瞬間、二つの連結刃が周囲を薙ぎ払った。
周囲にいたプレイヤーたちはそれに対し、即座に反応して防御態勢を作る。
武器の見た目から、ある程度は攻撃方法の予想ができていたのだろう。その動きに澱みはなく、的確であった。
尤も――アズラジードの攻撃力を正確に把握していたら、の話であるが。
「がっ!?」
「防ぎ……切れねぇっい!?」
頑強な盾と、それを補強する防御スキル。
しかし、アズラジードの攻撃はそれらを容易く打ち砕き、タンク役のプレイヤーを見事に斬り裂いてしまった。
一部の防御特化のプレイヤーはきっちり防ぎ切れてはいるのだが、中途半端な防御力ではむしろ逆効果ということか。
「ったく……緋真、行くぞ」
「かなり面倒そうですね、あの悪魔……」
言うまでもないことではあるが、防御力など殆どおまけである俺たちにとっては、アズラジードの攻撃は全てが致命的だ。
故に、あの嵐のような攻撃を、きちんと回避しきらなければならないのである。
先ほどの攻撃力を見たプレイヤーたちは少々委縮してしまっているのか、動きが鈍い。妥協ではあるが魔法攻撃をしているだけまだマシだろう。
そんなプレイヤーたちの間を縫うように駆け抜け、俺と緋真はアズラジードへと接近した。
『叩き斬る!』
歩法――陽炎。
無論、それを黙って見ているような相手ではない。
浮遊している連結刃はちょうど動きを停止するタイミングであったが、それでもアズラジードの両手はフリーの状態なのだ。
その手に現れたのは二振りの偃月刀。幅広の刃を持つ二つの長柄は、中央から広がるように二手に分かれた俺たちを狙う。
尤も、陽炎を捉え切れていないが故に、クリーンヒットには及ばぬ捉え方であったが。
斬法――柔の型、流水・浮羽。
少し深めに潜り込んだ俺は、偃月刀の柄を受けながら摺り足で移動する。
アズラジードはかなりの膂力であるが故に、それすらも中々に苦労してしまったが、一応は受け流すことも可能なのだ。
「《練命剣》、【命衝閃】」
斬法――剛の型、穿牙。
相手の背後にまで移動してきた俺は、その背へと向けて生命力の槍を伸ばす。
取り回しが悪いこのテクニックも、若干届かない距離に素早く威力の高い攻撃ができるという点については、中々に優秀なテクニックだと言えるだろう。
鋭く尖った先端は、攻撃を終えた直後のアズラジードの背中へと突き刺さり、貫くとともに生命力を爆ぜさせた。
『ガァっ!?』
「動きが雑になってるぞ、策士気取り」
「それなら、もっと早めに合流しておいた方が良かったですかね――【火嘆芥子】!」
【命衝閃】も流石に弱点にそのまま届くには至らなかったようだが、爆ぜた生命力でそれなりのダメージを与えることができた。
その隙に接近した緋真は、赤紫の炎を纏う紅蓮舞姫でアズラジードの胴を斬りつける。
瞬間、生き物のように蠢いた炎は、アズラジードの体に纏わりついて蝕み始めた。
一定時間、相手に纏わりついてダメージを与え続ける【火嘆芥子】の炎。
緋真の攻撃力も相まって、アズラジードにとっては中々の痛手だろう。
『ぐぅッ……! 小娘、その刃は――』
「解放した紅蓮舞姫は魔法属性! 物理耐性の貴方には良く効くでしょうね!」
解放状態にある紅蓮舞姫は、全ての攻撃が魔法属性として判定される。
それは特殊テクニックのみならず、全ての通常攻撃にまで反映される効果だ。
緋真の高い攻撃力が反映されるその剣戟は、アズラジードにとっては天敵と言っても過言ではない。
『ならば――』
「当然、緋真さんを狙うでしょうね」
再び動き出す連結刃。俺でも緋真でも、この攻撃を受け止めるという選択肢はない。
それを見越した上でアズラジードは攻撃を放とうとするが、耳元で囁かれたその声に硬直する。
そしてそれと同時、先程俺が一撃を放った場所へと黒い刃が突き立てられた。
あらゆる防御力を無視するアリスの一撃は、鎧が本体であるアズラジード相手であろうともしっかりとダメージを通すことができるのだ。
そのダメージに、アズラジードは反射的に振り返り――アリスの瞳が、銀色に輝いた。
『――――』
種族スキル、《闇月の魔眼》。あらゆる耐性を無視して『放心』の状態異常を叩き込むそのスキルは、アズラジード相手にも効果を発揮した。
あの月の光を目の当たりにして、アズラジードは呆然と立ち尽くす。
無論のこと、『放心』はそう長く続く効果ではなく、数秒で我に返ってしまうことだろう。
――それでも、俺たちが体勢を整えるには十分すぎる時間であった。
『ッ……くっ、おのれ――何!?』
「グルルルル……ッ!」
更には、動きを止めていたアズラジードの連結刃を、シリウスがその手で掴んで押さえている。
頑丈なシリウスの手だからこそできる芸当だが、アズラジードにはかなり有効な手であろう。
「さて、こちらも準備は完了しました――今度こそ、報復の時間としましょうか」
そして、満を持してアルトリウスが告げる。
アズラジードを包囲するプレイヤーの数々。その全てを指揮下に置きながら。
それは、ある種の勝利宣言そのものであった。