520:形勢逆転
道中の悪魔を適当に片付けながら、全速力で集落へと帰還する。
多数の悪魔とすれ違うことにはなったが、今は移動が最優先だ。どうしても避け切れない場所だけ斬りつつ、俺はほんの数分で集落に到着することとなった。
幾人ものプレイヤーとすれ違い、驚いた表情で見られたが、構っている暇はない。
今はそれよりも、アルトリウスたちの元へと急がなくては。
そう思いながら集落の中央へと辿り着いた俺の目に入ったのは、魔力を滾らせる老人姿の悪魔であった。
「――――ッ!」
攻撃しようとしている先は、真新しい建造物。
恐らくは、エレノアたちが建築した建物だろう。石板を安置し、防衛するために建てられた建物。
それを攻撃しようとしているのであれば、問答の余地などありはしない。
打法――天月。
刃を構える時間すら惜しい。
強く地を蹴って身を翻した俺は、振り下ろした踵にてその悪魔を叩き潰した。
「ゴッ、があァッ!?」
少々勢いが付きすぎたせいか、地面に叩き伏せるだけではなく、地面をバウンドするように吹き飛ばしてしまった。
白影を使っている影響もあるが、焦りによって目測を誤ったか。己が未熟を反省しつつ、俺は地面を転がる悪魔へとさらに距離を詰める。
相手がどの程度の悪魔なのかは知らないが、最早言葉を交わす必要もない。即座に殺す。
「《練命剣》、【命輝練斬】」
生命力を凝縮した刃が、赤黒い炎の中で黄金の輝きを放つ。
振るうのは、全力の殺意を込めた一閃だ。
斬法――剛の型、白輝。
立ち上がろうとした瞬間の悪魔へ、神速の一閃を振り下ろす。
しかしその瞬間、俺の攻撃を隔てるように金属の盾が出現し――全力の一閃で、その盾を両断した。
「バカなっ!?」
しかし、その防御によって勢いを弱められてしまったためか、悪魔に届いたダメージは浅いものにしかならなかった。
だが、それでも悪魔の身に直接ダメージを与えたことに変わりはない。
先ほどの防御がどのような種別の魔法かは知らないが、《蒐魂剣》無しでも防御を突破することが可能であり、本体の体自体も十分に斬れる強度であるというわけだ。
「《奪命剣》、【命餓練斬】!」
斬法――剛の型、白輝・逆巻。
故に、間髪を入れずに追撃を放つ。
黒い闇を纏った餓狼丸はまるで地面で跳ね返ったかのように反転し、タキシードを着た悪魔の身に刃を届かせた。
流石に、連続での攻撃は対処しきれなかったのだろう。食い込んだ刃は、纏う闇の力によって生命力を啜り、俺のHPを回復させる。
「ぐッ……おのれぇッ!」
刹那、悪魔が魔力を滾らせる。
地面に広がる魔力は、足元から攻撃を仕掛けようとしている証左だろう。
何が来るかは分からないが、即座に魔力の範囲内から退避し、刃を構える。
「《奪命剣》、【呪衝閃】」
テクニックを発動するとほぼ同時、地面から無数の刃が突き出される。
先ほどといい、どうやら金属を生成する能力を持っているようだ。
斬法――剛の型、穿牙。
まあ、どのような攻撃であろうと、当たらないのであれば問題はない。
むしろ、炎やら氷やらのように周囲に広がったり影響を残したりする魔法よりは対処しやすいだろう。
ともあれ、相手の攻撃は回避しつつ、黒い闇を纏った刃を突き出す。
粘性を持った槍は一直線に刃の間を潜り抜け、その先にいた悪魔の身を穿った。
刃を避けられる位置を狙ったせいか、貫けたのは脇腹であり、致命傷には至らない。
だがそれでも、十分すぎるダメージを与えることができただろう。
「《蒐魂剣》、【断魔斬】!」
今のダメージで相手は怯んでいるが、突き出た刃が邪魔で近寄ることができない。
故に、俺は広範囲に広がる《蒐魂剣》の一閃にて、道を塞ぐ刃を丸ごと薙ぎ払った。
青い燐光に巻き込まれた刃たちは、根元から千切れるように魔力へと分解される。
地属性の魔法もそうだが、物理的に出現していても魔法は魔法であるようだ。
「魔剣使い! 何故、貴様がこんなに――ガッ!?」
