521:空洞の悪魔
鎧姿の悪魔とはこれまでも何度か戦ってきたのだが、総じて面倒な相手である。
何しろ物理攻撃があまり通じない。刃というものは肉を裂き骨を断つための武器であり、鎧を砕くためのものではないのだから。
そういったものを相手にするために、久遠神通流にはいくつもの術理があるわけなのだが――
(……生身が無く鎧だけとはな)
アズラジードと名乗った悪魔。恐らくは侯爵級程度であろうその真の姿は、中身のない空洞の鎧であった。
正確に言うと、その鎧の中に紫色の宝玉のようなものが浮かんでいるのだが、それ以外はすべて金属の鎧だけだ。
背後には何やら大型の武器――あえて表現するのであれば、槍のような長さを持つ大剣がずらりと連結して並びながら浮かんでいる。
翼のように広がるそれは、あまりにも異形の武器であるが故にどのように扱うのかが不明だ。
まあ、刃が付いている以上は、斬りつけて使用するものなのだろうが。
「――面倒だな」
歩法――縮地。
だが、戦う方法ならいくらでもある。たとえ面倒な相手であったとしても、絶対に倒せない敵ではない。
急速に接近した俺に対し、アズラジードは腕を振るう。それと共に、扇のように広がった大剣が、空間を撫でるように薙ぎ払われた。
連なる刃で相手をズタズタに斬り裂こうとするその一撃を、俺は体勢を低くしながら掻い潜る。
そのまま相手に擦れ違うように刃を振るい――しかし、その一閃は鎧の表面に僅かに傷をつけただけで弾かれた。
『串刺しになるがいい!』
その直後、腕を振り上げながらアズラジードが叫ぶ。
それと共に空中に出現するのは、鋭利な先端をこちらへと向ける槍だ。
どうやら先程までと変わらず、武器や防具を生成する魔法を有しているらしい。
(攻撃力はかなり高く、防御力もかなりのもの。《練命剣》を使わずともダメージが与えられているのはいいが、俺の攻撃力でこれなら、他の連中は物理攻撃はほぼ通じないか)
俺以外で純粋な物理攻撃で戦うのであれば、シリウスと同等クラスの攻撃力が必要になるだろう。
これは他のプレイヤーにとっては面倒そうだと考えながら、俺はその場から一気に加速してアズラジードの槍を回避した。
直後、押し寄せる波のように振るわれる、連結した刃。
その攻撃範囲から逃れつつ、俺は刃に黒い闇を纏わせた。
「《奪命剣》、【咆風呪】!」
そうして振り下ろした一閃より、黒い闇が溢れ出す。
放たれた【咆風呪】は、攻撃後で動きを止めていたアズラジードの体を包み込み、その生命力を削り取った。
複数あるHPの総量から考えると、与えられたダメージはそう多くはない。
だが、やはり攻撃が全く通じないということはなく、物理攻撃に対して耐性がある様子であった。
「ディーン、デューラック、魔法攻撃をメインで! マリンはサポートを!」
「了解!」
「はいはいっと」
一連の攻防を見て、アルトリウスも物理攻撃は効果が薄いと察したのだろう。
その場にいた仲間たちには魔法による攻撃を指示しつつ、自身も聖剣を解放する。
アルトリウスの聖剣はデメリットが無く弱点も少ない能力ではあるが、出力そのものは餓狼丸には劣る。
だが、その効果は味方にも振りまくことができる、非常に便利な能力であった。
まあ、溜め込んだ経験値を大量に消費する必要があるのだが。
(しかし――)
異常を察知してか、周囲から『キャメロット』の面々が少しずつ集まってきている。
ただし、精鋭中の精鋭たちが配置されている場所は最前線であるため、ディーン、デューラック、マリンの三枚看板と比べると劣る連中ばかりだ。
それでも、アルトリウスの指揮の下で動くのであれば、一流の戦力として機能する。
そんな彼らは、総じてエレノアたちの作った聖堂の防御に回されているようだ。
(あれが俺たちの生命線であり弱点か。なら、何とか引き剝がさんとな)
現状、戦っている場所は聖堂に近い。
下手に規模の大きい攻撃を使うと、そちらを破壊してしまいかねないほどの距離だ。
このまま派手な戦闘を繰り広げていたら、いずれ聖堂や石板を破壊してしまうかもしれない。
そんな危惧を抱いていたのだが、突如として響いたのは、その考えを否定する言葉であった。
「クオン! アルトリウス! こっちは何とかするから、存分に暴れて!」
「分かりました、お任せします!」
「言った言葉はきちんと守れよ!」