どうやら、悪魔はこちらへと向けて刃を飛ばすように攻撃しようとしていたらしい。
だが、それらもまとめて【断魔斬】によって消滅してしまったようだ。
予想外とはいえ、相手の攻撃を二つ同時に迎撃できた。であれば、次なる行動の前に追撃を加えておくべきだろう。
歩法――烈震。
魔法が消滅した地面を踏み越え、一気に悪魔へと肉薄する。
しかし、相手も既に体勢を立て直しており、その魔力を収束させているところであった。
悪魔の頭上に出現するのは大型のポールアックス。腕を振り上げていた悪魔は、それを振り下ろすと共に俺の頭上へと斧を落とすように攻撃してきた。
斬法――柔の型、流水。
しかし、こちらが加速したこともあってか、そのタイミングは若干遅れている。
俺は柄による打撃にしかなっていないその攻撃を受け流しつつ、俺は悪魔の懐にまで肉薄した。
「――――ッ!!」
戦慄した表情の悪魔。しかし、それには答えることはなく、俺はその胸へと拳を触れさせた。
瞬間、踏み込んだ俺の足が破裂するように音を立てる。
打法――寸哮。
地面が罅割れ、爆ぜるように捲れ上がる。
その衝撃の全てを叩き込まれ、しかし悪魔は息を詰まらせながらもこちらへと手を伸ばし――
打法――流転。
その手を絡め取りながら、悪魔の身を空中へと投げ飛ばした。
上下が逆さまになって空へと投げ出され、悪魔は呆然と目を見開いている。
だが、我に返る時間など与えはしない。
「《練命剣》、【命衝閃】」
斬法――剛の型、穿牙。
空中で身動きのできない悪魔、その顔面へと向けて生命力の槍を伸ばす。
悪魔は咄嗟に身を捩ろうとするが、空中にあってはそれも叶わない。
辛うじて顔面を避けたようであるが、俺の突き出した一撃は悪魔の胸を貫いた。
口から血を吐き出した悪魔を振り落とし、地面に転がした俺は、すぐさまその首を斬り落とそうと刃を振るう。
だが、その一撃が届くよりも早く、出現した盾が俺の一閃を受け止めた。
流石に、スキルも使っておらず、白輝の一撃でもないこの一閃では、盾を両断することはできない。
更に武器を生成してこちらに攻撃を加えようとしてきたため、即座に反応して後退する。
流石に、このままトドメを刺すことはできなかったか。
「ふぅ……アルトリウス、状況はどうなってる」
「ええと……おおよそ、解決しそうな感じですね」
白影を解除し、呼吸を整えて、改めてアルトリウスへと問いかける。
だが、彼は苦笑を交えた表情で、血を流す悪魔の姿を見つめていた。
とはいえ、未だに警戒を抜かした様子はない。どうやら、この悪魔はアルトリウスにとって警戒の対象であるようだ。
「ふむ、こいつが好き勝手してくれやがった野郎か?」
「ええ、そういうことです。先ほどは何とか凌ぎましたが、まだ石板を破壊する道具を持っているようですね」
「了解した。つまり、コイツを殺せば解決するわけだ」
何をどうしていたのかは知らないが、これ以上好き勝手をさせるわけにはいかない。確実に止めを刺しておくこととしよう。
だが、どうやら相手もまた、このまま終わるつもりはないらしい。
「やってくれたものだ、魔剣使い……ッ!」
「今更何を言っているのか知らんが、お前が負けた相手は俺というよりアルトリウスの方だろう」
何やら企んでいたようであるが、石板を破壊されていないということはアルトリウスが何とかしたのだろう。
呆れを交えてそう告げれば、白い口髭を歪めた悪魔は苛立ち交じりに叫び声を上げた。
「黙れ……ッ! 私が負けただと!? 戦いはまだ終わってなどいない、それを今から証明してやろう!」
刹那、悪魔の体を魔力が覆い尽くす。
《化身解放》の前兆、その膨大な魔力の集中に、俺は刃を構え直す。
収束する魔力は金属と化し、その中で男の体は解けるように消滅して――現れたのは、無数の武器を携える空洞の鎧であった。
『我が名はアズラジード! 魔剣使い、そして聖剣の騎士よ! 改めて、貴様らの希望を全て打ち砕いてくれよう!』