その声を上げたのは、聖堂の入口で仁王立ちしているエレノアだ。
その足元には複雑な魔法陣が刻まれており、聖堂全体を包み込むように広がっている。
そういえば、長らくエレノアの戦う姿は見ていなかったが、あれはいったい何の魔法なのか。
謎が多いが、それを確かめている暇もない。今は、エレノアを信じてこの悪魔を攻撃するだけだ。
「《練命剣》、【煌命閃】!」
刃による直接攻撃はあまり効果がない。
ならばと放ったのは、生命力の刃を伸ばした一撃だ。
並の悪魔ならば一撃で両断するその一撃は、しかしアズラジードを多少後ろに押しやる程度の効果しかなかった。
少しはダメージも通ってはいるのだが、やはり魔法効果のある攻撃でなければ殆どダメージを通せないらしい。
こうなると、俺にはあまりダメージを与える手段が無くなってしまう。
一部の防御無視効果のある攻撃ならばいいのだが、他の攻撃は大きく減衰されてしまうことになるだろう。
『ふははははっ! その程度の攻撃が通じるものか、魔剣使い!』
「なら、効くようにすればいい話さ――【エンチャントルミナス】」
どうやって攻撃を通したものかと悩んでいたのだが、そこにマリンからの補助魔法が付与された。
《夜叉業》を使用しているため回復魔法は受け付けないが、補助魔法であればその限りではない。
武器の攻撃属性が魔法そのものになるわけではないが、それでも多少はダメージを通せるようになるはずだ。
「感謝する!」
歩法――陽炎。
補助をかけてくれたマリンには一言感謝を告げつつ、アズラジードへと向けて駆ける。
剣に魔法が付与されたことで多少は警戒している様子ではあるが、それでもあまり警戒していない様子である以上、完全な形でダメージを通せるというわけではないのだろう。
だが、多少なりとも斬りやすくなるのであれば、打てる手はかなり増えることとなる。
連なる刃はこちらへと向けて振るわれるが、揺らめくように進む俺の身を捉えるには至らない。
空振りしたことに舌打ちの音を空洞に響かせたアズラジードは、その右手に長剣を生み出してこちらへと向けて振り下ろした。
斬法――柔の型、流水。
無論、ただ振るわれた刃であるならば、流水で受け流すことも不可能ではない。
真の姿を現した悪魔であるため、やはり膂力はかなりのものであったが、それでも受け流すだけならばなんとかなる話だ。
攻撃を受け流した俺はそのまま悪魔へと肉薄し、その身へと向けて刃を振るった。
「《練命剣》、【命輝練斬】!」
眩い黄金の輝きを凝縮した一閃。その一撃はアズラジードの脇腹に突き刺さり、その身を確かに削り取った。
マリンの補助魔法に加え、攻撃力の高い【命輝練斬】の一撃ならば、確かにダメージを与えることができるようだ。
とはいえ、やはり与えられるダメージは大きくはない。
ただその鎧を削るだけでは、決定打にはなり得ないということか。となると――
(やはり、鎧の隙間から見えるあの紫色の球体か)
これまでの傾向からして、一切弱点部位が存在しない敵というものはあり得ない。
あのやたらと目立っている宝玉が弱点である可能性は大いにあるだろう。
問題は、強固な鎧に覆われているため、それにダメージを与えることが大変困難であることだが。
(地味に傷も修復されてやがるし、魔法も汎用性が高い。弱点を露出させるまで攻撃を当て続けることは容易じゃないな)
アズラジードは本体の防御力が高いだけでなく、魔法による防御能力も有している。
しかも、先程削り取ったはずの鎧は、魔力が集中するうちに少しずつ修復されてしまっている。
このままでは埒が明かない、というのが正直なところだ。
一方で、アズラジードもあまり広範囲の攻撃能力は持っていないように思える。
先ほどから複数のプレイヤーを相手取りながらあしらっているが、広範囲を纏めて薙ぎ払うような攻撃は行っていない。
全く持っていないというわけではないかもしれないが、少なくとも気軽に連発できる類ではないのだろう。
好都合ではあるのだが、このままでは何の解決にもなるまい。
「おい、アルトリウス!」
「今はそのままお願いします!」
どうやら、何かしらの策はあるようだ。
であれば、今はアルトリウスの言葉通り、そのまま戦っておくしかないだろう。
何を見出したのかを知りたいところではあるが、それを敵の目の前で語る意味もない。
少し後の楽しみにさせて貰うこととしよう。